80.役に立たないと感じるスキルでも
「話がそれましたので戻します。強化魔法の重ね掛けはたしかに強いですが、スラッドの言うとおり懸念材料が多いのです。前もってかける時間がないなら、あらかじめ強くなっておけばいい……つまりスラッドに私の《怪力》をあげればいいのです!」
「えっ?」
俺にレメリの《怪力》を……?
「ああ、そういうこと。だからボクに謝ったのか……」
レメリの意図に気づいたのか、シーチャが頭を掻きながら戻ってきた。
「シーチャには本当に申し訳ないのです」
レメリが大真面目な顔でシーチャに頭を下げる。
「いいよ。前ほど気にしてないし。レメリには借りもあるからね」
「あたしにはさっぱりわかんないのだわ。どういうことなの?」
俺にも話がさっぱり読めないけど、エチカが代表して聞いてくれた。
シーチャが肩をすくめながら答える。
「つまりレメリは、ボクにスキルを盗んでスラッドに与えてほしいって言ってるんだよ」
あーっ、そういうことか!
「アレスにしたことと同じさ。ボクの《才盗り》は奪ったスキルを飴玉……スキルキャンディにできる。それをスラッドが舐めたら新しいスキルを習得できるってわけさ」
シーチャには非常に強力なユニークスキルがある。
《才盗り》……他者からスキルを盗めるスキルだ。
しかも盗めるだけじゃなくて自分や他人に分け与えることができる。
敵から盗み味方に与える……『義賊』のシーチャの魂を体現したようなスキルと言っていいだろう。
ただ、シーチャは過去のトラウマから《才盗り》を封印している。
そのことはレメリもわかっているはずだけど……?
「ごめんなさい、なのです。シーチャが《才盗り》を使いたくないのは重々承知の上でお願いしたいのです。シーチャには私の《怪力》を盗んでほしいのです!」
土下座までして頼み込むレメリを見て、全員が息をのんだ。
シーチャが、ため息を吐く。
怒ってはいないみたいだけど、少し悲しそうだ。
レメリが持つレアスキルは《怪力》。
半魔族の彼女はとても華奢だけど、大岩だって片手で持ち上げることができる。
でも、それを失うってことは……。
「やめた方がいい」
俺と同じ危惧を抱いたのか、シーチャがはっきりと告げた。
「レメリ、君の《怪力》は常時発動だろ。どんな影響が出るかわかったもんじゃないよ」
「魔法職の私が持っていたところで宝の持ち腐れなのです。それならスラッドにあげたほうが百倍いいのです!」
「いや、俺の意志は……?」
常時発動の《怪力》なんて、慣れないうちは日常生活に支障をきたすと思うんだけど……。
「わたしも手放しで賛成はできないわね。もう神殿の考えをみんなに押し付けるつもりはないけど、それでも……」
ディシアが躊躇いがちにつぶやいた。
神殿はレアスキルとユニークスキルを『神々が与えた贈り物』と定義している。いずれも本人の努力だけでは取得できないから、人々に広く信じられている教えだ。
それが自在に移動可能となれば各地の神殿はともかくとして、神殿を統括する『神教国』が黙ってはいないだろう。
実際にシーチャが追われていた可能性だってある。
「わかった。じゃあ、試すだけ試してみようか。戻すのは簡単だから」
向けられる真剣な眼差しに根負けしたのか、シーチャがスッと、レメリとすれ違った。
「はい、ほら。レメリのスキルキャンディだよ」
「えっ、今の一瞬で盗ったの!?」
実際に見るのは初めてだったけど、本当に一瞬過ぎてわからなかった。
こんなのやられた側は、自分の身に何が起きたのかも理解できないだろう。
シーチャが旧大陸で“スキルスティーラー”として世直しをしていたときに正体がバレなかったのも当然だ。
むしろカシウはどういうルートでシーチャの正体を知ったんだろ……?
「うっ、なんだか一気に体が重くなったのです」
レメリがフラフラと立ち上がろうとして……。
「ひゃっ」
「あぶないのだわっ!」
すぐさまエチカが倒れこみそうになったレメリを支えた。
シーチャが飴玉を覗き込むように眺めながら、諭すような口調で語り掛ける。
「レメリの《怪力》は生まれつきでしょ? 常時発動スキルだから、普通の生活ができるように体が加減を覚えてる。君は日常生活の中で必要な筋肉もほとんど使わずに生きてきたはずだよ。つまり……《怪力》スキルなしだと体をまったく動かせなくなったっておかしくない」
ああ、そういうことか。
本来なら自然に発達する筋肉が正常に働かない。
レメリは《怪力》ありきで自分の体を動かしているから……。
「こ、これぐらいどうってことはないのです。エチカ、放して大丈夫です」
「ほ、ほんとに? 危なかったらすぐに支えるのだわ」
エチカが手を離すと、レメリはかろうじて立っていた。
でも、生まれたての仔馬みたく足をガクガクさせている。
「レメリ。あんまり言いたくないけど……スラッドの《全自動支援》が効いてなかったら、指先一つ動かせないんじゃないかしら」
「そ、そんな……」
ディシアの言葉を聞いたレメリがぺたんと座り込んでしまった。
「レメリにも言ったでしょ。スキルは、その人の一部。切り離して考えることはできないって。役に立たないと感じるスキルでも、しっかり恩恵は受けていたってことさ」
シーチャがレメリの口に《怪力》のスキルキャンディを押し込んだ。
「むぐっ!」
「だから《怪力》をスラッドにあげるのは諦めろってこ~と!」
シーチャがそれまでと打って変わって明るい声を出して、ぴんと人差し指を立てる。
「ううううう~~~……!!」
レメリは飴玉をモグモグしながら、悔しそうに頬を膨らませていた。




