102.今度は何回処刑されるんだろうな
神殿艦内部に突入した俺たちは、すぐに行動を開始した。
下層では浸水が始まっているので、全員で上層を目指して走っている。
道中、警備の半魚人たちが襲い掛かってくるのだが――
「野郎ども! 俺に続けぇーっ!」
「「「「うおおおおっっ!!」」」」
船長さんと船員さんたちが湾曲刀でことごとく切り伏せてくれた。
いい感じに《全自動支援》が発動してくれている。
「あたしたちの出番がないのだわ……」
「魔力が温存できるのは正直助かるのです」
「怪我した人は言って頂戴! すぐに治すわ」
実際、魔法職と信仰職の三人がほとんど消耗しないで済むのは助かる。
それに途中、開かない石扉なんかがあったりしても……。
「ほい開いた~」
シーチャがあっという間に鍵開けしてくれた。
ガウラスが残念そうに肩を落としている。
「いや、そこは“合鍵師”と呼ばれる俺の仕事を残してくれると嬉しかったんだが……」
「ボクらは『栄光と勝利の宴』に借りを作りたくないからね~」
「いや、命の借りがあるのは俺たちだからなっ!?」
「それに、わっちらはもはや運命共同体なんすよ。ここはひとつ過去のいざこざを流して協力していくんすー!」
ベレットもやる気を出してくれたのか、連射式クロスボウを撃ちまくってサハギンを倒している。
実際、こういうダンジョンで盗賊職が三人もいると罠も鍵も全部突破できるのはありがたかった。
ディシアの《常時魔性探知》と合わせれば敵の不意打ちを食らう心配もない。
「だいぶ揺れがおさまってきたね。浸水自体は止まったのかな?」
一応まだ多少の揺れはあるけど、もうレメリの【平衡感覚強化】を頼らなくても大丈夫そうだ。
ちなみに船員さんたちはもともと《平衡感覚》のコモンスキルを持っているので、全然平気だったみたい。
「さっきボクが開けた石扉とかがところどころで海水の侵入を防いでるんだと思うよ~」
「あ、そうか。開けっ放しにしてきちゃったけど、大丈夫かな?」
「大丈夫よ、大丈夫よ。いざとなれば、旅人さんがわたしを船にしてくれればいいわ」
船は神殿艦内部で擱座してしまったので、ナイちゃんには妖精形態に戻ってもらっている。
元の船はナイちゃんが取りこんでしまったらしいけど、ちゃんと領主さんに返せるのかな?
「それにしても、ここは臭すぎるのだわ! 臭い消しポーションがいくらあっても足りない! やっぱりダンジョンは嫌いなのだわ……」
エチカが情けない悲鳴をあげる。
臭いを気にできる程度には余裕があるみたいだ。
「とにかく、海流を操ってるダゴンを倒そう。あいつがいる限り俺たちは脱出できない」
俺たちは、さらに上層を目指して神殿艦内部を駆け抜けた。
◇ ◇ ◇
神殿艦の一番上に出ると空が見える。
どうやら吹きさらしになっているみたいだ。
外はいつの間にか夜になっていて、綺麗なまんまるの月が見える。
そこに、ぽつんと鐘楼のような設備が建っている。
警備の数が多くて制圧には少し時間がかかってしまった。
てっきりダゴンが中にいるんじゃないかと思ったけど、そこには別のもの……鐘楼の内部に光り輝く魔法陣があった。
「こいつは転送陣じゃねえか!」
ガウラスが驚いている。
無理もない。転送陣は古代遺跡の探索でも滅多に見かけないシロモノだ。
「ひょっとして、ここから脱出できるんじゃない~!?」
シーチャがお宝を見つけたときみたいに目を輝かせた。
転送陣は場所と場所とを双方向で結ぶ、古代魔法文明の移動手段だ。
魔法陣の中に踏み込んだ瞬間、ここではないどこかに飛ばされることになる。
そして、おそらく移動先は――
「いや、やめたほうがいい。魔族は転送陣を使って地上にやってくるんだ。これもきっと地底世界……魔界に繋がってるはずだよ」
「ひいっ!? じゃあ、ここから増援も来るんじゃないすか!?」
俺の推測を聞いたベレットが跳び上がった。
「そうだね。使えなくしておいたほうが良さそうだ」
「壊しちゃうのです? 魔界に行けるとなると相当貴重な設備なのです……」
レメリの気持ちもわかるけど、この場面で魔界から増援が来られてしまうと厄介だ。
いや、でも、ここにいたのは水棲魔族のサハギンたちだけだったし。
ひょっとしてダゴンは増援要請を出していないのかな……?
