あれは多分デブネ、アラライラ、そしてベガ
「あれはおそらく夏の大三角」
「あれが多分デブブ、あれがきっとラタトゥイユ、そしてあれがベガ」
指差しながら言うとしたら順番はこうなると思う。
まずは明るい星適当に3つ見つけて大三角っぽいなと考えるのが一般人には限界なんじゃないかな。
いきなり輝く星の中から3つ選び出して正確に星の名前を当てるのはなかなか難しいはず。
できる人もなかなかいないはず。
少なくとも私には無理だ。私は世間一般からはあまり外れていないと思うし、そんな私が無理なんだからきっと世間のみんなもそうに違いない、多分。
ーー勝手に人様を巻き込んだらだめだよ!
そう語りかける声はあと半年経てば聴こえてくるだろうか。
そんな私だって今真上に見えてるオリオン座くらいはちゃんとわかる。特徴的な3つ並んでる星が全部それなりに明るいから見つけやすいし、見つけたときどこか心地よくなるから好きだ。
そもそも私は昔から星を眺めるのは好きだ。ふと夜空を見上げたときにキラキラ輝いているのを眺めると心が落ち着く。それだけで十分なんだから、星の名前なんて覚える必要もない、はず。
だって名前があると思っちゃうと、途端に星が人に見えてきちゃうのだもの。オリオン座の左上の人は、私にとって「リルル君」としか思えない呪いにかけられてしまっている。
ーー右下だし名前違うし、そして言い訳が酷い
頭の中にツッコミが入る。なかなか酷い言われようだ。まあ私が悪いんだけども。
まあそんなこんなでだから冬は好きなのだ。空が透き通っていて星がほんとよく見える。小さい頃と変わらない星空がそこにある。眺めていると昔に戻ったような気分になる。上を見てるのに後ろを振り返ってるようだ。なんにせよ前は向いていない。
逆に夏にはあまり星空を見ていなかったように思う。夏は空を見上げずとも地上にたくさんの星があった。プール、海、そして夏祭り。水着も浴衣も似合ってたね。
そういえば夏祭りが唯一の空を見上げる機会だったかもしれない。打ち上げ花火、綺麗だったね。でも私はあの夏からずっと曖昧なままだ。昼は地平線いっばいの入道雲、夜もうっすら雲がかかり星あかりは霞む。そんな夏の空のように。光眩しいようで見たいものは見えていないから。
ーー見えない空を見上げないで、前を向いて欲しい
そんなこと言わないで欲しい。あの日私にかかった呪いは彦星のそれのように、決して解けることはないのだから。
あの日、ベッドから覗く窓の外を、見えないはずのとある星を思って、君は呟く
「昔さ、リゲルが人の名前っぽいって話をしてくれたの覚えてる?そんな話あったなーってさっき思い出してね、それでねわたし思ったの。わたしの名前と同じ星座があってね。夏になれば見えると思うのだけれども、いつか見て欲しいなって。」
それが最後にした星の話だった。夏かー花火に邪魔されなきゃねとか忘れてると思うからもう一度言ってねとか適当に返した気がする。
そのときはなにも思わなかったんだ、また一緒に星空を見上げればいいじゃないかって。
失わないと気付かないのだ、自分を照らしていたものはなんだったのかなんて。夏が来て、秋が過ぎて、また冬になった。
冬では見えない、そんなこと今になって気づいた。下向いてばかりで、泣いてばかりで、空なんて見ないで、夏は約束ごと通り過ぎていってしまった。
心に穴開けて、ようやく上を見上げたときにはもうリルル君しか私のことを見ていなかった。
涙が頬をつたい落ちて土に還った。我ながら器用なものだ。上から見られてるときは下見て泣いて、下から見られてるときは上見て泣いて。泣いてばかりなのも案外バレてないかもしれない。
ーー涙、下まで溢れてるからバレバレだよ
そんな声が聞こえた気がして、思わず背筋を伸ばしてしまう。悪戯がバレてしまったみたいだ、と一人はにかむ。
笑ったのなんていつぶりだろうか。
本当は「笑った顔かわいいね」とか「笑顔素敵だね」とか褒めて欲しいけど、今度こそもう声が聞こえてくることはなかった。
そしてもう2度と聞こえることはないんだろうなともどこかで理解した。
寂しいな、と思った。
悲しいな、とも思った。
でも次に会ったときは絶対褒めて欲しいから
だから
冬が明けて春が終わり、そしてまた夏が来る頃に
とびっきりの笑顔で空を見上げて
「あれがベガ」
そう言って星を指差す、これは私のお呪い
その時までは前を向いていよう