85.あのハイオークはなんだったのかしら?
死霊術師が息絶えた後、俺たちは剥ぎ取り作業を行っていた。
「いち、にい、さん、しい……」
エチカが討伐したオークの耳を並べている。
数え終えた瞬間、ぱぁっと笑顔になった。
「ちゃんと二十以上ある! 前のと合わせて三十匹以上討伐できてるのだわー!」
「やったねエチカ! ランクが上がるよ!」
エチカとハイタッチして勝利を祝い合う。
死霊術師が引き連れていたオークたちを討伐したことで、俺たちは無事に依頼を完了した。
途中からアンデッド退治がメインになってしまったけど、問題なく達成できてよかった。
「ごめんなさいね、レメリ。お父さんのことを聞く前に……」
「いいのです。みんなの命には代えられないのです」
向こうではディシアがレメリに頭を下げている。
これまで魔族と遭遇したときレメリは父親のことを尋問していた。
死霊術師を斃したのは【魔力付与】の効果を受けたエチカの矢だけど、指示を飛ばしたのはディシアだから謝っているのだろう。
「それにしても、スラッドの作戦がここまでうまくいくと思わなかったわ」
「いやいや、そんなことないよ! 危ない目に遭ったのはディシアなんだし、結局俺は何もしてないし……」
もともとみんなに提案したのは俺ひとりが姿を出して囮を務め、残りのみんなが死霊術師たちを包囲するという作戦だった。
だけど死霊術師が相手なら自分のほうが注意を惹きつけられるだろうと、本来なら後衛のディシアが前に出たのだ。
ディシアの狙い通りに死霊術師は自分の天敵である聖女に食いついて、レメリの【透 明 化】で姿を隠している俺たちにはまったく気づかなかった。
「それにしても、このハイオークはなんだったのかしら? 突っ込んでくるときに、わたしの名前を叫んでたみたいなのよね……」
確かに。
魔族語だから喋ってた内容はよくわからないけど、このハイオークはディシアの事を知ってるみたいだった。
どこかで会ったことがあるんだろうか。
「気のせいじゃない~? そんなことより、ちょっとこっち来てくれる?」
シーチャの一言で謎のハイオークの話題はそれっきりになった。
もっと奇妙な謎が俺たちの前に現れたからだ。
「えっ、死霊術師の死体が消えてる!?」
エチカが口に手を当てて驚く。
他のみんなの反応も似たようなものだった。
「さっきまで確かにあったんだけどね~。戦利品を漁ろうとした瞬間に消えちゃった」
シーチャが舌打ちする。
死霊術師の剥ぎ取りを一番楽しみにしていたからなぁ。
「魔王が呼び戻したのかな? 案の定、アーティファクトを使っていたみたいだし」
死霊術師は髑髏の杖と人皮装丁の本を持っていた。
あれがおそらくアーティファクトだったんだろう。
「ふ~ん。もしそうだとしたら、魔王にはご愁傷様ってところかな~」
「それってどういう意味?」
俺の問いかけにシーチャがニヤリと笑って、外套の中から何かを取り出した。
◇ ◇ ◇
一方その頃、魔王城。
「魔王様! この不肖ゼルハーニめを蘇らせてくださって、ありがとうございます! 伏して御礼申し上げますぅー!」
「うむ」
ゼルハーニが床に頭を刷りつけている様を当然のことと受け止めているのは、魔王ウーシュムガルだ。
そう、ゼルハーニはアレスと同じように魔王の持つ生命の権能によって復活させられていた。
スラッド達の前から死体が消えたのは、そのためだ。
「それで? 命を賭したのだ。引き換えにセイウッドの王都は堕とせたのだろうな?」
「そ、それがぁ……」
ゼルハーニの話を聞いている間、ウーシュムガルは表情を変えなかった。
ただ、すべての報告が終わると、冷え切った声で一言漏らした。
「なるほど。要するに貴様は失敗したのだな」
「も、申し訳ございません!」
再び頭を床に擦り付けるゼルハーニ。
「で、ですがアレスの魂は回収してきておりますぅ。こちらを使えば再び甦らせることも――」
「そんなものがなくとも、アレスとは既に顔を合わせているからな。余であれば問答無用で復活させられる。そうしていないのは、奴が弱いことがはっきりしたからだ」
ウーシュムガルが、どこまでも残酷な事実を告げる。
「貴様の話を聞いて、はっきりわかった。アレスが強かったように見えたのは、仲間の援護が優秀だったためだ」
「ま、まさかそんなぁー……」
「実際、余のところに聖女がそこまで強大な力を持っていたという報告は届いていない。余の配下たちは、どいつもこいつも役立たずということだ」
ここに来てようやく、魔王も真実の一端に気づき始めていた。
破竹の勢いでモンスターを倒していた勇者を地上種族が使い捨てたのは、何故か?
実際は勇者が弱い事が判明したというなら納得できる。
「いいか。貴様は既に二度の失敗を犯している。ひとつめは役立たずだった勇者を余に蘇らせさせたこと。そして此度のことだ。しかもだ……余が与えたアーティファクトを、どこで失った?」
「え? もちろん、ここに……あれ? そ、そんな! 確かにこの手に持っていたのにぃー!」
ゼルハーニは死んでも気づいていなかったが、彼が装備していたアーティファクトはシーチャにスリ取られていた。
もちろんディシアと問答している真っ最中に、である。
相手に装備していると錯覚させたままアイテムを盗み取る《高度なスリ》の賜物だ。
本来であれば、装備品は復活と同時に所持した状態で生き返る。しかし、死ぬ前に失っていたなら話は別だ。
あまりにふがいない部下の有様に怒りを通り越して呆れ果てた魔王がハァ……と深いため息を漏らした。
「ゼルハーニ。貴様から死霊師団長の地位を剥奪する」
「そ、そんな魔王様ぁー! 後生でございますぅー!」
「処断されないだけでも、ありがたく思え。余も貴様のユニークスキルだけはまだ買っている。アーティファクトを取り戻してこい。次に死んでここに戻ってきたときに杖と本を持っていなかったら、今度こそは万死の刑だ。わかったか?」
「必ず! 必ずやぁー!!」
ゼルハーニにできることは、再三にわたって頭を擦り付けることだけだった。




