兵は拙速を尊ぶとは言いますけど、もうちょっと考えませんか?③
公爵家の使用人たちによってテキパキとテーブルの上の支度が仕上がっていく。
紅茶の芳しい香りは、つい先ほどまでこの場にあった重い空気を消し去ってくれるようだ。
北方の辺境伯家が販売している自慢の茶葉は、薔薇の花から抽出したエキスにしっかりと漬けてからその後の工程に移していくとのことで、その芳醇な香りが大人気となっている品だ。
とある夜会の場で、フェランドル公爵夫人が愛飲しているという話をしてから、生産が追いつかないほどの品薄状態が続いているという。
しっかりと香りと味が出た紅茶がティーカップに注がれたタイミングで、馬車を降りる際に預けておいた土産の品がケーキスタンドに乗せられて運ばれてきた。
3段あるケーキスタンドの1番上の段に乗せられているのは、ミルクベリーというまろやかな甘みが特徴の小さないちごがふんだんに使われた一口タルトだ。
王都の人気パティスリーが1週間前に発売した新作で、昼前には完売してしまうという入手困難な品である。
下段のサンドウィッチに挟まれている野菜はみるからに瑞々しくて、とても美味しそうだ。
"お隣さん"であるステイツ家の主人が、公爵家に野菜を卸すことになったのだととても誇らしそうにしていらっしゃいましたよ、と使用人が話してくれたのをエルミリアは思い出した。
同じく野菜を卸してもらっているナイトリアス家からすると、間違いのない逸品だと言えるだろう。
中段にはいつも通りのスコーンが乗っている。
公爵家の菓子職人が腕を振るった菓子はどれもみんな美味しいのだが、エルミリアとアンジェリーナはスコーンに添えられるジャムが特にお気に入りだった。
いちごやブルーベリー、オレンジやりんごといった定番のジャムは勿論、さくらんぼやバナナ、梅やすももなどといった珍しい素材を使ったジャムも出してくれるのだ。
仕入れの状況によって何のジャムを作るのかが変わるため、どんなジャムが出てくるのかが公爵家でのお茶会の楽しみの一つになっているほどである。
すべての支度が整い、使用人たちが後ろに控えたのを合図にお茶会が始まる。
気が置けない従姉妹同士ということもあり、年頃の子女がするのに相応しい話題に花が咲く。
次から次へと出てくる話題の多さは、それだけ色んなことにアンテナを張り巡らせているという証拠でもある。
流行りのスイーツやオシャレのこと、10代の女性たちの間で話題になっている恋愛小説のこと、髪や肌の手入れは何がより効果的なのかという話や、近く発売される予定の肌をより明るく見せると話題の白粉のことなど。
エルミリアはその話題のおよそ半分ほどにはついていけていなかったのだが、リコリエッタとアンジェリーナがとても楽しそうに話す様子を見て満足していた。
今回のきっかけはあまり良いものではなかったが、腹の探り合いをせずに済む場というのは貴族にとっては貴重だ。
そのような場を定期的に設けることができる幸運を、エルミリアは噛み締めていた。
(よその貴族家の茶会に行けば腹の探り合い、夜会に行けば狐と狸の化かし合い、討伐に行けば手柄目当ての死にたがりたちの手綱取り…。)
前世の社会人生活で培った対人関係の立ち回り以上のものを、あらゆる方面で求められるのが常なのだ。
たまにはこんな風に、何も考えずにあちらこちらに話題を飛ばしながら好きなものや気になるものの話をしていたい。
(美味しい紅茶と美味しいスイーツ。これだけで十分すぎるぐらいの満足感だわ。)
サンドウィッチは思ったとおりの美味しさだった。
レタスときゅうりのシャキシャキとした食感が新鮮さを物語り、一緒に挟まれていた薄切りのハムの塩味が絶妙で、しっかりと味わっていただいた。
もう少し季節が進めば、ここに更にトマトが加わってくるのだろう。
毎度の楽しみであるスコーンの供は、ランゲチェリーというさくらんぼのジャムだった。
このさくらんぼは果肉がオレンジ色で、そのまま食べると少し酸味が強いのだが、熱を加えると砂糖菓子のように甘くなるという品種だ。
ジャムにするにはうってつけなのだろう。
甘さを控えて作られたスコーンに、クロテッドクリームとこのジャムがよく合っていた。
ふと2人の方を見ると、アンジェリーナが何やら顔の辺りで両手を合わせ、そのまま前にスッと突き出すようなジェスチャーをしている。
リコリエッタが困惑した表情のまま首を傾げているところを見るに、何らかのすれ違いが生じているらしい。
少し意識を逸らしていた間に一体どんな話になっているのかが気になり、エルミリアは2人に声をかけた。
「それは何のお遊び中なの?」
「お遊びじゃありませんよ!一角獣の真似をしていたんです!というかお姉さま、また他のことを考えてらしたのでしょう!」
藪蛇だったらしい。
ぷくっと頬を膨らませているアンジェリーナの視線から逃れるように、彼女たちがいる席とは真反対の方向に顔を背けた。
そのやりとりを見て、リコリエッタがクスクスと笑っている気配がする。
お茶会では恒例のやりとりだった。
「もうっお姉さま!」
「…アンジー、一角獣は額のあたりから角が生えているのよ?あなたのジェスチャーは鼻のあたりから尖っていて、どう考えてもカジキだったわ。」
「え?!…リコリーお姉さまはわかりましたよね!?」
「ふふ…私は、サイかなと思っていたの。」
話を振られたリコリエッタがニコニコと笑いながら答える。
それを聞いたアンジェリーナは「えぇぇ??」と声をあげていて、不満そうだ。
それを見てまたリコリエッタがクスクスと笑っている。
コロコロと表情が変わる妹はこの場のムードメーカーであり、癒しでもあるのだ。
この時間が、少しでもリコリエッタの気分を晴らすものになるといいのだが。
今回は短めほのぼの回です。
今年の目標は一月目で消え去りました。。




