ぬいぐるみのフミコさん
まだ肌寒い春の夜。
同窓会のあと、俺の家が近いという理由で、みんなが家に押し掛けて来た。俺は二次会に行かずにそそくさと帰ってきていたので、インターフォンを鳴らされて驚いたが、追い返すのも面倒で、てきとうに了承した。
夜も深まって来た頃、一人が言った。
「ひとりかくれんぼって知ってるか?」
「知ってる!今話題のやつだよな、動画配信サイトに上がってるの見たよ」
「やってみないか?ちょうど0時だし」
女性陣が首を振る。
「えー、怖いよー」
俺はちびちびウーロン茶を飲みながら、隅の方でてきとうに話を聞いていた。
もともと喋る方ではない。
男が言う。
「ちゃんとやれば大丈夫だって」
「終わらせ方間違えると、ヤバイって聞いたよ。てか、準備してないでしょ。あれ糸とか米とか使うし」
酔っ払った男がジャーーンと鞄からビニール袋を取り出した。
「ひとりかくれんぼセット、持ってきちゃいました〜」
ビニール袋を逆さにすると、クマの人形と裁縫道具セット、糸、小さい米袋、などがザザーと転げ落ちた。
女性陣が悲鳴をあげる。
俺は霊を信じていない。
まぁやるなら勝手にやれば良いと思ったが、その作業過程に眉をひそめた。
男達はネットで調べたものを読み上げながら、手順を実行していく。
「1、ぬいぐるみの綿をすべて抜き、かわりに米を詰める」
裁ち挟でぬいぐるみの腹を切ると、みんながワっと声を上げた。
「2、自分の爪を切り、かけらをぬいぐるみの中に入れ、詰め穴を赤い糸で縫う」
「じゃあ、俺の爪で〜」
「えー、イヤだ」
女達も乗り気になってきている。
普通に汚い。
「3、縫い終わったらそのまま糸をぬいぐるみに巻き付け、ある程度巻いたらくくる」
「4.風呂桶に水を張って、刃物でぬいぐるみの腹を刺す」
「えー!!」
みんながはしゃぐ。
俺は立ち上がり、クマのぬいぐるみを入れた桶を抱えた男の肩を掴んだ。
「そんなことするなら帰れ」
ハッキリ言うと、場が白けるのが分かった。
「ここまでして止める?」
「ここは俺の家だ」
女性陣がそうだね、と冷静に場を収め始める。
「ごめんね勝手なことして」
「‥ぬいぐるみが可哀想だ」
そうして、ひとりかくれんぼは未遂に終わった。
と、俺は思っていた。
誰かの画策で度数の高い酒を入れられていたのか、酒の弱い俺は酔って眠ってしまっていたらしい。
目が覚めたら朝だった。
そして、誰もいなかった。
缶も綺麗に片付けられている。
みんな帰ったのか、と思って体を起こすと、部屋の隅にクマのぬいぐるみが転がっていた。
「まったく、ぬいぐるみも不憫だよな。あんな奴らにオモチャにされて」
俺はクマのぬいぐるみをそっと抱き、腹部に突き刺さった包丁を抜いてやった。刺されたお腹の傷口から、米粒がパラパラと落ちてしまう。
俺は裁縫道具を持ってきて、米粒を中から取り除き、綿を詰め直して綺麗に縫い合わせた。
「腹の傷はマシになったな」
俺は迷った末、クマのぬいぐるみを座布団の上に置いておいた。
ー ー ー
「お前、なんかめっちゃ米粒落としてるけど」
「?」
俺は意味が分からず、研究仲間の顔を見返した。
「今日の俺の朝食と昼食は、パンだ」
「いや、そういう話じゃなくて」
「じゃあどんな話だ」
「お前の机とか、椅子とか、シャーレの中とかに生米が入ってんだよ。床にも落ちてるしな」
「生米?」
「そうだよ、炊いてないやつ。どういう事だよ」
米。生米。
いっぱく置き、俺は思い出した。
「‥ぬいぐるみ」
「は?」
「ぬいぐるみの腹に入ってた米かもしれない」
研究仲間の男は眉を顰めた。
「お前、大丈夫か?生米持ち歩いてるのか」
「‥‥大丈夫だ」
「とりあえず、シャーレの中に入ってるのは困るから、何とかしろよ」
「分かった」
