101.なんで泣いているのかしら
「えっ、嘘! 旅人さん、いけないわ! やめて!」
ナイちゃんが泣きそうな顔になるけど、その抵抗は驚くほど弱かった。
「なになに、スラッド! なんなのだわ?」
「一体どうしたのさ~!」
「魔法を中断してもいいのです?」
「わたしも祈りに徹したいんだけど……」
「みんな忙しいところゴメン! 本当に大事なことなんだ!」
俺の連れているナイちゃんに、みんなの不思議そうな視線が集中する。
恥ずかしそうに顔を俯かせるナイちゃん。
「この子はナイちゃん。夢屋敷で出会った俺の友達なんだ!」
「えっ、ナイちゃんって……まさかとは思うけど、このちっちゃい子がナイトメア・フェアリーなの~!?」
「わたしに神殿の夢を見せた、あの……」
「私にお母さんの夢を見せてくれた……」
みんながみんな、十人十色な反応をする。
エチカだけは、ぽかーんとしているけど。
「みんないろんな意見があるだろうけど、聞いてほしい! 俺はナイちゃんを正式にパーティメンバーとして迎えたいんだ!」
「唯一種モンスターを仲間に? スラッド、あなた正気で言ってるの!?」
驚くディシアに、俺は力強く答える。
「もちろんだよ! 彼女は俺がアーマーシャークに襲われたときだって助けてくれたんだ! 命の恩人だよ!」
「えっとさ……こう言っちゃなんだけど、その子にも《全自動支援》がかかってたりするの? それって、こう、大丈夫? 危なくない?」
「シーチャの心配はもっともだ。だけどナイちゃんはちゃんとわかってくれてるから、いきなりみんなを眠りに落とすような酷いことはしない。約束してくれたんだ!」
シーチャが「そ、そうなんだ……そんなことまでできるんだ……」と若干引き気味に頷いた。
「ひとつだけ聞きたいのです」
「なにかな、レメリ!」
「スラッドじゃないです。その子……ナイトメア・フェアリーにです」
「わ、わたしに!? なんなのかしら、なんなのかしら!?」
ナイちゃんがおっかなびっくり、レメリに向き合った。
「夢に出てきたお母さんは、あなただったのです?」
「違うわ、違うわ。わたしにできるのは夢を見せることだけ。夢の中のお母さんを形作ったのは、あなた自身の思い出よ」
「そうだったのですね」
レメリがすぅーっと息を吸い込んでから、にっこりと笑った。
「ありがとう。とってもいい夢だったのです」
「どういたしまして! 嬉しいわ、嬉しいわ。見せた夢を喜んでもらえることほど、わたしにとって幸せなことはないわ!」
そのやりとりを見ていたみんなは驚いていた。
いや、驚いたのは俺もだ。
普段は表情の変化に乏しいレメリが、こんなに屈託のない笑顔を見せるのは初めてのことだった。
感激しているナイちゃんのことも、みんなは意外そうに見ている。
「これからよろしくなのです!」
レメリが差し出した手に、ナイちゃんはおそるおそる触れた。
これがきっとナイちゃんにとって精一杯の握手なんだろう。
「いいのかしら、いいのかしら。みんな、わたしのことが怖くはないのかしら」
「他のみんなはわからないです。だけど、私はあなたの……ナイちゃんの仲間入りに賛成するのです」
そう言って、レメリは他のみんなを見る。
エチカとディシアが顔を見合わせた。
やがて、エチカがこくりと頷いてから口を開く。
「あたし、モンスターとか唯一種がどうとか、理屈っぽい話ってよくわからないのだわ。でも、スラッドが仲間だっていうなら、この子はきっと悪い子じゃない。精霊だって全然怯えていないもの!」
エチカについては何も心配してなかった。
きっとすぐにでも仲良くなれると思う。
「そうね。邪悪じゃないことは確かみたいだし……わたしが吹っ切れられたのも、半分くらいはあなたのおかげだわ」
ディシアがそこまで言ってから、何かを思いついたように首を傾げた。
「というか、夢屋敷を訪れたときもそうだったけど……瘴気を感じないわね。ひょっとして、あなたには瘴気がないの?」
「そうなのよ、そうなのよ。瘴気は唯一種よりも新しいモノだから、わたしたちにはないわ。魔王を除いて」
ナイちゃんは、そんなことまで知ってるのか!
