兵は拙速を尊ぶとは言いますけど、もうちょっと考えませんか?②
案内された庭園にはいつも通りのティーパーティーセットが用意されており、リコリエッタが席について待っていた。
晴れ渡った青空に、庭師が丹精込めて手入れしている庭の緑とテーブルクロスの白がよく映える。
メイドたちによって磨き抜かれたティーカップやポットなどの食器類は、太陽の光を受けてより一層輝いて見えるほどだ。
(いつもながら完璧だわ。天気もいいし気温もちょうどよくて、お茶会日和ね。)
これで土産話が楽しいものであったならどれほど良かったことだろう。
いつもであればこの庭園の中で、花をも負かすほどの笑顔で出迎えてくれるリコリエッタなのだが、今日はどこか憂い顔だ。
土産話の詳細は聞かされていないはずなのにどうしたことだろうと訝しんだエルミリアだったが、それよりももっと気になる事があった。
リコリエッタの母であるフェランドル公爵夫人の姿が見えないのだ。
いつものお茶会であればリコリエッタと共に優しく出迎えてくれるのだが。
「ごきげんよう、リコリエッタ。」
「ごきげんよう、オルタンス伯母さま。本日はようこそおいでくださいました。」
「急な来訪でごめんなさいね。どうしてもお話ししたいことがあったものだから。」
「っ…いいえ、大丈夫ですわ。」
ほんの一瞬だったが、リコリエッタがびくりとしたのをエルミリアは見逃さなかった。
その反応を不審に思ってじっとリコリエッタを観察してみると、平静を装おうとしてはいるが僅かに手が震えているのが見てとれた。
幼い頃から我が娘のように溺愛している母に、リコリエッタが怯える理由などない。
時折吹く微風も、体を冷やすほどのものではない。
つまり、先の反応は土産話の話題に対してのものということにはなるのだが。
(読みが甘かったっていうこと?『リコリーを王家が手放すはずがない』という思い込みが甘すぎた…?でも…。)
そう確信できるだけの「強み」が、リコリエッタにはあるのだ。
自分だけではなく家族の皆がそう思っている。
だからこそ、昨夜はそれを前提とした話し合いが出来たのだ。
スージーが他の使用人たちを下がらせたことを横目で確認した母が、それでもやや声量を抑えた声でリコリエッタに問いかける。
「リコリー、ローザはどうしたのかしら?」
「お母さまは…その、伏せってしまっていて…。」
「そうだったの、ごめんなさいね。先触れからは聞いていなかったものだから。」
「いえ、侯爵家からの先触れが来られた時にはまだ元気でいらしたのです。」
「では、その後でということ?何かあったの?」
「あ、えっと…その…。」
母が心配そうに問う声を聞きながら、エルミリアはリコリエッタの様子を観察することに集中していた。
視線が常に下の方を向いていて、母と目線が合っていない。
手はぎゅっと握り締められていて、元々色白な指先が更に白くなってしまっている。
言おうか、言うまいか。
言って良いものか、悪いものか。
…信用していいものか、否か。
そんな逡巡の様子が窺えた。
(私たち相手ですら信用していいのか躊躇ってる。それだけの何かがあったんだわ。)
ここはしっかりと自分たちが味方であると示しておいた方がいいだろう。
そう判断したエルミリアが口を開こうとしたとき、後ろにいたアンジェリーナがパッと飛び出してリコリエッタを抱きしめた。
突然の行動に、エルミリアも母も呆気に取られてしまった。
リコリエッタも驚いたようで、アンジェリーナをしっかりと抱きとめながらもオロオロとしていた。
「ア、アンジー?」
「リコリーお姉さま、さっきからずっと悲しいお顔をなさってるわ!」
「え…。」
「何があったの?私たちにもお話しできないの?…私たち、リコリーお姉さまに信用してもらえてないの?」
「アンジー、落ち着いて。」
涙声で次々に問いかけるアンジェリーナの肩を優しく抱いてリコリエッタから離してやると、大きなアメジスト色の目に涙が浮かんでいた。
それを見たリコリエッタがハッとしたのを見て、エルミリアは言葉を選びながら口を開く。
「リコリー、私たち家族は、いついかなる時でもあなたたちの味方よ。」
「エリー…。」
「ナイトリアス侯爵家としてではなく、あなたたちの親戚…身内として、私たちを信じてちょうだい。」
「オルタンス伯母さま…。」
「我が家が身内に対して過保護なのは、よく知っているでしょう?」
母がウインクをしながらわざと冗談めかして言うと、リコリエッタは「そうですね。」と言ってくすりと笑った。
そうしてスージーの方を振り返り、彼女が頷いたことで他の使用人たちがいないことを再度確認するとしっかりと顔を上げ、覚悟を決めるように告げた。
「先ほど王太子殿下がおみえになり、私との婚約を破棄すると仰いました。」
狙い澄ましたかのようなタイミングで吹いた風が、リコリエッタの美しい月白色の髪を靡かせる。
陽光を反射してキラキラと光るその姿は、こんな時でなければ見惚れてしまうほどに美しい。
その顔にはもう、一時前までの憂いはなかった。
「破棄の理由は、なんと?」
「私に、王妃となる資格がないと仰っていました。」
「…具体的には?」
「…平民の方を見下し、社交の場において貴族令嬢の悪評を吹聴している、と。」
「思い当たる節はありますか?」
リコリエッタがふるふると首を横に振る。
気丈に振る舞うリコリエッタとは対照的に、後ろに控えるスージーは悔しさや悲しさと言った感情がその顔に滲み、今にも泣き出しそうだ。
リコリエッタが産まれる前から今に至るまでずっとその成長を見守ってきた彼女にとって、この仕打ちは我が身に降りかかったことのように耐え難いのだろう。
「数日前、最後にお会いしたときにはそういったお話は何もありませんでした。」
エルミリアと王城で会ったときのことだろう。
リコリエッタもまた、アンクロフトの様子に普段と違う様子を見受けなかったということだ。
しばしの間その場に沈黙が降りたが、子どもたちの意識を自分に向けるために、母が小さく手を叩いて音を鳴らした。
「せっかくお天気がいいのだから、まずはお茶を楽しみましょう。」
「…そうですね。」
一瞬呆気に取られたが、母の気遣いだと理解したエルミリアが頷いた。
このままではどんどん空気が重たくなってしまうだろう。
考えなくてはならないことがあるのは事実だが、一度気分転換をした方が良さそうだった。
覚えのない理由で突然婚約の破棄を突きつけられたリコリエッタなどは、特にそうだろう。
「スージー、ローザを見舞いたいのだけどお願いできるかしら?」
「かしこまりました。ご案内いたします。」
「伯母さまをお願いね、スージー。それと他の者たちをお願い。」
「かしこまりました、お嬢さま。」
スージーはリコリエッタに頭を下げてからその場を辞し、入れ替わりに先ほど下がらせた使用人たちに、お茶会を始められるよう指示を出した。
残された従姉妹たちは気を取り直し、今は久しぶりの3人での時間を楽しむことにした。