実際、帰る時に確認したが、椅子の座席に生米が4粒落ちていた。
俺は米を摘み、一人首を傾げた。
怪奇現象はそれだけでは無かった。
浴槽に長い髪がごそっと落ちている。
俺は自身の頭に手をやるが、禿げていない。
典型的なヤツだ。本当にこんな事あるのか。
俺は信じられない思いで、髪の毛をゴミ箱に捨てた。
ほかにも、姿見に誰かが映っていたり、影が動いたりする。部屋の電気が勝手に点滅して、ラップ音がする。
完全に、いる。
霊感がゼロの俺でもわかる。いる。
家に住み込むのは構わないが、あまり悪さはしてほしくない。米粒は踏むとびっくりするし、髪の毛も汚い。
俺は綺麗好きだ。
どうしたら幽霊が去ってくれるのか、俺はいろいろネットに載っているものを試した。
塩を家中に撒いたり、飲んだり、身体に塗りたくったりしたが、全く効果が無い。最近は米も炊いていないのに、生米が至る所に落ちている。おかしい。
さまざまな本を読んだが、結局なにも分からなかった。
俺は霊能力者やお祓いを信じていなかった。背中を叩いて何になるというのか。
そこで、俺は独自に幽霊を研究することにした。
幽霊とコンタクトをとり、何とか出て行ってもらうのが目標だ。
まずは毎日、ぬいぐるみに声をかけた。
おはよう、ただいま、おやすみ。
すると「ぬいぐるみの場所が勝手に動いている」という怪奇現象が追加された。摩訶不思議で逆に面白い。
次に、お供物をすることにした。好感度を上げるには悪くない作戦だと俺は考えた。幽霊にも好みがある、と仮定し、対照実験を開始する。
ぬいぐるみをローテーブルに置いて、ぬいぐるみの前にお皿を置く。洋菓子、和菓子、白米、日本酒、ビール、ワイン等のローテーションを毎日繰り返してみた。
散らばった米粒を小袋に入れて保管し、後からg数を量ると、洋菓子の日のみ、落ちている米の量が平均より5g増加している事が分かった。
幽霊は洋菓子が好きなのかもしれない。
「それで?」
俺はExcelに計算を纏め、思わず自身にツッコミを入れた。
解決法は依然見つからない。
ー ー ー
俺はぬいぐるみを眺め、何となく、洋服を着せてみたくなった。
今日電車で前に座っていた女子校生のカバンに、洋服を着せたクマの人形のキーホルダーが付いていたのだ。
俺は考え、桃色でフリルの付いたワンピースを作ってあげることにした。
俺は昔から細かい作業が得意だった。たぶん頑張れば作れるだろう。
作業に取り掛かかったが、予想以上に難しく、苦戦した。
「ラップを巻き、ボディ線を入れ、布で型紙を取る‥‥」
途中でやめようかと思ったが、幽霊は服を作ったら喜んでくれる気がして、俺は頑張ることにした。
クマのぬいぐるみは期待のまなざしで俺を見つめる。
気づけば貴重な休日が終わっていた。
ワンピースを着せてやると、サイズはピッタリで、よく似合っている。
「うん。可愛い」
俺は一人で頷いた。
ー ー ー
ある日、友人が家に泊まりにきて、ぬいぐるみを見て悲鳴を上げた。
「‥どうした?」
「あ、あの時のぬいぐるみ、まだ持ってるのかよ」
「あぁ、うん。飾ってるよ。みんなが置いて帰っちゃったからさ」
友人は目を見開き、身を乗り出して言った。
「燃やして処分しないとダメだぞ!」
俺は首を傾げる。
「なんで?」
「それが正式なぬいぐるみの処分する方法だからだ」
「そうなんだ、でも教えてくれなかったじゃん」
友人は口籠る。
「ごめん。本当に悪かったと思ってる。でもあの時はびっくりして、思い出したく無かったっていうか」
「薄情な奴」
「ごめんって」
「でも納得した。やっぱりかくれんぼをして、怪奇現象が起きたんだな。それでみんな帰ったのか」
「あぁ」
友人はあの時の出来事を話し始めた。
