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内緒のお話のお時間です①


「オシャレや恋愛小説のお話はここまでかしらね。そろそろ、エリーのお話も聞きたいわ。」


リコリエッタが微笑みながらそう切り出した。

これは遠回しに「土産話というのは何かしら?」と言っているのだ。

リコリエッタの言葉を合図にしたように、使用人たちは全員分の紅茶を素早く淹れ直すと、そのまま見えないところへと下がっていった。

きっとあらかじめ、下がるタイミングを指示していたのだろう。

教育がしっかりと行き届いている。


「…そうね。私の内緒のお話を聞いてもらおうかしら。」


同じように微笑んで言葉を返すと同時に、エルミリアは風魔法を発動させた。

何かが辺りを包み込むような気配がした後、鳥の囀る声や風の通りがなくなったのを感じて、リコリエッタが神妙な顔つきになる。


「…真空の膜を張って音を遮断したのね。うちの使用人たちも、信用できないということなのかしら?」

「ごめんなさい、気を悪くしないでね。でも、本人の意思とは別に、何かをさせられている可能性があるから。」

「…聞くわ。」


エルミリアの言い方に、リコリエッタは何かを悟ったようだった。

その表情は不安げではあるものの、どんな内容の話でも最後までしっかりと聞こうという覚悟のようなものが感じられる。


「それじゃあ、話すわね。私は昨日討伐から戻ってきて、そのまま報告のために王城へ行ったの。報告自体はいつも通りだった。」

「エリーも騎士団の方たちも、大きな怪我はなかったの?」

「それは勿論。リコリーのお陰で、状態異常の類とも無縁だったしね。」


エルミリアの言葉を聞いて、リコリエッタがどういう意味なのだろうかと不思議そうな顔をした。

やはり本人には、加護を授けた自覚はなかったようだ。


「それについては後で話すわね。…報告が終わった後、団長から帰宅の許可をいただいたから帰ろうとしていたんだけど…そこでアンクロフト殿下に呼び止められたの。」

「…。」


リコリエッタの顔つきがやや険しいものに変わった。

どんな言葉が続くのか、あらかた予想がついたのだろう。

少しの胸の痛みを感じながら、それでもエルミリアは言葉を続けた。


「そこで突然、『リコリエッタとの婚約を破棄する』と言われたの。」

「…。」

「黙っていて、ごめんなさい。」

「…いいえ、それは仕方のないことだわ。けれど…。」

「リコリーお姉さま…。」


何かを考え込むように顔を俯けて黙ってしまったリコリエッタを見て、アンジェリーナが心配そうに声をかける。

繊細で優しい従姉が再び傷ついてしまったのではないかと気が気ではないのだろう。

しかし、それは杞憂に終わった。


「ねぇエリー。」


顔を上げてしっかりとエルミリアを見据えたリコリエッタの眼差しは、どこか力強い。

婚約の破棄を言い渡されたからといってただ悲観するわけではなく、本人なりにアンクロフトの真意を窺おうとしているのだろう。


「そのお話というのは、何処かのお部屋で?」

「いいえ。回廊で呼び止められて、その場でよ。」

「…人払いは?」

「意図的に人払いをされていたようには感じなかったわね。人が通らなかったのは、本当に偶然だったと思うわ。」

「それは…。」


リコリエッタは得心がいかない様子だ。

その表情には、困惑の色がありありと表れている。


「それはあまりにも、殿下らしからぬ行いだわ。」


困惑しながらもそう言い切ったリコリエッタに、エルミリアとアンジェリーナも小さく頷く。

リコリエッタほどではないにしても、エルミリアとアンジェリーナもまたアンクロフトとは幼い頃からそれなりに交流があるのだ。

彼の人となりぐらいは、理解しているつもりである。


「アンクロフト殿下は、みだりに人の名誉を貶めるような行いを良しとなさらないわ。人払いもしていない場でそのような発言をなさるだなんて、私には到底信じられない。」

「…こちらへいらした時は?」

「応接間でお会いしたけれど、ご自身の護衛ですら退室させていらしたわ。」

「え…。ということは、このお話を知っているのって…。」

「我が家ではお父さま、お母さまと私。それから、お母さまの介抱をしたスージーの4人だけね。」


それを聞いて、今度はエルミリアの方が困惑してしまった。

王城での振る舞いとフェランドル公爵家での振る舞いでは、まるで別人のように一貫性がない。

というよりも、王城での振る舞いが短慮に過ぎるのだ。

公爵家での振る舞いの方が、本来のアンクロフトらしいと言える。

エルミリアはそこでふと、今朝公爵家を訪れた際のアンクロフトの様子が気になった。


「ねぇリコリー。殿下にお会いしたとき、何か変な感じはしなかった?」

「変な感じ…と言うと…?」

「なんというか…心ここに在らずといったような感じとか…。」


問われてリコリエッタはしばし考え込んだが、思い当たる節はなかったらしく、首を横に振った。

対応に差異が出た理由は何なのだろうか。

エルミリアは思考しようとして、未だ話の途中であったことを思い出した。

今日の本題に、まだ辿り着けていないのだ。

ひとまずは、そこまで話を進めなければいけない。


「気になることはあるのだけれど…今は話を進めさせてもらうわね。」

「わかったわ、続きを。」


リコリエッタの同意を得て話を進めることにした。


「婚約の破棄について、国王陛下はどう仰っているのかを殿下にお伺いしようとした時、何故かサリエラ嬢がその場に来たの。」

「サリエラさま…。」

「サリエラ・ルードベッヘ。知っているかしら?」


リコリエッタがサリエラのことを知っているかどうかを、エルミリアは識らなかった。

と言うのも、実は「今」のこの時期は時間軸で言うと、ゲームの世界に対して「過去」に位置するのだ。

ゲームの物語はサリエラが王都の学園の高等部に入学した翌日から始まる。

お助けキャラであるリコリエッタと知り会うのはその更に1週間後であるため、入学までまだ一月以上あるこの時期にサリエラを知っているのかというのは、エルミリアには知り得ないことだった。


「ルードベッヘ…たしか先日、男爵位を賜ったお家だったかしら?」

「えぇ。そこの一人娘よ。」

「夜会でお会いしていれば覚えているのだけれど…。」


この感じだと、どうやらまだ知り合ってはいないらしい。

ルードベッヘ男爵の叙爵を祝う夜会が開かれたという話は聞いてはいたが、エルミリアは討伐のために急遽駆り出されたため、サリエラが来ていたのかどうかを知らない。

ゲームや設定資料集でもその辺りのことに触れられていなかったことを考えると、おそらくサリエラ自身が参加していなかったのだろう。


「そのサリエラさまは、何故アンクロフト殿下のお側に?」


問いかけに対する答えを言い淀んだエルミリアを、アンジェリーナが心配そうに見つめる。

言葉に出すことが辛いのでは、と妹は心配しているようだが、実際にはその時のことを思い出して怒りがぶり返しているだけである。

あの女、と言いそうになるのをなんとか堪えて、あまり口に出したくない言葉を続けた。


「殿下と婚約するんだとか。」


エルミリアはわざと大きな溜息を吐いた。

呆れ返っている、というのが伝わるようにだ。

そうしてから見たリコリエッタの表情は、ただただ呆気に取られていた。


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