海賊艦長.一番どうでもいいのが俺の命だ!
「へっへっへ、逃がさねえぞ。お前らのお宝はぜーんぶ俺様のもんだ!」
神殿の祭壇に取り付けられた舵を操作しながら、ダゴンは頭の触手を蠢かせた。
「俺様の神殿艦は無敵なのさ! 何故なら! この神殿は、もともと唯一種モンスターの棲家だったからだ! 中で唯一種が暴れたって壊れねえ、とっても頑丈な石でできてんだよ! だからテメェら地上種族どもがどんなに大砲で撃ってきても絶対に破壊できねえ! だからさっさと諦めて潰れちまいな!!」
ダゴンの楽しみは、たったひとつ。
略奪だ。
他の魔族と違って殺戮を愉むことはない。
敵船はさっさと沈めて宝をサルベージするに限る、そう思っていた。
「お、おい! 今度こそ本当にあの船なんだろうなぁ! 僕のアーティファクトを壊したら承知しないぞぉーっ!?」
神殿艦が航海中、神殿の中はひどく揺れる。
ゼルハーニは床のでっぱりにしがみつきながら、何とか踏ん張っていた。
「大丈夫! アーティファクトは絶対に壊れねぇ! 俺様が授かった『開拓王の舵』みてぇにな!」
「えっ、この神殿がアーティファクトってわけじゃないのかぁ?」
「この神殿自体は、もっとやべえシロモンだよ。唯一種……正確にはもういないから遺失種モンスターって言うらしいがよ。クトゥ……なんとかってやつだ。まあ、今じゃそいつの神殿も御覧のとおり、この舵を取り付けられて『船化』しちまってるがな!!」
ダゴンは愉快そう大笑いした。
自分よりはるかに強大な存在から、この神殿を略奪したようなものだと言いたいらしい。
もともとは神殿も『舵』も魔王から下賜されているのだが……。
「そうとも『開拓王の舵』を取り付けた建造物は、どんなものであれ船になる! まあ、普通ならこんなでっかい建造物を『船化』したところで、帆も魔力炉もないんだ。動きゃしねぇ。だが、そこは俺様のユニークスキル《荒波を手繰る者》の効果で海流をいじっちまえば高速巨大戦艦に早変わりってぇわけよ!」
「えっ、お前、僕にスキルを話しちゃっていいのかぁーっ!?」
「別にバレたところで対策できるようなスキルじゃねえからな!」
ダゴンは強がっているわけではない。本当にそうなのだ。
《荒波を手繰る者》はレメリが使っていた【水流操作】の完全上位互換であり、かなり広い範囲の海流と波を操作することができる。
なんなら海の天候だって操ることができるので、【天候操作】すら兼ねていた。
かつて魔王ウーシュムガルから海魔師団長の地位を授かったのは、伊達ではない。
「へへ、そろそろあいつらの船も俺のスキルの射程に入るぜ」
今頃あの船の連中は大慌てだろうと、ダゴンは笑みを深くした。
彼の必勝戦法は、神殿艦をただ敵船にぶつけるのではない。
海流を操って神殿艦に敵船を吸い込むのだ。
だから、絶対に逃げられない。
こうやってダゴンは、何隻もの船を沈めてきた。
破壊不可、逃走不可、そして沈没不可避。
海の上でダゴンの神殿艦に遭遇したら、どんな船だろうと、どんなスキルを持っている相手だろうと勝ち目はない。
「さて、あいつらの怯えたツラでも拝むとしようぜ」
ダゴンが神殿に備え付けられた魔法装置を使って外の映像を表示する。
現れたのは意外な光景だった。
なんと相手の船は逃げずに神殿艦めがけて、まっすぐに突っ込んできていたのだ!
ダゴンの作った吸い込み海流に乗って、凄まじいスピードで迫ってきている!
