29.ナイトメア・フェアリー
ここからは新章です!
勇者パーティと合流していきますが、そう簡単にはいきません。
だいぶ日が落ちてきた。
そろそろ野営できる場所を探したい。
だけど、逆に言うとアレスたちも近くで休んでいるかもしれない。
「ねえ、見て! あんなところに屋敷があるのだわ!」
その屋敷を最初に見つけたのはエチカだった。
シーチャは小人族だから座高が低く、見える範囲がどうしても狭い。
だからエチカが先に見つけられたのだろう。
ちなみにエチカと同じ条件の俺には暗視がないので、夜闇の中ではさっぱり見えなかった。
「ああ、ようやくボクにも見えたよ。街道沿いにあるみたい。貴族の別荘かな?」
「この街道を通るのは俺も初めてだから、知らないな」
近くなってきたら、さすがに俺にも見えた。
窓からはあかりが漏れていて、無人ではないのがわかる。
三階建てくらいのとっても立派なお屋敷だ。
「ボクはアレスたちがこの屋敷に立ち寄ったのに1,000ゴールド賭ける!」
「それだとさすがに賭けにならないよ」
貴族の歓待を受けるのが好きなアレス。
一刻も早くレメリを休ませたいディシア。
立ち寄らない理由がひとつもない。
どうやら、無事にアレスたちと合流できそうだ。
「念のために三分だけ時間をちょうだい」
馬を降りたシーチャが、街道から屋敷に伸びる足跡を調べ始める。
俺とエチカは、邪魔にならないように離れておく。
「ねえ、スラッド……さっきはごめん」
エチカがしょんぼりした様子で謝ってきた。
「さっき? ああ、俺は別に気にしてないよ」
仲間の危機なのにどうして平然としていられるのかと、エチカは怒っていた。
たぶん、その話だろう。
「実を言うと俺もかなり焦って、頭がカッカしそうだったんだ」
「そうなの?」
「うん……でも、シーチャが諫めてくれたから冷静になれたんだよ」
「え? でも、そんなやりとりはなかったのだわ?」
不思議そうな顔をするエチカに、俺は笑顔を返した。
「シーチャって、普段はふざけてて間延びした口調でしょ。でもさっきみたいに感情的になっちゃいけないような場面だと、平坦な声を出すんだ。そうすると不思議なんだけど、パーティ全員が冷静になるんだよね」
「そういうものなの?」
「うん。アレスですらね」
「それを聞くと、むしろアレスがどんな人だか無性に気になってくるのだわ」
エチカが何ともいえない顔をしたところで、シーチャが戻ってきた。
「お待たせ~。アレスたちのと思しき足跡が二人分、ぬかるみに残ってるよ。屋敷の方に向かってるね~」
「ふたりだけ? 屋敷の人のは?」
「このあたりは最近、雨が降ったみたいだからねぇ。屋敷の人の足跡が雨で流されて残ってないのかも。まあ、それほど不自然ではないかな~」
ふーむ。
ちょっと変な気もするけど、詮索するほどでもないか。
みんなが立ち寄ったのは間違いないみたいだし。
などと思っていると。
「あの屋敷に入るの……?」
エチカが不安そうな顔をした。
「どうかしたの?」
「うーん……うまく言えないけど、なんだかあの屋敷は嫌な感じがするのだわ。精霊が静かすぎるというか……」
しどろもどろなエチカに、俺は頷き返した。
「そうなんだ。エチカがそう感じるなら警戒したほうがよさそうだね」
「えっ? でも……」
「シーチャ、そういうことだからダンジョンに入る気概で入り口の調査お願い」
「りょ~かい」
シーチャが先行して屋敷に向かう。
少し離れたところから、俺とエチカはその様子を見守った。
「ただの気のせいかもしれないのに……」
エチカは自信がなさそうだ。
もし何もなければ、仲間に余計な手間を取らせたことになる。
「エチカ。もし冒険者を続けるんだったら、自分の感覚は信じて。これからも違和感があったらすぐ教えてほしい」
「わ、わかったのだわ……」
エチカの気のせいなら笑い話で済ませればいい。
最悪なのは、仲間同士で変な遠慮をして必要な情報をひとりで握りつぶすこと。
たった一度の黙秘がパーティを危機に追いやることもある。
ほどなくシーチャが、ササッと素早い動きで屋敷から飛び退いた。
「エチカ、よくわかったね! この屋敷はモンスターだったよ~!」
「なんですってーっ!?」
「……やっぱりか」
「ええっ、スラッドはわかってたの!?」
驚くエチカに俺は首を横に振った。
「いや、建物のフリをして獲物を待ち受けるモンスターに三つくらい心当たりがあるだけだよ」
「みっつもあるの!?」
うん、ある。
錬金術系の魔法生物で、中に入った獲物を食べて消化してしまうイミテート・ハウス。
中にアンデッドを飼い、さまざまな怪奇現象を引き起こすゴースト・マンション。
いずれも希少種モンスター。
そして最後のひとつは――
「屋敷の精霊が静かって、家の精霊ブラウニーの気配がないってことだよね?」
俺の確認にエチカが少しきょとんとした後、コクコクと頷いた。
「ああ、そうね。そういう意味になると思うのだわ」
「だから、モンスターなんじゃないかなってなんとなく思ったんだ。ただ、俺たちはイミテート・ハウスは遭遇済みなんだよね。アレスはともかく、さすがにディシアが警戒して対策のノックくらいはちゃんとしたはず」
イミテート・ハウスは中に家主がいない。
扉に鍵はかかってなくて、無防備に入ってきた侵入者だけを貪り食う。
だからノックして誰も応対に出ず、扉に鍵がかかっていなければ入らなければいい。
「そして、ゴースト・マンションだったら聖女のディシアが気づかないはずがない」
聖女のクラススキルのひとつである《常時アンデッド探知》は、視界内に入ったアンデッド・モンスターの負のオーラを探知できる。
ディシアだったら見ただけでわかるはずだ。
「でも、ふたりの足跡は屋敷のところで途切れてて、戻ってきてもないよ~?」
シーチャが首を捻る。
要するに、ふたりは屋敷に入ってしまったのだ。
「うん。つまり、今言ったどっちのモンスターでもない。他に俺が知ってる屋敷型モンスターは、あと一種類だけ」
「それは……?」
エチカが不安そうに聞いてくる。
俺は、その偉大なモンスターの名を口にした。
「……ナイトメア・フェアリー。唯一種モンスターだ」




