39.みんなに望まれたからよ
「へぇ、あの屋敷がナイトメア・フェアリーで……ここが夢の中、ね」
フッ、と自嘲気味に笑ってから、ディシアが俺のことをジロリと睨みつけた。
「わたしを騙そうっていうなら、もうちょっとマシな嘘を吐きなさいよ」
やっぱりかー。
まさにディシア。
「いや、本当だからね?」
「夢にしては生々しすぎるし、現実感があるもの。夢はもっとふわっとしてるものよ」
うーん、ディシアは相変わらず頭が固いなぁ。
俺に言わせると真面目過ぎるんだよね。
もっと肩の力を抜いて、俺みたいにぼーっと生きればいいのに。
「うーん。納得できないなら、この神殿を見て回ろうよ。ものすごく変だから」
「ふーん。ま、いいわよ。これがアレスなら全力で断るところだけど、スラッドだし」
ディシアは俺の後に大人しくついてきてくれる。
さすがにモンク僧しかいない神殿を見ればディシアが信じてくれるだろうと思ったんだけど、甘かった。
「別に普通の神殿じゃない?」
「あれー? なんでさっきまでいなかった神官さんたちが……」
そう、ここを現実と認識しているディシアが神官たちを登場させてしまったのだ。
現実を思い出す前と後とでは、夢が変わってしまうということなのか。
あるいは、ここを夢だと思いたくない、目覚めたくないというディシアの潜在意識がそうさせているのか……。
「でも、なんだろう。ものすごい違和感が……」
「別に何もおかしくないわよ」
「あのー、すいません!」
平常通りを主張するディシアをスルーして、俺は神官さんに話しかける。
だけど、思いっきり無視されてしまった。
「こんにちは! こんにちは! うーん、みんなに無視される……」
「忙しいんじゃない?」
「うーん、普通なら挨拶ぐらい返してくれると思うけど……」
ディシアが粗が出ないようにしてるのかな。
いや、子供のころからずっと神殿で暮らしていたディシアなら神官のひとりやふたり完全再現できるはず。
つまり、無視してくる神官というのはディシア自身の願望なんだ。
「無視……無視か」
無視する神官。
無視……してくれる神官。
そうか……わかってしまったかもしれない。
でも、そこに踏み込んでいいものか。
やりすぎるとディシアを傷つけることに。
「ねえ、もういい? わたし修行に戻りたいんだけど」
「え、修行って?」
「もちろん、庭での修行よ。だって、わたしは『モンク僧』だし?」
ああ、ディシア。
そうか、そういうことなんだね……。
でも、それは違うんだよ……。
「ディシア。君は『聖女』だった」
「は? 何言ってんのよ……わたしは最初からずっとモンク僧だったじゃない」
最初から、と言ってしまっている時点で認めてしまっているも同然なんだけど。
ああ、ナイちゃんの言う通りこのまま夢を見させてあげるべきなんだろうか。
でも、それは……彼女の望みを叶えると同時に、歩みを止めさせてしまうことにもなる。
どちらを選ぶのか。
そんな自由と機会が、ディシアにあってもいいはずだ。
「魔王を倒すためだよね」
「ええ、そうよ」
「それは、なんのために?」
「それは……そう、みんなに望まれたからよ」
そう口にしながらも、ディシアは首を横に振っていた。
「そう、みんなが感謝してくれるの。わたしが頑張れば、みんなそれだけで笑ってくれるし、助かったって言ってくれるのよ。それはとても素晴らしいことで……」
子供のようにイヤイヤをするディシアがかわいそうになってくるけど、心を鬼にして言わなくっちゃ。
「そのみんなの中に、ディシアはちゃんと入ってる?」
俺の言葉を聞いた瞬間、ディシアの顔から表情が消えた。
つらいけど、ここは畳みかけなくっちゃ。




