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桜の樹の下の彼女  作者: yuma_s
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夏は恋の季節ですか?

6月。

部活動をしている3年生にとっては最後の大会などがあり放課後学習会はまた壮介とまありの二人になった。

委員会で遅くなったまありが教室に戻ると壮介は机にうつ伏せになって寝ていた。まありが声を掛けるとウンと唸って顔を横に向けた。夕陽にさらされた壮介の横顔にまありは見入ってしまった。

「綺麗」

そっと薄茶の髪に触れる。何度でも思う。立花くんは綺麗だ。前の席に着いて、そのまま顔を見続けると、壮介がもう一度うなった。

「まあり」

壮介の口から不意に自分の名前が呼ばれて、まありは動揺した。これまで、壮介から名前でしかも呼び捨てにされたことはなかった。

「橘さん…あ、委員会終わった?ごめん、寝てた。」

壮介は目を覚まして軽く腕を伸ばした。その仕草にまありは見惚れてしまった。

「あれ、何か顔赤くない?大丈夫?」

壮介から指摘されてまありはハッとした。やだ、私…まありは頬に手を当てる。熱い。壮介が手を伸ばすとまありはそれを避けるように立ち上がった。

「今日、暑かったからかな。…遅くなったし、暑いし、今日はやめにしよう。」

しどろもどろしながら、まありは鞄を抱えて歩き出す。そうだねと壮介も立ち上がり、二人で揃って教室を出た。校門前、別れる直前、

「あ、そういえば、この間の小テスト、結構良かった。橘さんのおかげ。ありがとう。これからもよろしく。」

と言って壮介が笑った。まありは胸が締め付けられるような感じがした。なんだろう…この感じ。今まで感じたことのない感情がまありの中にうずまき始めていた。


沙織は毎日のようにまありとLINEをするようになっていた。その会話の中でまありの壮介に対する態度や感情が変化していることに気が付いたが、まあり本人はそれを「好き」とは認識していないようだった。子供の頃から他人との関わりをしてこなかったせいだろうと思った。

放課後の教室で二人で勉強してる時にまありが自分の話をし出した。

小学1年生の時、母親を病気で亡くしていた。同じころ、親友と呼べるほど仲の良かった友人が海外に越してしまい音信不通になり、人と繋がってもいつかは別れる時がくることを知ってしまいそれを必要以上に恐れるようになり、人と関わらないようにして来たと。

「どうして私にはこんな話をしてくれたの?」

「本当は、誰かと繋がりたかったのかも。沙織と一緒にいたいと思ったから、話を聞いて欲しかった。…ウザいかな。私。」

「ううん。そんなことない。まありに一緒にいたいって言ってもらって、嬉しい。私も一緒にいたいよ。」

沙織はまありの手をぎゅっと握って

「志望大学、K大でしょ。そこも一緒だね。頑張ろう。あ、壮介のこともお願いしてもいい?アイツ、地頭はいいと思うんだよねー。」

まありのほおが赤く染まり、繋がっている手も熱くなっていくのを感じた。

「うん…沙織が言うなら、立花くんに勉強教えるのは続けるよ。」

『それだけ?』沙織は言いたいがそれは、グッと自分の中に押し込んだ。まありが自分で気が付かなくては上手くはいかないだろうと思った。なのでまありのこの変化については壮介には話していない。話さなくてもこのまありの態度を見れば分かるような気がするが、壮介も鈍感なタチでまったくもって気が付いていない。まだまだ沙織の手がかかりそうで小さくため息をついた。

「どうした?」

「何でもないけど、夏休みどうする?夏期講習の申し込みとか、そろそろ決めないとねー」

「沙織は、どうするつもり?私はどっちでもいいかな。」

「流石A判定の方は違いますな。私は迷ってる。まあ、壮介を誘うかなとは思ってるけど。」

「え…そっか。やっぱり私も夏期講習行こうかな。」

沙織はにやりと笑った。こんななのに、まだ分からないのかな…自分の気持ち。

「いいんじゃない。三人で行こうよ。」

「うん」

まありは嬉しそうに笑った。

「壮介に連絡は、どうする?私がしとく?」

「あ、お願いしたい…です。私、何か立花くんに話すのちょっと緊張する。」

まありは自分の感情の扱いに戸惑っている。壮介と一緒は嬉しいけど何か緊張するから上手く話せなくなる。ただ、一緒に勉強してる時は割と自然に言葉が出てくるのでその時間がとても気に入っていた。だから、夏期講習に一緒に行けるのは嬉しかった。

