ヒロインの思い通りにならない世界なんて、あっていいわけないじゃない②
「マジであの親共ちょろすぎ!ちょーっといい子ちゃんのフリしてやれば、何でもかんでもすぐ信じるんだもんね〜。」
「人生イージーモードすぎだわ〜」などと言ってニヤニヤ笑いながら、サリエラは自室のベッドに寝転がっていた。
自分の素晴らしい計画が回り始めた日のことを思い出す度、何度でも自分のことを褒めそやしたくなって仕方ない。
あの日件の魔術師を連れて戻ったあと、親には人助けのためだと偽って香水の製造に着手した。
「設定」という言葉でなんでもできるゲームの世界と違い、魔道具には複雑な効果を持たせるのが難しいと知ったとき、サリエラは酷く腹を立てた。
一刻も早くアンクロフトと結ばれるべき自分の邪魔をする、世界の理とやらが邪魔で仕方がなかったのだ。
(こうしている間にも、あの女はアンクロフト様の婚約者ヅラしてお側にいるっていうのに!)
この世界は、サリエラがヒロインとして君臨するゲームの世界なのだ。
すべてがヒロインの思い通りになるべきであり、例外など許されるはずがない。
そう信じて疑わない彼女は、「アンクロフトが攻略対象キャラクターに入ることはない」という、運営が決めた絶対的なルールですら捻じ曲げようと画策していた。
自分にとって邪魔なものが何かを考え、それらを徹底的に排除することに決めたのだ。
「そもそもあの女がいなきゃ、今頃私とアンクロフト様が結ばれてるはずなのよ!」
忌々しそうに呟きながら口元に手を当てると、そのまま親指の爪をギリィッと音が立つほどに強く噛む。
前世の記憶が甦った夜から数えると、ゲーム通りに学園に入学するまではまだ数ヶ月の期間があった。
それは一刻も早くアンクロフトと結ばれたいと願う彼女には、到底待つことのできない時間だ。
それに加え、父親が叙爵されたとはいうもののその位は男爵であり、所詮は下級貴族である。
身分だけで考えれば、とてもではないが王太子と結婚などできないことはサリエラとてわかっていた。
それでも絶対にアンクロフトと結ばれてみせるとサリエラは固く心に誓い、いかにすればリコリエッタから婚約者の立場を奪えるかを考えた。
そうして思いついた妙案を実行に移すため、サリエラはゲームとは違う形でアンクロフトに近づくことにしたのだ。
(自分が上がるのが難しいんなら、相手を落とせばいいのよ。私ってば、あったまいい〜!)
自分が思いついた素晴らしい案とその結果行き着くであろう結末を思い、サリエラはニタリと笑う。
リコリエッタは確かに公爵令嬢という確固たる地位がある。
しかしそれは「今」の話だ。
「これから」もその地位が揺るがないとは限らない。
(貴族なんて足の引っ張り合いに命かけてるバカばっかりなんだから、ちょっと燃料投下してやればすぐに大炎上するでしょ!)
貴族社会ではそれが真実である必要はないのだ。
なんの根拠もないゴシップであろうと、そこに話題性さえあれば嬉々として広めるような連中なのだから。
それが王太子の婚約者の話題となれば、悪評や醜聞は一瞬で広がるはずである。
(だってこの世界のぜーんぶが、私のための駒なんだもの。)
ゲームでは学園入学の1週間前にバタバタしながら王都の中心街に引っ越すことになっていた。
しかしサリエラが両親に早めの引っ越しを懇願すると、その願いはいとも簡単に叶ったのだ。
やはりこの世界はヒロインたる自分の望みを叶えるために回っている。
そう確信したサリエラは、「時々起こる思い通りにならないこと」は神が自分に課した愛の試練なのだと理解した。
そう思えば多少の邪魔も、自分とアンクロフトの絆を深めるためのイベントなのだと思える。
すべてが終わってエンディングを迎えたとき、サリエラとアンクロフトは誰にも邪魔のできない強固な絆で結ばれているはずだ。
(素敵なエンディングを迎えるために、アンクロフト様と私の邪魔になるものは全部消しておかなきゃ!)
自分に反抗的な態度を取ったエルミリアも同様だ。
折角未来の王妃たる自分の護衛にしてやろうと考えていたのに、それを断った挙句あんな態度を取ったのだから。
公爵家よりも家格の低い侯爵家の女なんていくらでも追放できる。
その自信がサリエラにはあった。
両親が信じる「素直で優しい少女」とは程遠い醜悪な笑みを浮かべて、サリエラはくつくつと笑う。
(待ってなさいエルミリア。すぐにリコリエッタ共々、この国から追い出してあげるから!)
身を起こしてベッドから下りたサリエラはそのまま窓辺へ歩いて行き、ゆっくりと窓を開けた。
煌々と輝く満月を見てうっとりと目を細める。
その様だけ見れば、美しいものに見惚れる少女に見えることだろう。
しかしその口から紡がれるのは、美しいものを讃える言葉ではない。
「待っていてくださいねアンクロフト様。真のヒロインであるこの私が、必ず貴方さまをあの女から救い出して差し上げますから…!」
歪な恋慕の言葉を聞く者は、その場にはいなかった。
恍惚とした表情で月に向かって手を伸ばすサリエラのそんな姿を、至極くだらないものを見るような目で見下す存在がいたことを彼女は知らない。
黒のローブを纏ったその人物は、中空から街を見下ろして憎々しげに舌打ちをする。
その背には、飛竜族特有の翼が生えていた。
サリエラは表情筋がとても強い。
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