「達人のウーロン茶に強い酒を入れたのは真島だ。みんなそれを知らなくて、お前が寝始めたから、まぁいいかって空気になっちゃったんだ。みんな酔ってたし」
「言い訳はいい」
「うん。ひとりかくれんぼには手順があるんだ。とりあえず、雰囲気を想像して欲しい。まず、ぬいぐるみに名前をつけて、午前3時になったら「最初の鬼は○○だから」ってぬいぐるみに向かって三回言う。風呂場に行って、ぬいぐるみを水の入った風呂桶に入れる」
「ぬいぐるみの名前は?」
友人は視線をそらす。思い出したくないのかもしれない。
こいつは昔から優しいやつだ。今日も心配して様子を見に来たのだろう。
俺は追及をやめて話を促す。
「それで?」
「部屋に戻って、家中の明かりを消して、テレビをつける。目をつぶって10数えたら、刃物を持って風呂場に行く。ぬいぐるみの所へ着いたら「○○見つけた」と言ってぬいぐるみを刺す。「次は○○が鬼」と言いながら置く。置いたらすぐに逃げて塩水を用意した場所に隠れる」
「‥本当にかくれんぼをするのか」
「あぁ。俺たちはクローゼットとか、トイレの中とか、物置の部屋とかにそれぞれ隠れたんだ。そうしたら、霊感があるやつが、マジでやばいって言い出して、俺たちはルールを守って口を閉じて隠れてた。そうしたら、明らかにバタバタバタバタって足音が聞こえたんだ」
「それだけ?」
「いや、本当にいた!みんな隠れてるのに足音がしたんだから」
「それで、お前たちは隠れられたのか?」
友人は眉をひそめて、小声で言う。
「で、こっからがヤバイ。コップの塩水を口に含んで、隠れている場所からでて、ぬいぐるみを探すんだけど、風呂場にいるぬいぐるみが、リビングに転がってたんだよ!」
俺は手で友人の言葉を制した。
「あのさ、俺リビングで寝てたんだけど」
「‥」
「かくれんぼ参加したことになるの?」
「‥わからん」
「俺、怪奇現象続いてるんだけど。生米とか女の髪が落ちてて、足音も毎晩するよ」
「‥」
「見つかったって事だよな、俺。完全に」
「‥ごめん。遊びの感覚だったんだ」
友人は頭を下げる。
俺はため息をついて言った。
「やっちゃったものは仕方ないし、俺も幽霊なんて信じていなかったからな」
友人は再び頭を下げたあと、ぬいぐるみを見て言った。
「だから、その人形は燃やして捨てた方がいい」
「分かった」
その日の晩、俺はとても悩んだ。
燃やして捨てちゃうなんて、やっぱり可哀想な気がする。
大体、取り憑かれてしまった今、その終わらせ方が正しいのかも分からないのだ。
考えているうちに、俺は人形を抱いて寝落ちしてしまった。
夢の中で、女性の声が聞こえた。
「フミコ。わたしは、フミコ」
俺はハッと目を覚ました。
腕の中のぬいぐるみを見る。
今、明らかに夢でこいつが言っていた。
わたしはフミコだと。
俺に名乗ってきた。
俺はフミコさんに言った。
「大丈夫、捨てないよ、フミコさん」
ー ー ー
ソファーにフミコさんを置き、俺はフミコさんの隣に座る。
チューハイを二本買ってきて、プルタブを開けたものをローテーブルに置く。
一つは俺ので、もう一つはフミコさんのだ。
俺たちは一緒に深夜アニメを見る。
「今期の覇権アニメだな。めっちゃおもろいな」
俺はフミコさんに話しかける。
返事は返ってこないが、満足だった。
俺は人の話を聞くのが嫌いだ。自分のペースで、自分の言いたい事を喋りたい。
「原作だと分かりにくいけど、アニメだと伏線の表現がハッキリしてるな。音がある分、表現もしやすそうだ。俺は原作を読んでる時、まったく気づかなくて、あとで読み返して、あーここで主人公は既にフラグを建てていたんだって理解したよ」
俺は基本的に無口だが、それは人の前だけだ。
フミコさんは静かに俺の話を聞いてくれる。
俺が研究でヘマして凹んでいる時も、愚痴のお酒に付き合ってくれた。いつも静かに、俺の隣で俺の言葉に耳を傾けてくれた。