「こんな話してるなんて、私達って受験生なんだねー。でも、気晴らしに一日くらいは遊びに行かない?海とかさ。壮介、車の免許とったし、彼氏も車持ちだから一緒にどう?」

「え…私、水着ないなぁ。」

「じゃあ、今度一緒に買いに行こう。だからさ、約束、ね。」

沙織はまありの前に小指を突き出した。戸惑いながら小指をからませ、頭の中は運転する壮介を想像していた。…きっとまたかっこいいんだろうな。助手席に座りあの綺麗な横顔をずっと眺めていたいと思っていた。

「また、ぼぅっとして。大丈夫?」

まただ。壮介のことを考えるといつもこうなってしまう。

「大丈夫。ちょっと考え事しちゃった。」

かわいいな。沙織は思った。多分、壮介のこと考えていたんだろうと。


「とにかく、夏期講習と海の約束は取り付けたから、後は自分でなんとかしなさいよ。」

まありと約束したその夜に早速壮介に電話した。

「マジで…ありがとう。すげー嬉しい。夏休み中も会えるなんて。」

「え…そこか?違うでしょ、海だよ。水着だよ。これは告白のチャンスでしょ、馬鹿。」

「やっと、普通に話が出来るようになったばっかなのに、早くない?」

「馬鹿、そろそろ受験モードが本格的になるのに、その前に気持ち伝えておいたほうが良くない?今ならまありもちゃんと考えてくれるよきっと。」

「そんな馬鹿馬鹿言うなよ。…告白は考えておく。」

沙織との電話を終えて壮介はベットに仰向けに寝転がり、溜息をついた。沙織からせっつかれた告白をどうしたもんか考えあぐねていた。正直なところ、まありと普通に話をしたり勉強をしたりする今がとても楽しいと思っていた。この関係を壊したくないが、一緒にいると自分がどれだけまありが好きなのか思い知らされる。好きが溢れて胸からこぼれ落ちそうに、「好き」と言いたくて堪らないのも事実だ。でも怖い。逡巡する思いは振り子のようにゆらゆら揺れる。ふと、今まで付き合ってきた女の子達を思い出した。みんな自分に告白をしてきてくれた。同じように悩んできたのだろうか。

「ごめん」

いいかげんに返事して何となく付き合って別れを切りださせて、ホントにしょーもない男だった。今なら分かる。沙織が怒った理由。告白って簡単なものじゃない。わかっていなかったことを今更ながら悔やむ。遅いと分かっている。今までいいかげんだった分、これからは誠実でいたい。心の底からそう思った。


夏休みに入り、夏期講習の帰りのことだった。

「水着、買ってしまった。」

友達と水着を買いに行くなんてことが自分に起きるなんて、去年までには考えられないことだった。夏期講習の帰りに沙織と二人でショッピングモールで水着を選んだ。スクール水着以外を着るのも初めてだった。あまりにたくさんの種類があるのにも驚いたし、たくさんの女の子達が売り場ではしゃいでいるのも新鮮だった。

「女の子がいっぱいで緊張する。私、浮いてない?制服だし。」

塾の夏期講習だというのに、何を着ていけばいいのかわからないので制服で来てしまった。

「じょしこーせーしか、制服って着れないからいいじゃん。まあ、もっと着崩してもいいかな。夏休みだしねー。」

沙織はブラウスのボタンを一つ外してタイを緩めた。

「今度、服も買いに行く?てか、今でもいいよ。お金があればだけど。」

水着買いたいって言ったら、父親は結構な金額のお金をくれた。好きに使っていいと言っていたから、沙織の誘いに乗ることにした。色々は服を見て、試着して、こんなに楽しいのは初めてだった。

「どう?服買うのって楽しくない?」

「うん。楽しい。こんなこと初めて」

まありは微笑んで沙織に感謝の気持ちを告げた。

「ありがとう。沙織と知り合ってから私、すごく楽しい。」

沙織は成績もいいが遊びもしっかりしてるタイプだった。勉強しか知らないまありとは正反対だ。遊びと勉強の両立は沙織から教わる形になった。沙織はどんなに楽しく遊んでも家に帰ってから必ず勉強した。短い時間でも集中してやることにしていた。まありもそれに倣った。成績を落とさずに遊ぶことを楽しむようになっていった。沙織も何をしても喜んでくれるまありが可愛くて仕方なかった。

「まありってホント、かわいい。」

悔しいけど、壮介に渡すのは惜しいくらいに好きになっていた。まあ、あいつもいい奴だけどね。先に好きになったのは壮介だし、最初は壮介の為にまありと仲良くなろうと思っていたのだが、沙織自身がもっとまありと親しくなりたいと思うようになった。このまま上手く壮介と付き合ってくれればいいのに、沙織の細やかな願いだ。そのためのお節介、もっと必要かもしれないなと考えていた。

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