62.許してあげられたことが一度もない
「スラッド、ここにいたのね」
バルコニーで夜風にあたっているとエチカがやってきた。
どことなく憂いを帯びた笑顔を浮かべている。
「エチカ。大丈夫? お酒がきつかった?」
「ううん、これくらいなら平気なのだわ。隣いい?」
頷くと、エチカが近くのバルコニ―に寄りかかる。
その横顔にドキッとした。
「……スラッド、これで良かったのよね?」
そう訊ねながら、エチカは少し不安そうな表情を見せた。
「アレスがひとり悪者になって……みんな、すごくスッキリしてて……きっと、いいことなのよね?」
みんながアレスの破滅に喜んでいる中で、エチカだけは困惑していた。
アレスひとりにすべての業を押し付けていいのかと葛藤しているみたいだ。
「俺にも、いいことかどうかはわからない。ただ……少なくとも、アレスがみんなに『これでいい』と思われるだけのことをしてきたのは間違いないよ」
実を言うと、この会談の前にカシウに無理を言って、陳情書を読ませてもらった。
そして知った。表沙汰になっていないだけで、彼によって殺された罪なき人々がたくさんいたことを。
アレスは俺たちに隠れて欲望の限りを尽くしていた。
純潔を奪われ口封じに殺された村娘もいるし、お手付きにされた貴族令嬢の結婚が破談になったりしてるし、アレスが認知していない子供も大勢いるという。
それだけ多くの罪を犯したというのに、アレスは被害者たちにただの一度も謝罪していないというのだ。
間近にいながら見逃してきたのかと思うと、強い罪悪感に苛まれそうになる。
それでも世界がアレスを許容しなきゃいけなかったのは、勇者だったから。
牢獄送りにも、鉱山送りにも、死刑にもならなかった唯一の理由は……本当に、本当にそれだけだ。
「彼は傲慢で。自分勝手で。挨拶ができなくて。人の名前を覚えなくて。感謝を知らないから、一言のお礼すら言えなくて。女の人を自分の欲望を満たす道具か何かと思ってて。人の命をなんとも思ってなくて。そして……もう勇者じゃないんだ」
「そう……なのね。スラッドはああ言ってたけど、アレスのことをよく見てるなって……ひょっとしたら、アレスのことを仲間として心配してるんじゃと思っていたのだわ」
ああ、そうか。
エチカはアレスに同情しているんじゃなくて、俺を気遣ってくれていたのか……。
「そんなことないよ」
俺は断固として首を横に振り、静かに言った。
「俺は、アレスを許してあげられたことが一度もないんだ」
アレスは仲間内でも一度も謝ってくれなかった。
いや、俺はそもそもアレスが誰かにまともに謝ったところを見たことがない。
いつも誰かの悪口を言っていて、失敗を他人のせいにしていた。
そんな彼は俺にとって。
仕方なく、仲間だった。
それこそ、《全自動支援》が発動したのが不思議なくらいに。
「ありがとう、エチカ」
「そんな……あたしはただ……」
隣から細い肩を抱き寄せると、エチカからいい匂いがした。
「あっ……スラッド」
「やだ?」
エチカがふるふると首を横に振る。
仕草がとてもかわいらしくて、思わず頬が緩んでしまう。
そんな顔を見られないようにと、夜景を見上げた。
「俺、決めたよ」
「……なにを?」
「家には帰らない。このまま、冒険者を続ける」
冒険は楽しい。
田舎での生活は確かに性に合うんだけど、やっぱり適度に刺激がほしい。
それになにより俺は……この子の成長をそばで見守りたい。
会えたのは偶然だけど、仲間になれて本当によかった。
「これからも俺とパーティを組んでくれる?」
俺の問いかけに少し驚いた顔をした後。
エチカは、ふっと優しい微笑みを浮かべてくれた。
「……あたし、森の外のことは何も知らなかったのだわ。スラッドと実際に冒険したのはまだそんなに長くないけど、みんなと旅して……いろんなことを教えてもらったし、助けてもらった。まだまだ知らないことだらけだけど……今は、知ることが楽しいの!」
「エチカ……」
「だから……うん! スラッドといっしょに冒険するのだわ!」
エチカの満面の笑み。
ああ、屈託なく無邪気な。
見ているこちらが羨ましくなるぐらい、とっても楽しそうで。
だから、この子と隣り合って歩く道は、きっと楽しいものになるに違いなかった。




