73.わたしもいるわよ、旅人さん!
馬車が停まったのは、それから数時間後のことだった。
御者席のシーチャから声がかけられる。
「この先の橋の向こう側で、岩陰に隠れて待ち伏せしてそうな連中がいるよ~。山賊かな?」
「私の《常時魔性探知》スキルには反応しないわ。瘴気に侵されてはないわね」
ふーむ、ディシアの話が本当ならシーチャの言うとおり盗賊で間違いなさそうだ。
「ほら、スラッド。出番なのです」
「ええ~っ!」
レメリの容赦ない言葉に思わず悲鳴をあげてしまった。
「さ、山賊ぐらいエチカがシルフさんに矢を飛ばしてもらえば簡単に追い散らせると思うけど……」
「前衛の練習なのです。というか、スラッドのスキルならひとりで全員倒せるのです」
「そ、そんなぁ~!」
確かに《全自動弱体化》が仕事をしてくれるだろうけど、多人数に囲まれてすごまれるのって普通に怖いんだぞ。
あくまで俺の身体能力や精神力は一般人並みなんだから。
「スラッドが前に出るの? 本気? 危ないからやめておきなさいよ」
御者席から幌に顔を出して、至極もっともな正論で俺を守ってくれたのはディシアだ。
ああ、こういうときだけは女神様に見えるよ……。
「スラッドの《全自動弱体化》は、攻撃対象になれば確実に発動するのだわ」
「逆に言うと、前に出たりしないと発動しないのです」
「へーきへーき、ボクらがちゃんとフォローするって~!」
事前に話し合っていたという三人がディシアの説得を試みる。
ま、負けないで聖女様。
「敵が弱体化する条件が前衛だっていうなら確かに一理あるわね……」
えっ、嘘!
ディシアがこんなにあっさり陥落するの!?
アレスのときはめちゃくちゃ頑固だったのに!
稼いできた信頼がこんな形で裏目に出るとは……。
「別にひとりで戦わせるって言ってるわけじゃないし、やってみようよ~」
「強いモンスターと遭う前に練習するのです」
「スラッドのこと、ちゃんと守るのだわ!」
三人とも俺ならできるって、これっぽっちも疑ってないな。
ゴブリン退治以外で前に出るのは初めてなんだけど……。
「わ、わかった。やるだけやってみるよ」
馬車を降りようとすると、ディシアが声をかけてくる。
「傷は治してあげられるけど、怪我をしたら痛いんだから気をつけなさいね。防御魔法もしっかりかけてあげるから」
「あ、うん。ありがと……」
ディシアだけが優しく見えるって、なかなかレアな状況だなぁ……。
(大丈夫、大丈夫! わたしもいるわよ、旅人さん!)
「ひゅいっ!?」
急に頭の中に聞こえた声に、変な声が出た。
みんなが怪訝そうな顔をする。
笑って誤魔化しながら、馬車を降りた。
(ナ、ナイちゃん。ついてきてたの!?)
(もちろんよ、もちろんよ! だって、今回はみんなで冒険ですもの! わたしもついていくわ!)
ナイちゃんの正体は、世界に十六柱しかいない唯一種モンスター。
第八柱ナイトメア・フェアリー。
夢を自在に操り、俺のスキルでパワーアップしたことで自由を得た存在だ。
ナイちゃんはいろいろあって、普段は俺の頭の中にいるんだよね……。
最近は夢の中でお茶会を開いてくれるので、いっしょに楽しくおしゃべりしたりしてる。
助けてくれそうなら今度みんなにきちんと紹介してあげたほうがいいかな?
ナイちゃんは「みんなに怖がられるから」って嫌がってるけど……。
「スラッド、さっきなんか変な声を出してなかった~?」
「な、なんでもないよ、シーチャ」
みんなも馬車を降りて後ろからついてくる。
シーチャだけは前衛なので、俺と並んでいた。
どうやら橋までは少し徒歩で移動する必要がありそうだ。
まあ、馬車が包囲されるよりはよさそうだけど。
「ほら、スラッド。橋を渡ったところにおっきな岩があるでしょ。あそこの陰に十五人ばかし隠れてる」
「いつも思うけど、なんでこの距離でわかるの……?」
シーチャが教えてくれてから目を凝らすけど、俺には全然わからない。
「お友達も何かいるって言ってるのだわ」
後ろを振り返ると、《精霊の巫女》を発動させるために外套を脱いで下着姿同然のエチカが。
さらにその隣では緑色の全裸女性にしかみえないシルフさんが「いるいるー! なんかいるーっ!」とアピールしてる。
……うん、後ろはもう見ないでおこう。
さて、橋のところまでやってきた。
丸太を組んでできた頑丈そうな橋だ。
幅は馬車一台が余裕を持って通れるくらいある。
「ん、見た感じ橋に仕掛けはなさそうかな。じゃ、レメリ。先制攻撃やっちゃって」
「りょーかいなのです」
シーチャの合図でレメリが詠唱を開始する。
「【焦熱濃霧】」
呪文が完成すると同時に大岩の周辺が炎熱の霧に包まれた。
レメリ、相変わらず魔法の選択に容赦がないなぁ……。