「ぎゃっはっは! 特攻たあ、自殺志願者の集まりってわけか? いいぜぇ、そういうことなら願いを叶えてやろうじゃねえか!」
ダゴンの舵を握る手に力が入る。
頭の触手まで舵に絡みついて、がっちりと固定した。
高揚する気分の中、ほんの少しの違和感を覚える。
「それにしても、あんな船だったっけか……?」
最初に船影を捉えたときは、ごく普通の木造帆船に見えたのだが。
今の映像には今まで見たことのない、どこか生物を思わせるような紫色の船が映っている。
帆もアゲハ蝶のような煌びやかな柄に変化していた。
「まあいいか。どうせ潰れるんだしなあ……じゃあな、あばよ!!」
衝突の瞬間、ダゴンは勝ち誇り、哄笑した。
直後に凄まじい震動と、轟音。
神殿艦がそれまでとは比較にならないほど揺れる。
「…………何が起こった? いったいどういうことだ!?」
叫び声をあげたのはダゴンだ。
衝突の際に震動と轟音が響いたのは、初めてだった。
なにしろ、普通の船とは大きさが違う。
いつもだったら神殿艦は船にぶつかったところで何事もなく、海を進み続けるはずなのだ。
「お、おい。なにか聞こえないかぁ……!?」
ゼルハーニが、おそるおそるダゴンに確認した。
確かに聞こえる。
轟轟と、何かが流れ込んでくる音が。
「…………なんでだ。俺様の神殿艦は無敵なんだぞ。船がぶつかったところで、傷ひとつつけられるわきゃねーんだ。それなのに――」
ダゴンが言い切るか言い切らないかのタイミングで操縦室に……祭壇の間に濁流が押し寄せてきた。
「なんで浸水しちまってるんだーっ!!?」
「嘘だぁーっ!? 僕がこんな死に方わぶ――」
床にしがみついていたゼルハーニの姿は凄まじい勢いで濁流に呑まれて消えた。
結局、死霊師団長に返り咲くことも、アーティファクトを取り戻すこともなく、スラッドたちと再び相まみえることも叶わなかった。
当然、ウーシュムガルがこの男をまともに復活させることは金輪際ない。
実にあっけない最期だった。
ついでだが、肉塊アレスも流されている。
「ぜえ、ぜえ……」
神殿の祭壇部分、数段高い場所にいたダゴンだけは天井へと飛び移り、かろうじて難を逃れていた。
息を切らせてはいるものの、『開拓者の舵』も取り外して両手に持っている。
触手の吸盤で天井に貼り付いて、どうにかぶら下がっていた。
サハギンは水棲魔族だが、さすがにあんな濁流に巻き込まれたら泳ぐどころではない。
なにしろ屋内に入り込んだ海水は《荒波を手繰る者》では操れないのだ。
巻き込まれたら確実に死ぬ。
「まだだ……まだ沈まねえぞ」
ブツブツと呟きながら、ダゴンは触手を這わせて天井を移動する。
天井の隙間から部屋を出て、上層を目指していく。
「何が起こったかはわからねぇが、『舵』はある。神殿艦はまだ動かせる!」
神殿艦には魔界への転送陣がある。
失陥すれば、確実に万死の刑だ。
ウーシュムガルの手によって復活と処刑のループを延々と繰り返すことになる。
それだけは絶対に避けなければならない。
「破損の原因はわからねぇ! だが、これは偶発的な事故じゃねえ! 確実に敵船の攻撃だ! 確かめねえと……俺様には修復できねえだろうが、情報だけは死んでも持ち帰る! 手ぶらだけは絶対に許されねえ!」
これまで与えられていた任務の関係上、ダゴンはウーシュムガルと多くのやりとりをしている。
だから魔王が何を求め、何を必要とし、どうすれば許してくれるか理解していた。
「無敵のはずの神殿艦を破壊する手段が地上種族どもにある……この話は、少なくとも筆頭参謀には伝えねえとまずい! 俺様が失敗して! 魔王様の不興を買い! 復活させてもらえなかったときに備えなくては! 一度魔界に戻るか? 判断を仰ぐか? いや、転送陣が破損して神殿艦に戻れなくなる可能性がある! そうなったらすべてがおじゃんだ!」
ダゴンはそれほど考え事が得意ではない。
だから、こうして独り言を喋ることでやるべきことを整理しようとしていた。
「優先順位は決まった! まずは神殿艦の破損原因の究明! 次に神殿艦の復活! それが無理なら転送陣の破壊! 一番どうでもいいのが俺様の命だ! 最悪情報を手に入れたら、魔界に死に戻る! ようし、決まりだ!」
一度方針を固めたダゴンは、すぐさま行動に移る。
元海魔師団長と元勇者パーティの最後の対決は、すぐそこまで迫っていた。




