33.もう一度だけ、聞かせてほしいです
「えっ、おじちゃん帰っちゃうんです!?」
「うん」
レメリの境遇を考えたら、この幸せな夢を壊すのはかわいそうな気もする。
ナイトメア・フェアリーがレメリに危害を加える可能性がない以上、しばらくはこのままでもいいんじゃないだろうか。
「ねえ、考え直すです。おじちゃんも、お母さんといっしょに暮らすです」
「この子もこう言っていますし、どうでしょうか?」
「あたしもそれがいいと思う!」
お母さんだけじゃなく、もう一人の子供まで俺を引き止めてきた。
この子は誰なんだろう? 妹さんかな。レメリちゃんと同じ年の頃に見えるけど。
「ごめんね、おじちゃんは他の人のところにも行かなくっちゃ」
「なんでそんなこと言うんです!? どうして……」
レメリちゃんが泣き崩れてしまった。
目線の高さに合わせてしゃがみこんでから、レメリちゃんの頭を泣き止むまで撫でた。
「おじちゃんはレメリちゃんの夢じゃないんだよ。ごめんね」
「スラッドおじちゃん……」
落ち着いてから語り掛けると、レメリちゃんがきれいな瞳でジッと俺の目を見つめ返してくる。
「じゃあね。また来るから」
笑いかけて立ち上がった途端、周囲の景色がまたも変化した。
どこかの宿の一室だ。見覚えがある気もするけど……。
「スラッド……行かないでほしいです」
いつもの『魔女』としてのレメリが目の前に立っていた。
頭ひとつ分くらい俺よりも背の低い銀髪をサイドテールに結んだ女の子だ。
膝上ぐらいまでの丈のスカート。シャツの上から黒い上着を羽織っていて、トレードマークの三角帽子も被っている。
だけど、肌の色は半魔族じゃなくて、人間のままだ。
いつの間にかレメリのお母さんともうひとりの子供は消えている。
「レメリ……魔族の血が、そんなに嫌だったんだね」
「……当たり前です。私が人間に生まれていれば、です。あんなことにはならなかったです」
レメリの言うあんなこと、というのが何を指しているかはわからない。
だけど、自分自身を否定したくなるほどの辛い記憶のようだ。
「レメリ、俺が言ったこと覚えてる?」
「もちろんです。忘れるわけないです」
何かを期待するように俺の顔を見上げるレメリ。
「もう一度だけ、聞かせてほしいです」
……ああ、そうか。思い出した。
この部屋は、俺がレメリにあの言葉を伝えた場所だ。
当たり前に思ったことを口にしただけだけど、レメリにとっては違ったんだな……。
ようやくそのことに気付いた俺は、レメリの望み通りの言葉を口にする。
「君は君でいてもいいんだよ」
「ああ……そうです。貴方だけなんです。私のもう半分、肯定してくれた、たったひとりの……」
相変わらず途切れ途切れの共通語。
レメリは一言ずつ頷きながら、自分の手を握った。
触れた箇所から半魔族の青白色が広がって、元のレメリになる。
「レメリ、自分のやりたいことは思い出せた?」
「はい、そうです。私は……魔王を倒すのです。私も含めたすべての半魔族。みんなを受けいれてもらうために、です」
レメリの言うことは現実的に考えて、とても難しいだろう。
きっと半魔族のレメリが魔王を倒したからといって、差別する人はいなくならない。
だけど、そんなことはレメリもわかっているだろう。
困難な道のりだとわかった上で、魔王と戦う道を選んだんだ。
「そうだったね。じゃあ、そろそろ行こう。いっしょに夢から覚める時間だ」
レメリがこくりと頷いて、手を差し出してくる。
その手を取って、夢からの目覚めを念じた。




