81.俺たちには話さなきゃいけないことが、まだまだたくさんある
あれから夕方までオークを捜索したけど見つからなかったので、俺たちは適当な場所を見つけて野営をすることにした。
夕飯を終えて、みんなが寝静まった頃……目が覚めてしまった俺はテントから這い出した。
見上げれば満天の星。
この世界の夜空は本当に美しい。
「ん、スラッド。交代にはまだ少し早いけど?」
火の番をしていたシーチャが俺に気づいて声をかけてきた。
「見張りお疲れ様、シーチャ」
シーチャの様子が気になって起きてしまった、とは口にしない。
余計な気を遣わせてしまうと思ったからだ。
「あったまるよ。飲むかい?」
「ありがとう」
シーチャが進めてくれた温かいお茶を受け取り、すする。
少し苦かったけど夜の寒さに沁みる、いい塩梅の温かさだった。
「ところでシーチャ、大丈夫?」
落ち着いたところで俺は意を決してシーチャに問いかける。
「うん。このあたりはモンスターもほとんどいないみたいだしね~」
「いや、そうじゃなくて。お昼のときの」
「え? ああ……」
シーチャの声が少し沈んだ。
「思い出させてごめん。俺もレメリがあんなことを言い出すなんて思わなくて」
「いや、ボクは本当に大丈夫だよ。むしろレメリのほうが心配だな」
「レメリのほうが?」
思わず首を傾げてしまった。
確かにレメリは思い込みの激しい部分があるけど、どういうことだろう?
「スラッド。レメリは生半可な覚悟であんなことを言い出したんじゃないよ」
シーチャの声がさらに低く沈み込む。
彼女が真面目な話をするときのトーンだ。
茶化さずに聞き入る。
「ただでさえボクとレメリは《才盗り》の件でひと悶着あった。あの話を蒸し返したらパーティクラッシュの危険があることぐらい、レメリだって充分に理解していたはずさ。つまりレメリの中でスラッドをパワーアップさせることは、このパーティを維持するより優先順位が高いんだよ」
「そんな……」
とても信じられない。
レメリはみんなと仲良くやっているし、このパーティは半魔族の彼女にとって数少ない居場所のはずなのに。
シーチャの話はさらに続く。
「勇者パーティを組んだばかりのころを覚えてるかい? レメリはアレスにべったりだったでしょ」
「え? ああ、そうだね。言葉こそ通じなかったけど、レメリはアレスに憧れてたみたいだったし」
「アレスの化けの皮はすぐに剥がれたから一週間と保たなかったけどね」
「ああ、そういえばアレスのことで落ち込んでたレメリを励ましたっけ……」
最初は全然心を開いてくれなかったけれど、身振り手振りを交えて根気よく接していたらレメリの態度も少しずつ軟化していった。
その流れで交易共通語を喋れなかったレメリに言葉を教えるようになって……。
「でも、別に俺に憧れてた様子はなかったけど」
「そうだね。あの頃はまだ、レメリの中でスラッドは親切な荷物持ちぐらいの認識だった。次に見方が変わったのは、魔族の攻撃から庇われたときだろうね」
「うん。命の恩人だって言われたよ。大袈裟だとは思ったけど」
あれでレメリとは完全に打ち解けられたんだよね。
レメリが俺と会話するたびにアレスが面白くなさそうに舌打ちしてたっけ。
「でも、それだって――」
「それでも憧れとは違う。レメリが今みたくなったのは夢屋敷のとき。ボクがスラッドのユニークスキルをバラしたときだ」
俺のスキル?
どういうことだろう……?
「まあ、全自動無自覚男の君に言ったところでピンと来ないだろうけど……」
シーチャが呆れたようにため息を吐いた。
うーん、俺もちょっとは自覚できるようになったと思うんだけどなぁ。
「君のスキルを知ったレメリは、ものすごく目を輝かせてた。『一目置いていたスラッドの正体が実はSSSランクのものすごい冒険者』だって知って、とても喜んでた。あの瞬間、レメリの中でスラッドは勇者になったんだ」
「レメリの中で勇者に……?」
「覚えてない? あのときスラッドのことを『私の中の勇者な無職』って言ったんだよ、レメリは」
ああ、そういえばそんなようなことを言われた覚えがある。
言葉の意味がよくわからなかったからスルーしてたけど……。
「ボクらの中で一番『勇者』に憧れを抱いていたのは、間違いなくレメリだった。理由までは知らないけどね」
つまりシーチャはこう言いたいらしい。
レメリの勇者に対する幻想はアレスによって一度打ち砕かれた。
だけど、何かと世話になった俺が実はすごい冒険者だったとわかって、元来勇者に向けられていた憧れが俺に向けられるようになった、と。
いや、スキルはともかく俺自身は別にそこまですごくはないと思うけど……。
「ボクはレメリのこと、ちょっと注意して見守ってあげたほうがいいと思う。きっとまだスラッドのことを諦めてないだろうから」
そこまで言うとシーチャがふわぁ、と眠そうにあくびをした。
「じゃ、あとの見張りよろしく~」
「あ、うん」
シーチャは唐突に話を終わらせた。
手を振りながらシーチャがテントに戻っていくのを、俺はどうにも釈然としない気持ちで見送る。
なんだか神殿の先生に宿題だけ押し付けられたときのような気分だ。
「レメリの中の勇者、かぁ……」
アレスの一件でみんなの絆が深まって、いろいろわかったような気になってたけど。
「みんなのこと、わからないことがいっぱいだなぁ」
でも、きっと。
それは、当たり前のことなんだ。
俺たちは勇者パーティだったけど、たかだか半年。
これから少しずつ、お互いのことを知って行けばいい。
むしろ、これからもみんなといっしょに冒険できると思うとワクワクしてくる。
「俺たちには話さなきゃいけないことが、まだまだたくさんあるってことだな……」
シーチャにもらったお茶をもう一口飲む。
胸の中まであったまるのを感じながら、俺は再び星空を見上げた。




