68.その時点で不合格なのよ
みんなが準備をする間、俺はディシアを冒険に誘うために神殿へと向かう。
ディシアは神殿にいることが多いから、ギルドにはあまり顔を出せない。
だからどこかに冒険に行くときは、こうして誰かが迎えに行くことになっている。
薬草採取は断られるけど、ゴブリン退治なら「魔王の瘴気に侵されたモンスターは間引かないと」という理由でついてきてくれるのだ。
「ディシアの夢の中に出てきた神殿とそっくり……いや、それは当然か」
ディシアは生まれてからすぐに王都の神殿で引き取られて、聖女として育てられた。
普通の子供は15歳の成人式でスキル鑑定を受けるけど、ディシアは違う。
お告げによって《聖女の資質》を見出されて、明日のお金にも困っているようなスラム街の親子から引き取られた。
だから、俺たちと合流するまではずっと神殿で生活していたのだ。
「こんにちは」
ディシアに迎えに行くときに顔見知りになった女神官さんがいたので、挨拶する。
「こんにちは、スラッドさん。聖女様でしたら奥殿ですよ」
あ、気を遣ってくれた。助かる。
「ありがとうございます」
「どうか神々の護りがあらんことを」
「あなたにも」
笑顔を交わして別れてから、奥殿へと向かう。
夢のときには行かなかったけど、神殿の入り口に相当する荘厳な礼拝堂を一度横に抜けてから、渡り通路を歩いた先に奥殿と呼ばれる建物があるのだ。
「ああ、やってるやってる」
奥殿に向かう途中の渡り通路から、夢の中でモンク僧たちが修行していた大きな庭を眺められる。
そこでは我こそは勇者と名を上げようとする人々が寄り集まっていた。
あきらかに冒険者って感じの鎧を着てる戦闘職もいれば、剣すら握ったことのなさそうな一般人も。
老若男女問わず、本当にいろんな種族の人が集まっている。
人間、エルフ、ティンク、ドワーフ、獣人……数えたらキリがなさそうだ。
もちろん、これで全員ではない。
日替わりでグループを入れ替えて、もっとたくさんの人が試練に挑戦している。
互いに武芸を競ったり、勇者としての気概を語らっていたり。
さすがに死人は出ていないけど、怪我人はしょっちゅうで、神官の【怪我治療】の詠唱がひっきりなしに唱えられている。
……もっとも、このやり方をディシアは支持していないらしいんだけど。
「そういえば今日のディシアは庭じゃないんだ?」
てっきり今日も勇者選抜を指揮してると思ったんだけど、今回の取りまとめ役は別の神官さんだ。
忙しそうなので挨拶は後回しにして、奥殿へと向かった。
ここは神殿で暮らす信仰職や司祭の人が暮らしている場所だ。
白を基調とした石を積み上げて作られた建物は礼拝堂と違ってどこか生活臭がする。
「あら、スラッドじゃない。おはよう」
奥殿に入ろうとしたところで、ちょうど出てきたディシアに声をかけられた。
両手いっぱいに抱えた洗濯物を見るに、今から洗い場に向かうところだったみたいだ。
「おはよう。その洗濯物は今から洗うのかな? 手伝うよ」
「そう? ありがとう。結構多いから助かるわ」
ふたりで洗い場に向かう。
ディシアが魔法の水瓶を傾けると、洗い場にある長い窪みに水が流れ出した。
なんでも水瓶の魔力が続く限りいくらでも水が出てくるらしい。
窪みは神殿を囲う壁の下を通って、下水に続いているようだ。
洗濯物を浸してじゃぶじゃぶ洗う。
「それにしても聖女が洗濯物って。見習いの人がやったりするものじゃないの?」
「いいのよ。わたしがやりたくてやっているんだから」
ディシアは相変わらずの調子だけど、ナイちゃんの夢から目覚めて少しだけ変わった気がする。
自分のやりたいことを押し通すようになったっていうか、押し殺してきた自分を解放するようになったっていうか。
どことなく楽しそうに洗濯物を濯ぐディシアの横顔は充実してそうに見えた。
「そういえば、今日は勇者選抜を見てなくていいの?」
庭を見たときの疑問をぶつけてみると、ディシアの手がピタリと止まった。
「……ええ、もういいわ。あの方法で勇者に相応しい人なんて見つからないってわかったから」
ディシアが肩を落として嘆息し、愚痴り始めた。
「まず功名心から勇者になろうとしている時点で駄目なのよ。みんなのために人生を捧げられる人間でなくてはならないわ」
「そういう高潔な人だって来るんじゃないの?」
「世の中を良くしようとする人はね、とっくに今できることを自分にできる範囲でしているわ。勇者にならなきゃできない、なんて思っているような人間はその時点で不合格なのよ」
つまり、ここに集まってる時点で勇者には相応しくないと?
いくらなんでも厳しすぎやしないだろうか。
ディシアの理想は高すぎる。
いや、アレスが酷かった反動もあるんだろうけど。
次の勇者選びは何としても失敗したくない……ディシアからはそんな気迫があふれてる。
試験自体は続いているってことは、きっと神殿の総意とは違うんだろうな。
旧大陸の神官たちが勇者の悪行を隠蔽していた罪で追放されたとはいえ、勇者伝説そのものが否定されたわけじゃないし。
水洗いを終えて洗濯物を奥殿の裏に干すと、ディシアは改めて俺に向き直った。
「それで今日は何の用なの?」
「ああ、実は……」
エチカのランクアップをみんなで手伝うことになった顛末を話した。
するとディシアがあんまり聖女らしくない快活な笑みを浮かべる。
「エチカも頑張ってるわね! そういうことなら喜んで手伝うわ」
「ありがとう、ディシア。でも大丈夫なの?」
「見ての通り、別に忙しいってわけじゃないのよ。事務的なことは司祭のみんながやってくれるし、聖女じゃなきゃ手に負えない怪我人が来ることだって滅多にないもの。聖女って意外と暇なのよ」
最後までアレスのパーティに残っていた聖女ディシア。
だけどアレスが有罪になったときに、正式に俺のパーティに入ると言ってくれた。
次の勇者が見つかるまでっていう話ではあったけど、どうやらだいぶ先の話になりそうだ。
「それに、あなたたちといたほうが神殿にいるよりよっぽど勇者に相応しい人に出会えるでしょうしね」
どこか達観した視線を庭の方へと向けるディシアを見て、俺は。
「そうなんだねぇ……」
ディシアの御眼鏡にかなわなかった勇者候補の皆さんに、心の中でお悔やみを申し上げるのだった。




