72.スラッドと結婚したらきっと苦労するのです
俺たちはレンタルした幌付きの馬車で王都を出発した。
目的地はセイウッド王国北部にあたるハイドラ山脈の麓。
捜索範囲は広いけれど、オークの痕跡を見つけられれば追跡は難しくないとシーチャは言う。
普通ならだいたい一週間くらいの道程になるけど、シルフさんが「まかせてまかせてー!」とばかりに追い風を起こしてくれているので、もうちょっと早く到着できそう。
そんなこんなで幌馬車に揺られながら、俺はエチカとレメリの会話をぼんやり聞いていた。
「エチカ、何をしているのです?」
「臭い消しポーション! 事前に塗ることにしているの!」
体のあちこちにポーションを塗りたくりながら、エチカはレメリの問いに笑顔で答えた。
外套を脱いでいるエチカは例によって例のごとく、とっても刺激的な恰好をしている。
下着というよりも、ほぼ裸なんじゃないかというぐらいの露出度だ。
そんなエチカが艶めかしいボディに液体を塗りたくるという絵面はこう……いろいろとまずいんじゃないかと思う。
昨晩にSランク無料特典の風俗サービスをたっぷり受けてきたおかげで俺が不覚を取ることはない。
そう、まだ大丈夫。
まずいのは帰りだね……補給も兼ねて、どこかの街に寄ったほうがいいかもしれない。
「てっきり香水を塗ってるのかと思ったのです」
「それだと鼻のいいモンスターに捕捉されるかもしれないし、さすがに自重したのだわ」
レメリがエチカに鼻を近づけてクンクンと嗅いでいる。
なんでだろう……見てたらドキドキしてきた。
「確かに無臭です。それにしても、エチカはすっかり香水にはまっちゃったのです」
「そうなの! 臭い消しポーションを買ったお店で勧められてね! 試しに使ったら、すっごくよくって!」
レメリ、交易共通語の長文をスラスラ喋れるようになってきてるなあ。
エチカも、すっかり王都に染まっちゃって。
しみじみ……。
「それにスラッドに臭いって言われるのは嫌なのだわ」
エチカがジッとこちらを見つめてくる。
「俺はエチカが臭くても言ったりしないよ」
「臭いと思われる時点で嫌なのだわっ!!」
むっとした顔でそっぽを向いてしまうエチカ。
なんか地雷を踏んじゃったかもしれない。
こんなだから昔からモテないんだよね。
「スラッドはデリカシーがないのです」
「はは、レメリは相変わらず容赦がないなあ……」
ジト目で追い打ちをかけてくるレメリに多大な精神ダメージを負わされつつも、なんでもないことのように笑ってみせる。
「エチカはスラッドと結婚したらきっと苦労するのです」
「あうっ……!」
エチカが顔を真っ赤にして、黙り込んでしまった。
初心だねぇ……。
「エチカ、よしよしなのです」
レメリがエチカの頭をなでなでするのを見て、思わずほっこり。
「むぅ~……スラッドが平気な顔をしているのが悔しいのだわ」
恨みがましそうな瞳を向けてくるエチカに、俺は笑って返した。
「あはは、別に平気じゃないんだけどねぇ」
意識的に顔に出さないようにしているだけで、無防備なエチカにドギマギさせられてばっかりだよ。
いい子だし、これは惚れちゃうのも時間の問題かなぁ……。
「ふたりを応援してるのです」
普段は表情に変化の乏しいレメリが、ほんのちょっぴり笑顔を見せてくれる。
……他の男冒険者にはハーレムパーティだと羨ましがられるけど、違うんだよねぇ。
エチカはともかく、他の女性陣は俺のことを恋愛対象として見ていない。
男女関係のもつれで崩壊するパーティは多いから、実に理想的な環境なんじゃないかなあ。とほほ。
ちなみにこんな暢気な会話をしていられるのも、御者席のシーチャが目を光らせてくれているからだ。
《常時魔性探知》のクラススキルを持つディシアも隣にいるので、瘴気の影響を受けたモンスターの奇襲を受ける心配はほとんどないだろう。
「うう、スラッドォ……」
「そ、そういえば、なんだかんだで五人揃ったの初めてだね。前衛を補充してないけど大丈夫かな?」
エチカが助けてほしそうな目でこちらを見ていたので、俺は咄嗟に話題そらしを試みる。
すると、レメリがなんでもないことのように言った。
「エチカが精霊ノームを二体喚べるから問題ないです」
あっ、そっか。
もうエチカは《複数召喚》のクラススキルを覚えてるから二体までだったら精霊を出しておけるんだ。
精霊使いは便利だなぁ。
「それに、スラッドにも前に出てもらうのです」
「えっ?」
俺がレメリの一言にきょとんとしていると、居心地悪そうにしていたエチカが復活して、ぱぁっと笑った。
「そうそう、それはみんなで決めておいたのだわ!」
「俺に黙って!?」
「スラッドは寝てたのです」
あっ、俺がナイちゃんに眠らされてたときか!
「シーチャがね、スラッドを前に出せば敵が弱くなるだろうって!」
「ちなみにディシアはまだ起きてなかったから知らないのです」
「でも、俺って本格的な前衛はやったことないんだよね……」
ゴブリンが相手なら、かろうじてできるっちゃできるけど。
「きっと大丈夫なのだわ」
「心配いらないのです」
なんでそこまで信頼してくれるのか、よくわからないけど。
「足手まといにならないように頑張るよ」
アレスみたいに敵を倒すのは無理でも、敵を惹きつけるぐらいのことはしないとね。
さらに話題は移り変わり、エチカとレメリは女子トークを再開する。
その様子になんとなく幸せを感じながら、俺はのんびりと馬車に揺られ続けた。




