71.オークどもを皆殺しにするんだ~!
「えっ、この仕事って自由参加型なの~!?」
シーチャがカウンターの上で四つん這いになって食って掛かるが、セレネイアさんは涼しい顔のままだ。さすがプロ。
「そうです。規定の上限数まで討伐された段階で、オークの討伐報酬の買い取り価格は通常どおりになりますのでご注意を。まあ、狩り尽くされちゃったらエチカさんのランクアップも少し先になるでしょうかねぇ……?」
「ぐぬぬ……!」
シーチャが親指の爪を噛んだ。
彼女のことだから、きっと値上げ交渉をしようとしていたんだろう。
だけど、他に依頼を受けている冒険者がいるんだとしたら難しい。
別に俺たちが受けなくても依頼主……セイウッド王国軍は困らないからだ。
自力でオークを探すとなると、セレネイアさんの言うとおり時間がかかるかもしれない。
「クッ、ランクアップ条件がオークなのはそういうことか……王国軍めっ、こすい手を~!」
シーチャが何やら悔しがって……あっ、俺もわかった。
「どういうことなのだわ?」
「どういうことなのです?」
「どういうことなのよ?」
みんなにはさっぱり事情がわからないようでセリフが見事に被った。
シーチャが観念したように肩をすくめる。
「あ~ね~……つまり、オーク討伐がランクアップ条件になってるのと同時に、自由参加型の討伐依頼が出ているのは偶然じゃないってことさ。王国軍はちょっと目の出てきたEランクの冒険者パーティを即席の傭兵として使おうって腹なんだと思うよ。つまり、冒険者ギルドと王国軍はグルだ。冒険者上がりのベルクラフト陛下が王様やってるセイウッドならではの癒着っぷりだなぁ……」
「さて、王都に来たばかりのわたしにはなんのことだか、オホホホホ」
どうやら今回ばかりはセレネイアさんのほうが一枚上手だったのかな?
「ま、そういうの抜きにしてもエチカさんのランクアップを目指すなら真面目におすすめですよ。どうします?」
みんなの視線が俺に集まってくる。
シーチャも反対しないってことは、ここは俺が決めていいってわけか。
そうだなぁ……エチカにとってもいい経験になるだろうし。
「わかった、受けるよ」
「どうもで~す!」
俺が頷くと、セレネイアさんが依頼書に承諾印を押そうとする。
これが済めば正式に依頼を請けることになるのだけど――
「ところでさぁ!」
ここでシーチャが依頼書と承諾印の間に素早く手を割り込ませた。
「ちょっ、邪魔しないでください!」
「話はまだ終わってないよ~。変異種や希少種のオークがいた場合の討伐報酬ってどうなるの?」
「……恒常依頼の適正価格でお取り扱いしますが?」
「ふぅん……じゃ、そういうのを見かけたら放置してもいいんだね? 大丈夫かなぁ。ハイオークの部隊やタイラントオークなんかと遭遇したら、Dランクぐらいまでの冒険者のパーティなんてやられちゃうよね?」
シーチャの言葉を聞いてセレネイアさんの表情がかたまった。
どうやら第二ラウンドのようだ……。
「いや、それは待ってくださいよ……高ランク冒険者として後輩にお手本を見せるのも冒険者の心得じゃないですか!」
「それはもちろん。でも、冒険者って基本的には自己責任だし。それに恒常依頼ってさぁ……狩るかどうかを決めるのはパーティの判断でしょ。それを『必ず狩れ』っていうなら、そこはきちんとしてもらわないとね?」
うーん、依頼を前にゴネるのはあんまり感心しないけど。
俺としてはセレネイアさんの言うことも、シーチャの言うことも理解できるんだよなぁ。
現場での選択権は常に冒険者側にある。もしピンチの冒険者を見かけたときには助けるのが推奨されてはいるけど、強制じゃない。
その上で変異種の討伐義務が発生するというなら、それはそれできちんと報酬をもらわないと筋が通らない。
冒険者は慈善事業じゃない。世界各国に認められた、れっきとした仕事なのだ。
「そもそもボクらにオーク退治の仕事を振るのって不自然だよねぇ~。初見で事情を知らないギルド職員ならともかく、君はスラッドの事情を知っているみたいだし?」
「そ、それはその……」
シーチャに探りを入れられて居心地が悪そうに縮こまるセレネイアさん。
「難易度の高い依頼をきちんと達成させたほうが君やギルドにとっても有益だ。それをしないってことは……ま、それはいいや。それで、どうするの? ボクらはどっちでもいい」
ディシアが「邪悪なモンスターを討伐するのは当然なのに」と言いたげにシーチャを見ている。
しかし、シーチャが交渉してるときに口を挟んじゃいけないっていうのは、勇者パーティだった頃からのルールだ。
あのアレスですら従わされていた鉄の掟である。
「ううっ、ですが報酬の確約となるとクライアントとの兼ね合いもありますし、わたしの権限では……」
悩むセレネイアさんにシーチャが畳みかけた。
「SSSランク冒険者のスラッドが動くんだよ? 討伐ノルマが早く達成されれば君のスコアも上がることぐらい、こっちはわかってるんだからね~?」
うわっ、ここで俺の名前を出すの?
なんかむずがゆい……。
「わ……わかりました。もし! もしですよ? 変異種及び希少種のオークの討伐部位が提出された場合、わたしの裁量でギルドマスターに掛け合うことをお約束します!」
「ん、それでいいよ~」
シーチャがあっさりと引き下がる。
ギルドマスターとの繋ぎは受付嬢から引き出せる最大の譲歩だ。
これが低ランク冒険者だったら口約束で終わるけど、高ランク冒険者が相手ならギルドマスターも無下にはできない。
「では、今度こそよろしいですね!」
セレネイアさんの手で承諾印が依頼書に押された。
これで今度こそ契約成立だ。
「わたしとしては変異種がいても普通に狩りたいところだけど……」
「商談はシーチャの役目です。私たちは口出ししちゃ駄目なのです」
セレネイアさんに聞こえない小さな声でヒソヒソ話すディシアとレメリ。
ちなみにエチカに至ってはずっと笑顔のまま「わからないことはみんなに任せるのだわ」というスタンスを貫いている。
「ありがとね~。じゃあ、行ってくるよ~」
カウンターからぴょんと飛び降りて、セレネイアさんに背を向けるシーチャ。
俺たちも後に続いてギルドを出ると。
「いやぁ、どうせ倒すモンスターをやっつければ追加報酬がもらえるだなんて、スラッド様様だねぇ~」
「あ、やっぱりそういうこと?」
上機嫌なシーチャの呟きに、俺を含めたみんなが納得の表情を浮かべた。
「だって実際に襲われてる人がいたら、どうせボクが止めてもみんな動くでしょ?」
どうせ止める気もない癖に、シーチャはいつもどおりに悪ぶって肩をすくめた。
そして意気揚々と宣言する。
「さあ、みんな。こうしちゃいられないよ! 邪悪なオークどもを皆殺しにするんだ~!」
「シーチャ、言い方!」
こちらの注意など、どこ吹く風。
俺たちはさっさとギルドから出ていくシーチャを走って追いかけるのだった。




