夜は色々と考えてしまうものです②
アンジェリーナを部屋に招いてやると、無邪気で甘えん坊の妹はふかふかの枕を一つ手に取ってから寝台に腰掛けた。
ぎゅむっと両手でしっかりと枕を抱きしめて、口元を少し埋めるようにしている。
相手が年頃の男性であったならば、きっと庇護欲をそそられる光景なのだろう。
しかし家族はこれが「少し拗ねている」時の癖だと知っている。
幼い頃から変わらない妹の癖を微笑ましく思いながら、エルミリアは同じように枕を1つ手に取ると膝の上に抱え、アンジェリーナの隣に腰を下ろした。
大方、考えこんだ末に事の理不尽さに立腹したといったところだろう。
「こんな時間にお邪魔してごめんなさい、お姉さま。明日も朝早いのに…。」
「考え事をしていて寝られなかったの。気にしなくていいわ。」
「お姉さまも…?」
意外といった顔でアンジェリーナがこちらを見てきて思わず苦笑してしまう。
普段のエルミリアは多少心乱されることがあろうとも、すぐに気持ちを持ち直して次に進む。
くよくよしたところで事態が変わるわけではないことを、今までに散々経験してきたからだ。
そのエルミリアが、眠れなくなるほど考え事をするというのがこの妹にとっては思いもよらないことだったらしい。
「今回のことはリコリー絡みだもの。どうしても、色々と考えてしまうわ。」
そう言うとアンジェリーナの顔が曇った。
親族の中では1番年下ということもあって、リコリエッタはアンジェリーナを特別可愛がっていた。
その分、アンジェリーナもリコリエッタには本当によく懐いているのだ。
受けたショックは相当に大きかったらしい。
アンジェリーナがいる場で今回の話をしたことを、エルミリアは少し後悔していた。
「あのアンクロフト殿下がリコリーお姉さまとのご婚約を破棄するだなんて…私、どうしても信じられなくて…。」
アンジェリーナが項垂れながらぽつりと呟いた。
アンクロフトとリコリエッタの仲睦まじい様はアンジェリーナにとって理想なのだと、いつだったか本人が言っていたことがある。
自分もあんな風に心の底から大事にしあえる人といつか結ばれたいと、憧憬の対象ですらあったようだった。
他の家族たちとはまた違ったところで、妹はショックを受けたようだ。
「そうね…私も同じ。」
(これは相当参っちゃってるなぁ…。)
項垂れて枕に顔の半分を埋めてしまった妹の頭をエルミリアは優しく撫でてやる。
自分とよく似た金糸の髪は、自分とは違ってふわふわと緩やかなウェーブを描いていた。
物語に出てくるお姫様のような髪だといつも思う。
そんな「我が家のお姫様」に、エルミリアは努めて優しく語りかけた。
「殿下のことは今考えても仕方ないもの。今はリコリーを守ることだけ考えましょう。」
「でも私、エリーお姉さまと違ってリコリーお姉さまを守れるほど強くないし…。」
「何言ってるの。」
エルミリアは枕から顔を上げて自分の方を振り向いた妹の鼻を優しくちょん、とつついた。
「ふむぅっ」とよくわからない呻き声のようなものをあげたアンジェリーナが、どういうこと?と言いたげな顔でつつかれた鼻を押さえている。
「アンジーが守るのは、リコリーの心よ。」
「心…。」
「そう。一緒に悲しんだり、怒ったり、悩んだり…それだけでも救われるものはあるの。」
こんなにも自分のことのように悲しんでくれる子がいる。
それがわかるだけでも、心持ちは違うはずだ。
それに、正面きって喧嘩を売ってしまったような態度を取った自分とは違い、アンジェリーナはサリエラに目をつけられていない。
妹ということで多少警戒されることはあるかも知れないが、ゲームの中では攻略対象キャラもしくはライバルの妹という立ち位置でしかなかったのだ。
恋路を邪魔してくるわけではなく、かと言って積極的に応援してくれるわけでもない。
所謂モブキャラとほぼ同じ位置付けであったアンジェリーナが親戚の家に多少頻繁に出入りしたとしても、それは特別警戒される動きではない。
だからこそ、できる動きもある。
何も知らない妹を利用するようで心は痛むのだがー。
(それでも、打てる手は多い方がいい。)
自分が想定できる限りの最悪のケースを考慮して、打てる手を打っておかなければならない。
その上で切り札も隠し持っておく必要がある。
(考え直してくれるかもなんて、甘い考えを持ってるようじゃダメね。)
やる時は徹底的に。
手負いの獣が脅威であるのと同じように、中途半端に詰めてしまうのが一番ややこしいことになりかねない。
完膚なきまでに叩き潰す、その覚悟でいなくては。
一瞬抱いてしまった甘い考えを振り払うように改めて決意を固めたエルミリアは、妹を部屋に帰らせることにした。
「さぁ、明日は『女子会』なのだから、今日はもう寝ましょう。夜ふかしはお肌に悪いわよ?」
せっかくこんなにすべすべのお肌なんだから、と頬を両手で挟んでむにゅむにゅと優しく揉んでみる。
「ふみゅ…」と猫のような声を漏らしたアンジェリーナの肌理の細かい滑らかな肌は、同性からしてもずっと触っていたくなるような触り心地だ。
心なしか部屋を訪ねてきた時よりも少し落ち着いたように見えるアンジェリーナは、にこりと笑って「はぁい」と返事をした。
「おやすみなさい、お姉さま。」
「おやすみ、アンジー。良い夢を。」
小さく手を振って自室へ戻るアンジェリーナに、エルミリアも同じように手を振って見送った。
部屋に静寂が訪れる。
アンジェリーナが来る前まで使っていた椅子に再び腰をかけると、これから訪れるであろう抗争とも言える日々を憂いてエルミリアは一つ深いため息をついた。
昨日の更新分があまりに短かったので…。
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