いつの間にか、フミコさんは俺の大切なぬいぐるみになっていた。
俺とフミコさんの生活は、気づけば一年が経過していた。
そして、ある日、俺はハッキリと、幽霊を見た。
白いワンピースの、髪の長い女性。
俯いているので顔が見えない。
俺がトイレに向かおうとした時、廊下で鉢合わせた。
距離は5メートルくらい。
人は驚きすぎると、声も出なくなるらしい。
俺は静かに後退り、何も見ていなかった、と思い込んだ。
翌日起きて、やっぱり何も無かった。気のせい気のせい、と思っていたが、その日の夜も廊下の先に女性が立っていた。
毎晩、女性が現れるようになってしまった。
流石に怖い。
誰かに相談しようかと思ったが、誰に相談すれば良いか分からなかった。
だって誰も答えを知らないだろう。
俺は途方に暮れた。
「なんか最近、思い詰めたような顔をしてるけど、大丈夫か?」
「大丈夫だ‥‥たぶん」
「ふーん、まぁ無理すんなよ」
心配して声をかけてくれたのは、同じ研究室の男だった。普段あまり話をしないから、気遣ってくれたのは意外だった。
「お前はさ、一人で頑張りすぎっていうか、いや、もちろん頑張るのはいい事なんだけど、時には仲間に頼る事も必要だぞ。お前と比べたら腕は落ちるかもしれねーけど、力になるからさ」
その言葉は、俺の心に深く染み込んだ。
とても気持ちが楽になる。不思議だ。
「‥‥どうして?」
「ん?」
「俺なんかに」
「だから、同じ研究のチームなんだから気にするのは当然だよ」
「そうか。ありがとう」
世の中は俺が想像しているよりは、冷たくないのかもしれなかった。
その日、俺は思い切って、女性に話しかけてみた。
「こんばんは」
すると、トトン、スーと、何かが転がってきた。
足の爪先につっかえて止まったのは、綺麗な水色のビー玉だった。
「‥‥ありがとう。綺麗だね」
俺が拾って礼を言うと、女性はふふっと笑って消えた。
ー ー ー
新しく研究室に入ってきた子が、俺に告白をしてきた。
俺はその子を好きかどうか、自分でも分からなかったが、その子はお試しでも良いから、と何度も言ってくるので、流されて、俺は付き合うことにした。
ある日、彼女が家に泊まりたいと言ってきた。
俺は考え、状況を素直に説明した。
「俺の家、お化けが住んでいるんだ」
「え?どういうこと?」
彼女は笑う。
俺は真剣に言う。
「本当にいるんだよ、高校の時の同級生たちが泊まりにきた時、勝手に降霊術をして、俺の家に取り憑いちゃったんだ。俺にも多分憑いてる。ほら、生米落ちてるだろ?あれは降霊術の時に使った米なんだ」
「ふーん」
彼女は本気にしていなかった。
あんまり言うとオカルト好きな奴だと思われそうで、俺はフミコさんの存在を証明するためにも、彼女を家に招待することにした。
家に連れてきて早々、彼女は短く悲鳴をあげた。
「せ、洗面器に‥‥いっぱい髪の毛が」
「あぁ、ごめん。これはフミコさんの髪の毛なんだ」
俺は長い髪を掴んでゴミ箱に捨てる。
「だから、いるって言ったでしょ」
彼女は信じられない様子だったが、数々の怪奇現象が連続で起き「もう帰ろうかな」と言い始めた。
俺は言う。
「そうだね。その方がいいと思うよ。送ってくよ」
だが、彼女は負けず嫌いというか、謎の信念があるようで、やっぱり泊まると言い始める。
彼女がお風呂に入った後、俺はたずねた。
「ベッドと布団どっちが良い?」
「えっと‥‥ベッド」
「分かった。じゃあ俺はリビングで寝るから、俺の寝室を使ってくれ。換えのシーツがあるから、ちょっと待ってて」
「え」
「なんだ?」
「‥‥何でもない」
だが、彼女は明らかに何かを言いたげな顔をしていた。
俺は言う。
「はっきり言ってくれないと分からないよ」
