42.世界を魔王に明け渡してもいいって思うぐらい大きな理由
「え? 何を言って……」
「わからないよね。俺もそうだった」
胸ぐらを掴んだままのディシアの手にそっと触れる。
ディシアは呆然としていたけど、ゆっくり離してくれた。
「アレスに引き合わされる前に、ある人に……俺を勇者パーティに加入させた友人に、そう言われたんだ。最初は俺にも意味がわからなかった。だから、俺の事情を察してのことかと思ったんだけど、違った」
薪火に新たな薪をくべる。
パチリと火花が散った。
「アレスはね、自分が勇者であることに物凄く酔ってるんだ。世界を救ってやれるのは自分だけ。だから世界の人々は自分に感謝するべきだし、勇者の自分は何をしてもいいって本気で思ってる。そして……仲間なんていなくても本当なら自分の力だけで世界を救えるって確信してて、それでもパーティを作るのは、努力嫌いの自分が楽をするため。仲間じゃなくて手駒。あくまで利用しているだけ。それがアレスの本音なんだ」
半年も観察してたら、わかる。
アレスに複雑な思想はない。
とってもシンプルだ。
「アレスは自分だけが大事で、自分以外のことに興味がない。世界のことだって本当はどうでもいい。自分の力で救えて、誰もが自分を称賛してくれるから戦っているに過ぎない。誰のためでもない。自分が選ばれた勇者だから。彼の動機はそれしかないんだ」
「い、いくらなんでもそこまでは……アレスにだって、良心のひとかけらくらいはあるはずよ。そうでなくちゃ、自分が死ぬかもしれない戦いに出向くわけがないわ!」
ディシアは受け入れがたい様子だった。
滅私利他主義のディシアからすれば、そんな人間がいること自体が信じられないのかもしれない。
「アレスは自分が死ぬかもしれないなんて、これっぽっちも思ってないよ。だって、『この世界の主人公は自分』なんだから」
「そ、そういうところは大なり小なり誰だってあるわよ。わたしだって子供のときは自分を中心に世界が回っていると思ってたわ」
「うん。だから、アレスは今もそうなんだよ。勇者に見出されるよりも前から、心がまったく成長してないんだ」
反論できないのか、無言になってしまうディシア。
「ん~、アレスの中身が子供のまんまってところは全面的に賛成だけど、ちょっとボクにもわかんないな。それがスラッドのスキルを秘密にすることと、どう関係するのさ?」
黙りこくってしまったディシアに代わって、シーチャが核心を突いてくれた。
「俺のスキルは全自動。アレスの思い通りにはならない」
「うん、そうだね。それで?」
続きを求めるシーチャに、俺は首を横に振ってみせる。
「それだけだよ。それこそがアレスが戦わなくなる理由なんだ」
「ごめんなさい、です。スラッド。私にもわからないのです……」
レメリが申し訳なさそうに手を挙げる。
エチカも必死に話についてこようと頑張っているのか、コクコクと頷いていた。
「ごめんね。俺もあんまり説明がうまくないから……」
ふたりに謝罪してから、俺は少し考えて言葉を選んだ。
「アレスはね、自分の力で敵を倒せないことが我慢ならないんだ。努力せず、本気を出さず、適当に戦った上で自分が誰よりも活躍できないと嫌なんだよ」
「そんなこと言ったって、わたしやレメリの強化魔法は受け入れるじゃない」
「それは、アレスがディシアに言って『やらせている』からいいんだよ。その気になれば拒否する余地もあるし」
「そんな幼稚な理由!? まるっきり子供のわがままじゃ……」
そこまで言いかけてディシアがハッとした。
「そこに繋がるの? 本当に、そんなくだらない理由で?」
「俺たちにはくだらなくても、アレスにとっては世界を魔王に明け渡してもいいって思うぐらい大きな理由になるんだ」
俺も自分で言っててワケがわからなくなりそうだし、まったく共感できない。
だけど、俺はアレスの思考回路を既に識っている。
この分析結果には自信があった。
「嘘よ。そんなのあまりに異質だわ。普通の考え方じゃない!」
ディシアが、そんな人間は存在しないとばかりに叫ぶ。
だけど、俺は首を横に振った。
「残念だけど、アレスはそういう勇者だ。極限まで肥大化した自己愛。それがアレスを勇者たらしめる力の源泉なんだ。そう……彼のプライドが許さない。役立たずのはずの俺が近くにいるだけで敵に勝たせてもらえてるなんて。神に選ばれたはずの勇者が荷物持ちとバカにしてる男に魔王を『倒させてもらう』だなんて。アレスには、そんな現実は絶対に受け入れられないんだ」
スキルを知ったアレスは「勇者として戦うことをやめる」と予測していますが。
このあたりスラッドらしいというか、だいぶ甘い認識です。
はたして『勇者免罪』を失うことを恐れたアレスは実際にはどう動いたでしょうね?
まあ、そんな未来はなかったわけですが。




