16.すごく、悲しい生き物なのだわ
「ギャアアアッ!!」
ボキボキッと嫌な音とともにゴブリンハグの右手首の骨が粉々になる。
《全自動弱体化》で脆くなった骨はまるで朽木のように手応えがなかった。
さらにエチカから借りっぱなしだった右手の短剣を振るって、骨の杖を持っている左手首も切り落とす。
ゴブリンハグの手がくっついたままの骨の杖が地面に転がった。
骨の杖は魔法の発動体だ。
これがないとゴブリンハグは魔法を使えない。
後ろではホブゴブリンがエチカの矢で倒されていて、残りはゴブリンハグのみ。
だけど魔法と爪攻撃を封じているので、すでに無力化できている。実質的に戦闘終了だ。
「敵意は……消えてないな。《全自動弱体化》がまだ発動してる」
「いったい何が起きてるの?」
駆け寄ってきたエチカがゴブリンハグを見た。
既に地面に転がっていて、憎々しげにこちらを睨んできている。
「俺の《全自動弱体化》で弱ってるんだよ。ゴブリンハグはもう自分の力で立つことができなくなってるんだ」
「えっ、それってまさか……ふたつめのユニークスキル!?」
「今朝のこと覚えてない? ほら、ガンザさんが」
「ああ、そういえば……」
あのときのガンザさんは筋力低下により鎧の重さに耐えられなくなった。
だけど、目の前のゴブリンハグは鎧なんて着ていない。
「《全自動弱体化》はまず、対象となった者の攻撃能力を極限まで落とす。そこからは毎秒ごとに老化を促すんだ。見た目は変えずにね。そして、この老化は俺が相手に触れることで一気に加速する」
手首を掴んだときにゴブリンハグは一気に老化して、骨もボロボロになった。
だからあんなに簡単に骨が折れたし、立つことができないくらいにヨボヨボになってしまったのだ。
「グ、グロすぎるスキルなのだわ……」
「俺もそう思う。と言っても、俺に対する敵対が解けたと『スキルが判断した』なら能力低下も老化も一瞬で元に戻るんだけど……」
一向にスキルの効果が解ける様子はない。
恨みの中だけで生きてきたゴブリンハグに誰かを許すなんて概念はないのかもしれない。
ゴブリン語はわからないけど、自分をこんな目に合わせた俺を呪ってやりたいと口汚く罵っているように見える。
「なんだかかわいそう。とどめを刺してあげたほうがいい気がするのだわ」
「そうしてあげたいけど駄目なんだ。ゴブリンハグは初見殺しのモンスターっていわれててね。レアスキルの《道連れの呪い》っていうのを取得してて……」
「あっ、そういう……」
エチカがすべてを察した。
その名の通り、《道連れの呪い》は自分を直接殺した相手を呪い殺すというレアスキルだ。
俺の《全自動弱体化》の効果を受けているから多分抵抗できるとは思うけど、ひょっとしたら死んだ瞬間は『敵対していない』とスキルが見なす可能性があるし。
触れることで老衰を加速させられるけど、さすがに試す気にはならない。
「だからゴブリンハグを倒したいなら毒を使うか、失血させたりして……こうして自然に死ぬのを待つのが安全な倒し方なんだ」
「ううっ……」
あっ、エチカが泣いちゃった!
どうしよう、どうしよう!
「……エチカ」
「わかってる。悪いモンスターだし、殺すしかないのはわかってるのだけど……すごく、悲しい生き物なのだわ……」
ノームさんも心なしか悲しそうにエチカに寄り添った。
エチカがノームさんに抱き着いて、わんわん泣き始める。
「エチカは優しいね」
そう呟いて、倒れ伏しながらも未だに俺を睨みつけてくるモンスターを見る。
ゴブリンハグは自分のことで泣いてくれるエルフの少女のことなど、まるで眼中になかった。
憎しみを募らせることを決してやめられない、そういうモンスターなのだろう。
そして、憎悪がゴブリンハグ自身を死に追いやる……。
「次に生まれてくるときは、どうか幸せになれますように」
射殺すような視線をまっすぐ受け止めたまま、祈りを捧げる。
そうやって、俺たちはゴブリンハグが息絶えるのを静かに見届けるのだった。