彼女は顔を赤くして言った。
「‥‥一緒に寝ないのかなと思って」
俺は沈黙した。
まさかそんなことを期待されているとは思わなかった。いや、嬉しいけど。
「あの、俺のどこがいいの?」
「可愛くて優しいところ。冷静なところ。ぜんぶ!」
俺は首を傾げる。
「俺も変わってるって言われるけど、君も大概だよ」
彼女は期待の目で見るが、俺はフミコさんの視線が気になった。
そもそも俺は寝室にフミコさんを隠していたのに、いつの間にかテレビの横、ローテーブルの下、どんどん距離は近づいて、今、ソファーに座る俺の真横に鎮座している。
こんなに怪奇現象が起きるのはおかしい。
俺は考えて言った。
「ごめん、でも俺、今日はしたくない。君が安心してる場所がいい。正直に言っていいよ。怖いだろ?今日は無理せずに帰りなよ。送るから」
彼女は苦笑した。
「うん。ちょっと怖い。さっき、お風呂に入っていたら、女の人に出てけって、言われた。多分、私が来て怒ったんだと思う」
俺は驚いた。
フミコさんがそんな事を俺に言ったことは無かった。
「‥‥そうだったんだ。ごめんな驚かせて」
「ふふ、大丈夫だよ」
俺はタクシーを呼び、彼女を送り返した。
翌朝、彼女は研究室に来なかった。
昼ごろになって、彼女から事故で足を骨折したという連絡が入った。
俺は箸を落とした。
手が震えた。
俺は初めて、フミコさんが怖くなった。
見舞いに行って彼女に会うのも怖かった。
俺のせいでまた何かあったら、取り返しがつかない。
彼女に状況をチャットで包み隠さず伝えると、彼女は、大丈夫、朝のは本当に自分の不注意で、歩きスマホをしていたから、自分が悪い。むしろ心配させてごめんね、と謝られた。
研究室の仲間も言う。
「流石にたまたまだろ。幽霊なんている訳ないし」
俺にはそうは思えなかった。
彼女はフミコさんの怒っている声を聞いたと言っていた。
俺に対してフミコさんは怒ったことがない。
だが、そもそもフミコさんは降霊術でぬいぐるみに宿った幽霊だ。この世の無念や怨念で成仏できなかった幽霊が無害なはずが無いのだ。
俺はその日から、霊能力者に電話をしたり、神社にお祓いの相談をしたり、とにかくありとあらゆる事をして、この状況から脱却する方法を考えた。
ひとりかくれんぼをした同級生にも片っぱしから電話をして話を聞いた。
「力になれなくて本当にごめん。でも、やっぱり関係のある人に当たった方が良いかもしれない。ぬいぐるみなら、ぬいぐるみ供養とかの神社専門にあるし」
「なるほど。ありがとう」
「でも珍しいな、お前が自発的に連絡をとるなんて」
「あぁ‥俺一人ならいいんだけど、大切な人に危害が及ぶかもしれないくて‥」
「そっか。本当にごめん。がんばれ」
俺は電話帳をスクロールして、手を止めた。
俺は祖母に連絡をした。弱っているのか、声が聞きたくなった。
俺の両親は若いうちに病気で他界してしまい、俺は10才の時から祖父母に育てられた。祖父も今は亡くなっている。
「あら、たっちゃん、元気?」
俺は耳の悪い祖母のために、声を大きくして話す。
「うん!元気だよ!だけど、相談したいことがあって」
「相談?」
「うん、あのさ」
俺はことの始まりから、現在の状況を説明した。
「それで、除霊したいんだけど」
同情してくれるかと思ったが、祖母は予想外のことを口にした。
「それはあんまり勝手ね。たっちゃんが悪いよ」
「え、どうして?」
「だって、燃やせば済んだものを大事に大事にしちゃったんだろう?」
「‥まぁ、そうだけど」
「お化けの気持ちにならなきゃダメよ。お化けは孤独なんだよ。だから、取り憑いたりするんだ。たっちゃんは、寂しいお化けに優しくしていた。お化けが優しいたっちゃんを好きになるのは、すごく自然なことだよ」
「‥そっか」
