37.わたしとっても気に入ったわ!
「おかえりなさい、旅人さん!」
例によって屋敷の扉をノックした途端、俺の目の前にはナイトメア・フェアリーがいた。
「ただいま……なのかな? 違う気がするけど」
「いいえ、いいえ。ただいまで合っているわ! だって、またわたしに会いに来てくれたんだもの!」
嬉しそうに飛び回るナイトメア・フェアリー。
言っている意味はよくわからないけど、とても幸せそうに見える。
「でも、ここは屋敷の中じゃないよね?」
「ええ、貴方の望みは既にわかっているもの」
目の前には石の壁に囲われた神殿が見える。
周囲にはこれといって何もない。
というか、本当に神殿だけがぽつんとあるのだ。
「ここは聖女の子の夢。とても度量が広い子だったから、特に問題なく登場できたわ」
うーん、夢に登場できるかどうかって、いったいどういう基準なんだろう?
「さあ、神殿を訪れて。あの狭い空間のすべてが、あの子の夢なのよ! 素敵よね!」
「わかった。ありがとうナイちゃん」
俺が礼を言うと、ナイトメア・フェアリーがこれまで見たことのないような驚いた顔をした。
「なにかしら、なにかしら。ナイちゃんってなんなのかしら?」
「えっ、伝わると思ったんだけど。ナイトメア・フェアリーだからナイちゃん。ほら、毎回ナイトメア・フェアリーって呼ぶと舌噛みそうになるし。あ、フェアリーさんのほうがよかったかな?」
「いいえ、いいえ。ナイちゃんって名前、わたしとっても気に入ったわ! これからはナイちゃんって名乗るわ!」
それはさすがにどうかと思うけど。
「うーん、てっきり考えてることは筒抜けって思ってたんだけど。ひょっとして……ナイちゃんって、自分についてのことはわからないの?」
「自分? 自分というのはなんなのかしら? わたしにわかるのは、あなたの望みだけよ!」
俺の望み……あっ、そうか!
「夢の中のナイトメア・フェアリーに決まった形はない。あくまで俺の中の『ナイちゃんがこういうのだったらいいな』っていう願望が夢として形を取ったのが君なのか」
俺はナイトメア・フェアリーと対話して、仲間を返してもらおうと思っていた。
その願いを叶えるにあたり、ナイちゃんは俺が昔読んだ物語に登場した妖精の姿を採用したのだろう。
「そうなのよ、そうなのよ。だって、みんなに幸せな夢を見せるのがわたしの存在意義だもの! わたしに形なんていらないわ!」
それが悲しいことのように聞こえてしまうのは、俺が人間だからだろうか。
在り方からして人智を超えている。やっぱり彼女は唯一種モンスターなんだ。
「でも、あなたはわたしを通して本体と対話できているわ! わたしが嬉しいと思っている気持ちは本物だし、それはあなたの夢じゃないの! これってとっても素敵なことなのよ! あなたはわたしの夢のひとつを叶えてくれているんですもの!」
「君の夢?」
「いいえ、いいえ。そうね、わたしの話はこれくらいにしておきましょう! 今はあなたのもうひとつの願いを叶えに行って!」
ナイちゃんが消えてしまった。
確かに、脱線が過ぎたか。
「よし、ディシアを探そう」
俺は意を決して神殿へと踏み入った。




