兵は拙速を尊ぶとは言いますけど、もうちょっと考えませんか?①
人生最長とすら感じた怒涛の日から一夜明け、エルミリアはフェランドル公爵家に「女子会」をしに行くべく、母と妹とともに馬車に揺られていた。
朝のうちに父が出した先触れには手土産と土産話を持って午後のお茶をしに伺うと伝えられていたため、騎士団長への報告は午前中のうちに済ませてきている。
妨害が入る前にと早めに動いたのだが、拍子抜けするほどに何の邪魔も入らないまま報告は終わった。
(王城に入れないとか、騎士団長に会わせてもらえないとか、報告の内容にいちゃもんを付けられるとか…色々想定してたんだけどなぁ…。)
何も邪魔が入らなかったということがなんだか気持ち悪い。
それを望んでいるわけではないのだが、目に見えるアクションがある方がまだ対処のしようがあるというものだ。
話を聞いた母は少し意外そうな顔で「そう。」と言っただけだったが、エルミリアと同様に訝んでいるのは明らかだった。
しかし明確な妨害はなかったものの、何も変わりがなかったというわけでもない。
(いつもなら騎士団長への報告の場には殿下も同席されるのに、今日はそれがなかった。)
待てども待てどもアンクロフトが現れないのを不思議に思ったらしい騎士団長が、はてと首を傾げる様子はなんだか新鮮だった。
アンクロフトは元々とても思いやりのある人物だ。
討伐の報告の場には毎回必ず同席して成果を一通り聞いた後、一番に騎士団の被害状況を気にかける言葉をかける。
そして被害が少なければ労いと感謝の言葉を、運悪く重傷者が出た時には必ず自らが見舞いに訪れるのだ。
一国の王太子が直接見舞いに訪れることなど普通ならばあり得ないことなのだが、アンクロフトは「民や国のために命を賭して仕えてくれている者に敬意を払うのは当然だ」として、絶対にこれを譲らなかった。
最初こそ戸惑っていた騎士団の面々も、国王と王妃がアンクロフトの行いを容認しているのがわかったため、その気持ちを素直に受け取ることに決めたのだ。
そんな情に厚い人たちだからこそ、この国の騎士たちは皆心の底からの忠誠を誓えている。
エルミリアも同じだ。
だからこそ彼が誰かを蔑ろにするところを見る日がくるなど、思ってもみなかった。
(まさか国王陛下に、婚約破棄の意思を伝えに行ってたとか…?)
王太子がどれだけ一方的に婚約を破棄すると言ったところで、国王の許可がなければそんなものは通らない。
王族の婚姻とは国と血を存続させるためのものであり、特にこのフォルテリアではリコリエッタのような「素質」のある人物との婚姻は必要不可欠である。
故に、国王も王妃もこの婚約破棄を認めるなどということはありえない。
そんなことはアンクロフト本人が誰よりも理解しているはずだろう。
それでもサリエラを選ぶというのなら王位継承権を返上するしかないがー。
(王子様じゃなくなったアンクロフトを、あのサリエラは受け入れるのかしら?)
ハンカチに刺す刺繍のモチーフの相談をする母と妹の話を聞きながら、馬車の心地よい揺れの中でエルミリアは思考する。
もし今回の騒動が落ち着くべきところに落ち着かなければどうなるだろうか。
王家はリコリエッタを手放したくない。
そうなると最悪の場合、国王は息子であり王太子であるアンクロフトとの縁を切ってでもリコリエッタを王家へと迎え入れる可能性がある。
フェランドル公爵家へは2代前に王女が降嫁していて王族としての血は濃いため、養女とすることも問題はないだろう。
何代か前に養子を迎えた前例があったはずだ。
そうして王太子としての身分を失い、国外追放される可能性もあるアンクロフトに、あのサリエラがはたしてついて行くのだろうか。
(なんか、絶対に有り得ない気がしてきた…。)
そこまで考えてから、エルミリアはこれ以上この件を考えるのをやめることにした。
わからないことを考えても仕方ないのだし、結局来週の夜会でブライアンが活躍してくれるまで打てる手もさほどないのだ。
こんなことを考えているより、討伐の戦略の案を考えている方がよほど建設的である。
ふと窓の外に視線を向けると、フェランドル公爵家の屋敷が見えてきていた。
真冬の雪山のように白い外壁と至極色の屋根のコントラストが何度見ても美しい。
思えばエルミリアがフェランドル公爵家を訪れるのは一月ぶりだった。
今日の訪問の目的は土産話ではあるものの、それはそれとして女子会もできる限り満喫しよう。
そう思い直したエルミリアだったが、屋敷に近づくにつれてその眉間に皺が寄っていく。
いつもならば馬車が見えた時点で出迎えのための使用人が出てくるのだが、それが見当たらないのだ。
目を凝らして屋敷の様子を窺ってみると、使用人たちが慌ただしくしているのが見えた。
そうしてついに馬車が公爵家の門に差しかかったとき、ようやく屋敷から慌てた様子の使用人たちが出てきた。
「様子がおかしいわね…。」
慌てて玄関の前に整列する数名の使用人を見て、怪訝な顔をした母が呟いた。
いつも出迎えてくれる執事と侍女がいない。
玄関前で停まった馬車のドアを従僕長が開けた時、急いで来たらしい侍女が息を切らせたまま列の先頭に立った。
「オ、オルタンスお嬢さま……お出迎えが…遅れて、しまい…申し訳ござい、ません…!」
「気にしなくていいのよスージー。それよりも息を整えなさい。汗がすごいわ。」
心配したオルタンスが差し出したハンカチを使うことを侍女であるスージーは遠慮したが、オルタンスは気にせずそのままスージーの顔の汗を拭いてやった。
リコリエッタの母が公爵家に嫁ぐ際、生家から連れてきたというスージーはエルミリアの母にとっても慣れ親しんだ存在だ。
仕事ができて人柄も良く、おまけに器量も良いので慕う者も多いらしい。
しかし彼女らしからぬミスを目の当たりにしたエルミリアが顔には出さないように驚いていると、すぐ後ろに立っていたアンジェリーナが小声で話しかけてきた。
「スージーが他の使用人たちの前でお母さまのことを名前で呼ぶなんて、珍しいですね…。」
「そうね…。」
普段スージーは母のことをナイトリアス侯爵夫人と呼ぶが、他の使用人がいないお茶会の時に限り、昔のように名前で呼ぶ。
貴族同士の腹の探り合いをしに来ているわけではないのだから、侯爵夫人と呼ばないでほしいという母の希望でそのようになっているのだが。
(あのスージーがこんな初歩的なミスをするなんて、相当動揺しているんだわ…。)
一体何があったのだろうか。
エルミリアは嫌な予感を抱えたまま、促されるままにすっかり歩き慣れた庭園への道を進んでいった。
お久しぶりの更新です。
今年の目標は月4話更新なのですが、すでに暗雲が立ち込めていますねハッハッハ。。
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※誤字を修正しました。
なんつー道を進もうとしていたんでしょう…。




