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絵解き話

かつて、この世には変わった文豪が居た。活動家、とも言った方が正しい人間である。

彼を表した言葉を、少し引用してみる。


”芸術家小説”である作品空間は、あのアキレスと亀の話のように、限りなく作者に近接するものの、永遠に作者に到達することはない。近づけば近づくほど、逆に作者は限りなく作品空間から遠ざかるのだ。芸術対人生の対立をのり超えたと信じた三島は、この地点で、転換されたレベルでの二項対立に新たに捕えられるのである。それは鏡の部屋の中でのように無限に繰り返されるだろう。「彼」は作者になりうるか、作者は「彼」になりうるか……。”


彼は、その時代の持つ問題点を鋭く照らした人物として語られることが多い

その鋭い目で、素晴らしい文学作品を多数生み出してきた。


これはあくまでも、事実と照らし合わせた個人の感想ではあるが

彼は、晩年は政治的な傾向を強め・・・端的に言うと「右翼」になったのだ。


確固たる意志があり、そして、愛国心に溢れた人物であったことは、想像に難くない。

敢えて表せば、俗に言う「天才」だったのかもしれない。


彼が生きていた時代は、”昭和”である。


昨今の、多くの作品で「昭和と現在の比較」というテーマや議題などは多く作られてきた。

しかし、

人の考えは、影響は受けども変わることは少ない。


その中で短絡的な、懐古の感情のみで彩られた作品は多い。

信念無くして、人は有り得ない

私は、敢えてそう言い表す。

信念を持たない人間(もしくは忘れてしまった人間)は確実に居る。

デマゴーグに踊らされ、感情のまま他人を殺す獣も居る。

滑稽なほど、思考なく他人の言う通りに動く木偶人形も存在する。


過去の事例などを鑑みれば、信念を持たないなど、酷く無意味に思える。


しかし、ここで、善と悪などという差別はする気など無い。

勝者こそ正義であり、敗者は悪に仕立て上げられることは、よく起こり得る日常である。

たとえどんなものであれ、

信念は自由であり、強制されたり奪っていいものでは無いのだ。


ここで、思い起こしてほしい。

文を書く人間の作品の主人公は、皆すべからく”天才”である。

文を書かないまでも、想像したヒーロー・怪物

その全てが、”天才”なのである。


作品を作る者は、自分と似通ったものと、自分からかけ離れたものしか描けないと聞いたことがある。

自分の理解が及ばぬようなものに関しては、どうしても稚拙な表現になってしまうらしい。


まあ、これはあくまでも、可能性の話となってしまうのは悲しいところだが。


最後に言えるのは


最初に引用した通りではあるだろう。

「私は彼ではない」

彼の、思考や感情全てを読み解くのは不可能である。

もっとも、今後誰が生まれようとも、他人の思惟を完全に読み解くことなど起こり得ないであろう。


まあ、できれば、

個人が存在する限り、そんなことなど起こって欲しくは無いのが本音だ。


「思考の偏り」は誰でも持ち合わせているものだ。

しかし、出来れば、誰もが思惟を持っていてほしい


そんな願望で、この文は終わりにする。

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