その通りだ。
俺はたずねる。
「どうしたらいいかな。俺、今すごく反省してる」
「あんたが困っていることを、お化けに理解してもらわないといけないね」
「うん」
「話が出来ているなら、話してみなさいよ」
「え」
「フミコさんは一人の亡くなった人間でしょう。たっちゃんがそうして接してきたなら、最後まで責任を持つのが大事だと思うよ。除霊っていうのは、フミコさんが可哀想だ」
「そうだよな‥うん。分かった。がんばる」
「無理はしないようにね」
「うん、ありがとう」
「また暇な時、帰ってきなさいよ」
「うん、分かった。じゃあね」
俺は深夜三時を待ち、廊下にクマのぬいぐるみのフミコさんを置いて、怪奇現象を待った。
一人でに、クマのぬいぐるみがゆっくりと動きはじめ、俺は正座をして、言った。
「こんばんは。いつもお世話になっています。今日は一つ、大切な話があります。いいですか?」
カツン、と廊下に何かが落ちる。
スーッと黄色のビー玉が転がってくる。
俺は受け取り、頭を下げた。
「フミコさん。俺、フミコさんが何に悩んでいるのか知りたいです。なにか心残りがあるなら、俺に教えて下さい」
もう一つ、カツン、スーッとビー玉が転がってくる。
フミコさんは俺が喜ぶと思って、プレゼントをしてくれるのだろう。
俺が優しくしたばっかりに。勝手な事をした。
この気持ちには応えられない。
だって俺は幽霊じゃない。人間だ。
その時、声が聞こえた。
「かぞく‥ほしい‥」
俺は目を見開いた。
かぞく。家族が欲しいのか!
「わかった!教えてくれてありがとう」
ー ー ー
俺は空いた時間に数々の神社を巡った。
「あの、相談があるのですが」
門前払いのところもあるし、話を聞いてくれるところもあった。
だが、幽霊に家族をあてがって成仏させてあげられる方法なんて、分からないと言われる。変人扱いもされる。
それでも、俺は諦めたくなかった。
彼女は気にしないで、と言ったが、俺は彼女に、俺とフミコさんとの関係を詳しく説明して、現実でも二人きりの状況を無くし、少し距離を置いていた。
フミコさんが嫉妬に狂って彼女を殺してしまうかもしれないからだ。
彼女は俺の想像以上に良い人で、幽霊にも理解があった。霊障に遭ったにも関わらず、俺に変わらず接してくれた。
俺は、彼女とこれからも付き合いたいのだと自覚した。
強がりを言っていたけど、やっぱり幽霊は人間の代わりにはならない。
俺は人が良い。
それでも、フミコさんへの挨拶はかかさなかった。
フミコさんは悪くない。中途半端に優しくしてしまった俺が悪いのだから。
「ぜったいフミコさんを成仏させてやるからな」
昼休みに、人形供養の神社から紹介された霊能者に電話し、フミコさんを見てもらうアポイントメントを電話でとっていた。
電話を切ると、それを見ていた研究室の仲間が言った。
「そういえば俺、思いついたことがあるよ、家族を当てがうっていう方法」
「え!教えてくれ!」
「あ、いや、専門家じゃないから知らないけど」
「いいから、頼むよ」
その仲間は、最近オタクだと知った男だった。
「形代っていうのは、人物の身代わりになるアイテムなんだけど、知ってるか?」
「知らない」
「見たことないか?白い人形の紙。俺の知ってる和風ホラーのノベルゲームで、形代に名前を書いて、自分の代わりにするっていうシーンがある。このアイデア、使えないか?」
俺は身を乗り出した。
「素晴らしい。ありがとう。検討する」
俺は考え、あることを思いついた。
「結婚式をして、フミコさんを結婚させる」
結婚という既成事実があれば、必然的に家族ができる。
俺は形代を使うというアイデアを、霊能力者や神社の人に言って相談した。