「チッ、遅かったか……」
背後から聞いたことのある声が響いた。
みんなが一斉に振り返る。
「あなたがキャプテン・ダゴンね!」
ディシアが叫ぶ。
鐘楼の入り口から現れたのは首なしのサハギンの上に蛸が乗っかったような魔族だった。
「まさか、先に到達されちまうとはな! 神殿艦の破損調査を優先しちまったから仕方がねえが、警備の連中は何をやっていたんだか……いや、それも無理筋か。なにしろ元勇者パーティご一行様だもんなあ? まさかあの船に乗り込んでるとは思わなかったぜ。お前らなら神殿艦の壁に穴をあける手段を持っててもおかしくはないわな」
苛立たしげに肩を竦めるダゴン。
全員が戦闘を予感して一斉に武器を構えた。
「戦う気か? この俺様と。やれやれ……無益な争いは嫌いなんだがな。言っておくが、俺様は『海賊』だ。盗賊職なんだよ。つまり俺様には万にひとつも勝ち目はないってわけだ!」
意外なことにダゴンには戦う気がなさそうだった。
みんなも肩透かしをくらって、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
それにしてもこいつ、負ける気満々なのに何でこんなに余裕なんだ……?
「ま、ただでは負けねえがな。お前ら全員道連れにしてやる……ルルイエ、急速潜航!」
ダゴンが叫ぶと同時に再び神殿艦が揺れ出した。
「この感じ……また沈み始めたよ~!?」
「みんな、何かに掴まるのだわっ!」
全員が全員、倒れないよう鐘楼内の柱などに捕まって踏ん張る。
この隙に攻撃してくるのかと思いきや、ダゴンも頭の触手の吸盤を壁に貼り付けて体を支えていた。
「沈んでるんじゃねえ、潜ってんだよ。まあ、ここに水が流れ込んでくるのは時間の問題って意味じゃ同じだけどな」
「そんなことになったら、みんな死んじゃうのです!」
レメリが悲鳴をあげた。
「あなただけ泳いで逃げる気ね!? 卑怯よ!」
ディシアに非難されたダゴンは愉快そうに大笑いした。
「ガッハッハッハ! 俺様だけ逃げるってぇ? そいつは無理だな! 確かに俺様のユニークスキル《荒波を手繰る者》は海流を操れるが、神殿艦に流れ込んでくる濁流は『もう海じゃない』から操れねえ。つまり、お前らが確保してる転送陣をくぐれねえとなると、どうしようもねえんだわ。だから俺様を殺しても無駄だぜ。それどころか潜航を始めた神殿艦は『主人が命じない限り』止まらない。つまりお前らが助かるには、その転送陣に飛び込むしかねえわけだが……特別に教えてやる。その転送陣は魔王城直通だ。行けば確実に殺されるぜ?」
「つまり、神殿艦の潜航を止めてほしかったら転送陣を使わせろってことか」
俺たちが助かるには道を譲ってダゴンに神殿艦が潜るのを止めてもらうしかない、と言いたいのだろうか。
しかし、ダゴンは俺に言われて初めて気づいたかのように触手を顎に当てた。
「ん? ああ、そういう取引もできたんだな。考えもしなかったぜ」
……考えもしなかった?
自分が助かるには転送陣しかないと言っていたくせに。
ひょっとして、自分が生き残ることに興味がないのか?