言われてみれば瘴気があるならディシアにバレてても不思議じゃなかったよね。
“竜皇后”にも、それらしい気配はなかった気もするし。
古代図書館の資料にも書いてなかったことだから、ナイちゃんにはあとで詳しく聞いてみたいな。
「そうなのね。神殿の教義が敵と定めているのは瘴気に侵されたモンスターだけ。瘴気がなくて友好的なら調教師や召喚師が使役するフレンドリーモンスターと同じってことよ。それなら、わたしも問題ないわ」
最難関だと思っていたディシアが認めてくれた。
レメリに倣ってナイちゃんに手を差し出している。
エチカも慌てて手を伸ばし、ナイちゃんはふたりの手に触れた。
最後に残ったのはシーチャだ。
「いや~、なんかこの状況だと反対とかしても意味なさそう……いや、待って」
シーチャが何かに気づいたように顔をあげた。
素早い身のこなしでナイちゃんの目の前に迫る。
「ひゃっ。なにかしら、なにかしらっ!?」
「ひょっとして、スラッドといっしょに見たあの夢って、君の仕業?」
俺がシーチャの夢に入ったのは、たった一度だけ。
シーチャの過去を見たときだけだ。
あのときナイちゃんのアシストがなかったら、シーチャは俺たちの前から姿を消していただろう。
「えっと……それならそうよ、わたしだわ」
「……わかった。そういうことなら、ボクは君に借りがあることになる。仲間入りを認めることで返させてもらうよ」
シーチャがそれまでとは打って変わったように大真面目な顔で手を差し伸べる。
だけど、それも一瞬のこと。すぐにいつもの皮肉めいた笑みを浮かべた。
「……それに、うまくナイトメア・フェアリーの力を使えば、お金ががっぽがっぽ稼げる気がしてきたしね~」
「シーチャ! またあなたはそうやって……すぐお金儲けしようとするのはやめなさい!」
「あはは、冗談だってば~」
ディシアがお決まりの説教を始めると、みんながどっと笑う。
ナイちゃんがシーチャの手に触れながら、不安そうに顔を上げた。
「いいの? みんな、わたしを仲間だって受け入れてくれるの?」
「ナイちゃんがいなかったら、俺たちは全員揃ってここに立てなかった」
そう言って、俺はシーチャの手の下に、自分の手を入れた。
他のみんなも次々に加わってくる。
申し合わせるでもなくナイちゃんを中心とした円陣が出来上がっていた。
「嬉しいわ、嬉しいわ。こんなに嬉しかったことは……え? なにかしら、なにかしら……わたし、なんで泣いているのかしら」
ナイちゃんがぽろぽろと涙を流し始めた。
「どんどん涙がこぼれてくるわ! 止まらない! どうして? 誰か教えて。わたし、自分の夢はあまりわからないの」
みんなが心配そうに見つめる中、ナイちゃんがみんなの手にしがみつく。
「いいえ、いいえ! わたし、嘘を吐いたわ! わたしはずっと、あなたたちの輪の中に入りたかった。お話ししたいって思ってた。みんなの仲間になりたいって願ってた!」
ナイちゃんが誰の望みでもない、自分自身の本音を語ってくれた。
俺の無意識の望みに押し留められていた、本当の気持ちを。
「ナイちゃん、よろしくなのだわ!」
「ずっと前からいたなら、早く言ってくれればよかったのです」
「まったく、我ながらこんなちっちゃな子にビビってたとはねぇ……ま、仲良くしよっか」
「皆が危ないの。ムシのいい話だってわかってるけど、どうか力を貸して頂戴」
みんながみんな、自分の言葉でナイちゃんを歓迎する。
ようやくナイちゃんを本当の仲間として迎え入れることができた。
これで何かが変わっただろうか?
ああ、そうとも。
すべてが変わった。
便利なアイテムとしてでもない。
恐ろしい唯一種としてでもない。
仲間として、ナイちゃんの力を最大限に引き出す下地が整ったのだ。
「えーと。この話、俺たちに聞かせても良かったのか?」
振り返るとガウラスさんが居心地悪そうに突っ立っていた。
その横ではベレットがつまらなそうに頭の後ろで指を組んでいる。
「いやいや、あの妖精が唯一種とかフカシに決まってるんすよ。こんなん士気高揚のための茶番なんすわ」
「仮にそうだとしても、お前ちょっとくらい空気読んで発言しろよ……」
ナイちゃんのことをヴァイスに報告されてしまうだろうか。
いいや、この際だ。構わない。
俺たちに手を出すと割に合わないってことを、とことんアピールしてやる!
「ふたりともちょうどよかった! あなたたちにも手伝ってもらいたいんです! あ、船長さんたちにも!」
「ええっ!? 俺たちもですかい!?」
「はい! 俺にいい考えが浮かんだんです!」
驚きざわめくみんなの前で、俺はぎゅっと拳を握ってみせた。
「撤退は中止です! ここにいる全員の力で、あの神殿艦を真正面から打ち負かしてやりましょう!」




