3.あたしの尻を触ってる暇があったら
お婆さんに別れを告げて、再びギルドへと舞い戻る。
入った途端、酒場スペースの方からにぎやかな声が聞こえてきた。
掲示板で仕事を探す冒険者たちや、仕事を斡旋してくれる受付も見える。
「すみません」
迷うことなく受付嬢に話しかけた。
「ようこそ冒険者ギルドへ。こちらのギルドは初めてですか?」
「え? あー……そうですね。もともとは冒険者だったんですが今は引退してまして……でも、お金なくて。仕事が欲しくて来たんです」
「元冒険者の方ですね。仕事の再開となると……冒険者バッジはお持ちですか?」
「いえ、必要になると思ってなかったんで持ち歩いてないです」
「それでしたら本部の情報と照会しますので、こちらの書類にご記入ください」
「これで本人の証明ができるんですか?」
「はい。魔法のインクなので、名前を書いてもらえさえすれば本人が書いたかどうかを中で鑑定できるんです」
そんなことができるんだ。だったらきちんと本名を書かないと駄目だな。
指示通りに必要事項を書きこんで書類を渡すと、受付女性が奥へ引っ込んでいく。
しばらくかかりそうなので、いつもみたくボーッとしていると。
「おい、今なん言った!」
なにやら酒場コーナーの方から罵声が聞こえてきた。
「あたしの尻を触ってる暇があったら、ゴブリンの一匹でも狩ってこいって言ったのだわ! このスケベ親父!」
スケベ親父呼ばわりされているのは髭面の冒険者だ。赤ら顔であきらかに酔っている。
そして、彼を非難しているのは耳の長い、金髪のエルフ女性だった。
エルフにしては珍しくグラマラスな肢体で、装備も軽装で露出度も高め。
というか、ほぼ裸では?
なんというか、大事なところしか隠れてない。お尻だって食い込みなんてレベルじゃなくて、ほぼ見えてるし。
髭面冒険者がムラムラッと来てしまった気持ちもわからないではない。
実際、目の保養になる。
でも、装備のランクからして……髭面の方がベテランだ。
酒場併設型のギルドに来るエルフはたいてい冒険者なり立ての初心者。
おそらく彼女は故郷の森から出てきたばかりの世間知らず。
荒くれフリーランスの冒険者同士のいざこざはよくあること、と言ってしまえばそれまでだけど……。
「それぐらいにしておきませんか?」
ここは迷わず仲裁に入る。
ギルドでの喧嘩はご法度だし、刃傷沙汰にでもなったら大変だ。
それに元冒険者の先輩としての義務くらいは果たさないといけない。
「何よ、アンタ。横から口出ししないでほしいのだわ!」
こちらに突っかかってきたのは案の定、エルフ女性のほうだった。エルフ語じゃなくて交易共通語を喋っているけど、語尾に癖があって発音も怪しい。
一方、髭面冒険者はニヤニヤと笑いながら肩をすくめている。
「この兄ちゃんの言う通りだぜ。俺はちょっとばかしギルドの洗礼ってやつをくれてやっただけさぁ。ありがたく思えよ」
「なんですって!?」
「双方、クールダウンです。エルフさん、自分より格上の冒険者に突っかかると相手の思うつぼですよ」
俺の忠告が気に入らないのかエルフ女性が翠緑色の瞳をこちらに向け、キッと睨んでくる。
「それと。おヒゲのあなたのしたことは洗礼ではなく、ただのセクハラです。何をどう言い繕っても」
「……なんだと?」
自分の優勢に気をよくしていた髭面冒険者の声に、少なからぬ殺気が混じった。
エルフ女性が息を呑んで後じさる。
事ここに至って、ようやく彼女も髭面冒険者が自分よりも格上だと気づいたようだ。
「お前、見かけない顔だな? 装備に至っては鎧ですらない麻の服ってことは、駆け出しのぺーぺーだろ」
髭面冒険者がカップに入った水を俺の顔にバシャッとかけてくる。
これぐらいなら攻撃のうちには入らない。ギルドルールのグレーゾーン。露骨な挑発だ。
俺の『もうひとつのスキル』も自動発動しない。
「このギルドで俺に生意気な口を利く奴には教育が必要だ。表に出ろ」
「……おやめになった方がよろしいと思いますが」
冒険者同士のギルド内でのいざこざは禁止。
しかし、外ならそれも当人同士の問題になり、ギルドは口出ししない。
もちろん法律を破っていいことにはならないので、バレれば衛兵のお世話になることも有り得るのだが。
「あ、あたしが悪かったのだわ。言い過ぎだった。だから……」
さすがにまずいことになったと思い直したのか、あるいは俺の身を案じてくれているのか。エルフ女性が謝罪する。
「お前はもう関係ないんだよ。俺とこいつの問題だ」
エルフ女性が助けを求めるように周囲を見回す。
他の冒険者たちは見て見ないふり。
ギルド員も黙認って感じだから助けは入らない。
「ほら、ついてきな」
「はぁ……仕方ないですね」
先導する髭面冒険者のあとに続いて、俺はギルドの外に出た。