「勘違いするんじゃねえよ。俺様が地上種族どもと取引するわけねえだろうが。俺様は一方的に奪うのが好きなんだ。お前らにチャンスを与えてやるなんてゴメンだぜ。ましてや神殿艦を破壊する手段を持ってる連中を野放しにはできねえ。ここで確実に死んでもらう」
完全に道連れ覚悟か……。
これまでの発言から、ダゴンはまるで自分の死を恐れていないのがわかる。
だからといって捨て鉢にも見えないんだよな。
「それにしても羨ましいぜ。お前らはここで死ねば、それで終わりなんだからよ」
どうやらダゴンは相当にお喋り好きの魔族らしい。
こちらが聞いていないことをペラペラと喋り始めた。
ここでパーティのみんなに『あいつに喋らせておいて』と符丁を送っておく。
「まるで、お前は死んでも終わらないような口ぶりだな」
「冥土の土産に教えてやってもいいか。俺様は死んだとしても、魔王様によって復活させられるんだよ。何度死んでも、強制的にな」
俺がほんのちょっと探りを入れてみると、案の定ダゴンは重要な情報を漏洩し始めた。
たまらずディシアが叫び声をあげる。
「そんな……魔王は【死者蘇生】が使えるっていうの!? あの魔法は聖女しか覚えられないはずよ!」
「ハッ、そんなチャチなもんじゃねえ。あの御方はな、生命の権能を司っておられるんだよ。死者を蘇らせることができるんだ。何の代償もなしにな」
それが本当なら、とんでもない話だった。
魔王軍はいくら倒されても蘇ってくるということになる。
だけどダゴンは、こちらの危惧を打ち消すようなことを言い出した。
「まあ、魔王様はめんどくさがりだからな。役に立たない奴は蘇らせてもらえない。その点、俺様は海魔師団長……いや元だから微妙か? まあ、ユニークスキル持ちだから、きっと復活させられる。というか、神殿艦のことでの失敗を問い詰められるだろうから、確実に生き返らせられるだろうよ。いったい今度は何回処刑されるんだろうなあ。でもそうだな、元勇者パーティ一行を道連れにするんだ。刑の回数を一回か二回ぐらいは減らしてくださるかもなあ……」
ダゴンが死を恐れていない理由はよくわかった。
彼が恐れているのは死ではなく、魔王だ。
死んでも魔王に復活させられる。生き返らせたダゴンを魔王は何度も処刑する……。
ダゴンに同情する気はないけど、殺されるために生き返らせられるなんて、あんまりな話だ。
それなら、彼はここで終わらせてあげたほうがいいのかもしれない。
「……だから、ここにいる全員を殺す気で神殿艦を沈めたんだな。そのほうが魔王の覚えがマシだから」
「ああ、そうだ」
「それはつまり、ここにいる俺を含めた全員を殺そうという意志がお前にあったってことだ」
「あぁん? 当たり前だろうが、それがどうし……」
ダゴンが何かを言いかけたところで、壁に貼り付けていた触手の吸盤がはがれた。バランスを崩して倒れ込む。
「な、なんだ? 体に力が入らねえ……」
今更、言うまでもないだろう。
ダゴンが神殿艦に潜航を命じたとき、俺の《全自動弱体化》は既に発動していた。
ようやく自覚症状が出てきたんだ。
「神殿艦を浮上させるんだ。今すぐに。そうしないとお前は死ぬ」
「何か知らんが、お前の仕業か。でもよ、それが脅しになると思ってんのか? 俺様はどっちみち魔王様に……」
「俺の《全自動弱体化》は寿命を削るんだ。大抵の復活手段は無効化できる」
「なんだと……?」
それまで余裕だったダゴンが初めて瞠目した。
「…………なるほどな。つまり生き返れるアテがあったとしても生き返れねえって言いたいわけか」
「そうだ。だから生き延びたいなら、今すぐ――」
「それがどうした!!」
俺の言葉を遮って、ダゴンは啖呵を切ってきた。
「舐めてんじゃねえぞ、地上種族風情が。命欲しさに俺様が尻尾振ると思ったら大間違いだぜ! それになにより……これで完全に死ねるってことは……いいことじゃねえか。魔王様はきっと今回の失敗を許してくれないだろうからなぁ…………」
話している間にも、ダゴンはみるみるうちに弱っていった。
「ああ、そうだな。このまま死ねば、お前の命が魔王に弄ばれることは、もうない」
俺の言葉を聞いたダゴンがハッと顔をあげた。
「そうか、テメェ……それで俺様に『与えた』つもりなのかよ。チッ、クソが……吐き気がするぜ。だがよ、返礼なんぜしてやらねえからな。お前らは一人残らず海の藻屑になるんだ……へへへ、そうさ。俺様はいつだって奪うだけだ。誰が『舵』のことなんざ教えてやるもんかよ」
「……『舵』?」
「先に冥府で待ってるぜ、地上種族ども。ここで死ねることを感謝しな。どうせテメェらは一人残らず魔王様によって淘汰されるんだ……ククク……ガハハハハ…………カハッ………………」
ダゴンが息を引き取った。
何も不安のない、安心しきった死に顔だった。
「……どうか安らかに眠りなさい」
ディシアが沈痛な面持ちで《弔いの祈り》を捧げる。
エチカも、シーチャも、レメリも。仲間全員が、俺たちを呪った魔族の鎮魂を祈っていた。
もちろん、俺も。




