35.私もアレスを捨てるのです
「あー、そっか。知らない人は知らないもんね~」
シーチャがどうでもよさげに頭の後ろで手を組んだ。
エチカが少し恥ずかしそうに俯いたけど、別に知らないことは恥じゃない。
「エチカ。今、この世界には魔王がいるのです」
俺が話そうと思ったけど、レメリが解説してくれるようだ。
「え? ああ、そうね。魔王がいるわよね」
「その魔王は不死身です」
「えっ、そうなの!?」
「新参の最弱とはいえ唯一種だよ~。ボクらみたいな定命の地上種族とは強さのスケールもケタが違うのさ」
本当に迷惑そうに言いながら、シーチャが近くの芝生にごろんと寝転がった。
「魔王は瘴気で世界を包みこんだのです。モンスターを凶暴化させたのです。地底種族、今でいう魔族を支配したのです。地上種族に戦争を仕掛けさせてるのです。昔は魔族もそこそこ友好的だったのに、です」
ギリッと歯噛みしながら、レメリが自分の腕をかき抱く。
「俺が代わろうか?」
心配した俺の提案にレメリは首を横に振った。
「不死身の魔王を倒すには勇者の聖剣が必要です。その勇者があろうことか、アレス……なのです」
レメリは極めて忌まわしそうにアレスの名を紡いだ。
「……話は終わりです」
「あ、うん……話はわかったのだわ。なんだかごめんなさい」
「エチカは悪くないのです。悪いのは魔王です。あとアレスです」
アレスもなんだ。
うん、でもアレスも悪いよね。
「つまり……話に聞く限りでもとんでもないクズ男が、この世界を救えるただひとりの勇者ってこと?」
「そうとは限らないのです」
げんなりしたエチカを励ますようにレメリが続ける。
「《勇者の資質》はレアスキルです。アレス以外にもいるかもです。勇者になれる人が――」
「あー……でも無理じゃない?」
シーチャが適当に手を振りながらやんわり否定する。
「《勇者の資質》って確かにユニークスキルじゃないけどさ~。厄介なことに数百年にひとりいるかどうかっていう激レアぶりだよ」
「確かにそうです。同じ時代に勇者は現れてないです。前例ないです。でも、希望は失いたくないです」
レメリが絶望はしたくない、と涙ぐむ。
まさか、ここまで深刻に思い詰めてたなんて……。
「スラッドが勇者だったらよかったのです」
レメリが俺のことをジーッと見上げてくる。
「残念だけど俺はただの無職だよ」
「ただのじゃない、です。私の中の勇者な無職です」
レメリ、さすがにわけがわからないよ。
「ていうか、スラッドは勇者よりよっぽどすごい偉業を成し遂げたことに気づいてる? ナイトメア・フェアリーの夢から覚めただけじゃなくて、レメリまで連れ戻してきてさ。これって伝説になるんじゃないの~?」
シーチャまで変なことを言い出した。
「いやあ、別に伝えられてないだけでそういう人はいたかもしれないし。ナイトメア・フェアリーも意外と協力的だったよ。あと、できれば俺のことは秘密にしてもらえると嬉しいなあ……こっちの大陸でまで有名になったら、今度こそ逃げ場がないよ」
「口止め料は安くないよ~?」
「そこは仲間なんだから割引してよ」
「決めたのです!」
俺とシーチャがいつもみたくじゃれ合っていると、レメリが唐突に叫んだ。
「私もアレスを捨てるのです。スラッドの仲間になるのです」