そんなことやった事がないと言われたが、俺の熱意に応えてくれようとする人間はごく僅かに存在した。俺はその人達に仕事を頼み、お金を出して、形代などの神具を用意してくれるよう頼んだ。
すると、一人の禰宜さんが、斎主を引き受けたいと言い、簡易的な神前式(結婚式)を執り行ってくれることになった。
「本当にありがとうございます。でも、あの、どうして手伝ってくれるんですか?」
禰宜のおじさんは優しく笑って言う。
「面白そうだからね」
「ほ、本当にフミコさんはいるんですよ!」
「分かっていますよ、無事成仏できることを願っています」
「‥ありがとうございます」
そして俺は同窓会のグループチャットで言った。
「ひとりかくれんぼに関わった人は、俺の家に集まって欲しい。幽霊を成仏させるために、神前式をするから参加して欲しい。お願いします」
変人扱いされると思ったが、全員がフミコさんが実在すると理解しているせいか、まさかの全員参加で日程も決まった。
俺の彼女が霊障に遭い、入院したという噂が流れていたらしく、みんな凄く責任を感じているようだった。根は悪くない奴らだ。
あと、神前式が結婚式ではなく、お祓いの式みたいなものだと思っている人も多くて、助かった。
何度かフミコさんと話そうとしたが、かぞくが欲しいと訴えるだけで、結局、フミコさんの想い人の名前は分からなかった。
でも多分フミコさんは俺が好きなので、俺で代用できるだろう。複雑だが、俺の形代を作ることに決めた。
フミコさんは家族と言っていたから、赤ちゃんも欲しかったのかもしれない。俺はもう一つの形代に花子という名前をつけて、形代を注文した。
神社の禰宜さんは当日立ち会ってくれた。
「専門家がいた方が、みんな真剣になるでしょう」
そう言って、力強く微笑んでくれた。
実はしばらくぬいぐるみの衣装を作っていたせいで、裁縫の腕が上がっていた。
これが最後のお節介だと言い訳して、俺は黒引き振袖という昔の花嫁衣装をフミコさんに着せてあげた。
「うん、とっても可愛いよ」
そして、神前式当日になった。
俺はぬいぐるみのフミコさんの意識を「形代の俺」に集中させるために、家を出て、リビングに設置したカメラからスマホを通して式の様子を観察した。
重要なのはフミコさんが形代の俺と結ばれることだ。
まずは参進の儀。
禰宜のおじさんが連れてきた巫女さんが音楽を流してくれた。
結婚の儀を告げる美しい雅楽が演奏される。
入場で、斎主が、新郎新婦(俺の形代とクマのぬいぐるみのフミコさん)を榊の葉の上に乗せてやって来る。
白い布を敷いた台に、形代の俺とクマのぬいぐるみを置く。
さらに巫女さんが、花子さんの小さな形代を持ってきて、二人の中央に置いた。
同級生のみんなも部屋に入る。
次は修祓。
全員が起立し、斎主の言葉で清めのお祓いを受ける。
最後に祝詞奏上。
斎主が二人の結婚と、幸せが永遠に続くよう祈る。
一通り式が終わり、俺はみんなに感謝をした。
「本当にありがとう。やっぱり人がいた方が式って感じがするかなと思ったんだ」
「よくなるといいね」
「うん。斎主さんも、ありがとうございました」
その日の夜、俺は夢を見た。
どこか遠い、冷たい場所だ。
髪の長い女性が、俺の前に立っている。
フミコさんだ。
フミコさんはゆっくりとお辞儀をして、消えていった。
それからパッタリと、怪奇現象が止んだ。
フミコさんの人形は供養して処分した。
生米も俺の身体から落ちなくなった。
無事に成仏してくれたようだった。
ー ー ー
俺は、その時付き合っていた彼女と結婚した。
彼女との生活はとても楽しくて、充実している。ふとした瞬間に幸せを感じる。
俺は彼女が大好きだ。
だが、俺に人と関わる大切さとありがたみを教えてくれた元カノの事を、今でもたまに思い出す。
読んで下さりありがとうございました。
全てフィクションです。