100.あなたたちの冒険に水を差すことにならないかしら
「ナイちゃん! 出てきちゃっていいの?」
「いいえ、いいえ。今はそんなことを言っている場合ではないわ、旅人さん! なにか、わたしにできることはないのかしら!?」
ナイちゃんが祈るように手を合わせながら俺を見つめてくる。
確かに、俺たちだけじゃどうしようもない。
今こそ唯一種の力を借りるべき時なのかも……。
「あの神殿艦を眠らせる、みたいなことはできる?」
「できないわ、できないわ! 元の主を失った神殿は心も魂もない物品。アレは、死者を無理矢理動かしているようなものよ」
「魔族が元の主ってわけじゃないのか。じゃあ、あれを操ってる魔族を眠らせることは?」
「そうね……それならきっとできるわ! わたしひとりなら、神殿に入り込むこともできると思う!」
ナイちゃんが自分にできることがあると聞いて、無邪気にはしゃぐ。
このとき、俺の中に一抹の不安というか、疑問が浮かんだ。
これでいいのだろうか?
ナイちゃんにすべてを任せる。
本当にそれで?
「…………お願いできる?」
散々迷った末に、そう口にした。
このままだといずれ神殿艦に追いつかれる。
《全自動弱体化》が有効に働くかわからない以上、確実に全員生き延びるにはナイちゃんの力を頼るしかない。
「……わかったわ、わかったわ」
ナイちゃんの返事には、一瞬の間があった。
小さな体がふわりと浮き上がって神殿艦へ飛び立とうとする。
……その動きが止まった。
そして、ほんの少しだけ寂しそうに振り返る。
「ねえねえ、旅人さん」
その小さな瞳は、俺の内心を見透かしているかのように透明な輝きを放っていた。
「大丈夫かしら、大丈夫かしら。わたしの存在は、あなたたちの冒険に水を差すことにはならないかしら」
「……え?」
冒険に水を差す?
ナイちゃんは、急に何を言い出すんだろう。
「わたしが敵を眠らせて。みんなが助かって。もちろん、わたしはいいと思うのだけど。それって、あなたが望んでいる楽しい冒険になるのかしら。わたしは、それが一番心配だわ」
楽しい冒険……。
もちろんみんなが助かって勝利する、という意味ではないだろう。
旅の間の出来事が、みんなで分かち合える思い出になるかどうか?
ナイちゃんだけをたったひとり、敵地に送りこんで待つことが、楽しい冒険と言えるかどうか?
「そうよね、そうよね。ナイトメア・フェアリーなんてモンスターは邪魔者だもの。 せっかくの血湧き肉躍る冒険も、いるだけで興冷めになってしまうわ。だって、わたしがいるなら、どんなに強い敵も眠らせてしまえばいいんだもの」
そんなことはない、言ってあげたい気持ちと。
確かにそうかもしれないと思う気持ちが半々だった。
唯一種の力は強大だ。
彼女の力さえあれば、どんな冒険だって簡単に成功するだろう。
シーチャがモンスターに警戒する必要もない。近づいてくる脅威はナイちゃんの能力で勝手に眠る。
ディシアの回復魔法だっていらないかもしれない。どんな傷も夢の中で癒してしまえば元通り。
レメリの魔法や、エチカの精霊だって。なんなら、戦力的な意味で一番必要ないのは俺かもしれないのだ。
……でも。
それって、昔の俺と同じなんじゃないか?
仲間の後ろにいればスキルが勝手に発動して、気づけば敵は倒れていた。
なんなら《全自動弱体化》の発動条件が俺に対する攻撃なら、他の仲間がいないほうが無敵なんじゃないかと。
そんなことを誰かに言われるたびに、俺の心は傷ついて。
「……そうか、そうだったのか」
ここでようやく俺は、自分の勘違いに気づいた。
ナイちゃんは、みんなの前に出たがらなかった。
自分の気持ちより他人の夢を優先する彼女にしては、かわいらしいワガママ……なんて思っていたけど。
「ナイちゃんが汲み取っていたのは、俺の無意識の願いだったのか」
俺は最初から、ナイちゃんが唯一種の力を振るうことを望んでいなかったんだ。
その証拠に冷たい海の底に沈みそうになったときでさえ、助けを求めなかった。
「みんなに嫌われたくないのも本当なのよ。でも、これはあなたの夢でもあるわ。わたしが力を振るうことで、みんなに怖がられてほしくないと願っていた。そうでしょう?」
やはりどこか寂しそうに呟きながらも、微笑を浮かべるナイちゃん。
きっと大丈夫だと。みんなならわかってくれると。
俺は、ナイちゃんをそうやって励ましていたはずなのに。
自分が気づかない心の奥底では、そんなことを考えていたのか……。
「……そう。わたしが力を使えば、みんなが助かる。だけど、これはきっと、あなたの望みではないのよね。わたしのことを仲間のみんなに秘密にしておけばいいって問題じゃない。あなたの夢はそう言ってる。だから……これで最後にしましょう、旅人さん。今までずっといっしょに旅ができて楽しかったわ」
突然の別れを告げるナイちゃんに、何も言い返すことができなかった。
彼女がこんなことを言い出すのは、俺の迷いのせいだったから。
「そうだね。俺はどうかしてたよ、ナイちゃん……」
命がかかっている冒険者は、実を取るのが当たり前だ。
きっと、そっちのほうが正しい。
それがどれだけ強大な力だろうが、使えるならば使うべき。
きっとあの男じゃなくても、そう言うだろう。
それなら俺は。
ナイちゃんの力を惜しげもなく、恥ずかしげもなく使ってもらうべきだったのだろうか?
山賊相手に前衛を任されて、ひいひい言ってたときも。
オークとの戦闘で、みんなの戦いを眺めていたときも。
死霊術師ゼルハーニを追い詰める作戦を立てたときも。
指をパチンと鳴らす合図で、ナイちゃんに敵を眠らせてもらって。
訝る仲間に、新しいユニークスキルを覚えたみたいに誤魔化して。
彼女の存在をひた隠したまま、力だけを行使してもらえばよかったのだろうか?
今回のように。
ナイちゃんのことは、みんなに伏せたまま。
敵をこっそり眠らせてもらえばいいっていうんだろうか?
「じゃあね、旅人さん。行ってくるわ。大丈夫、まかせて。みんなはきっと助けてみせるから。だから、どうかこれからも楽しい冒険を……」
最後まで寂しそうに、だけど笑顔のまま手を振るナイちゃん。
「本当にごめんね、ナイちゃん。俺は――」
腫物みたいに扱われるナイちゃんを見たくなかった。
昔の俺と同じ想いをさせたくない、なんて思ってしまっていた。
……だけど、それって。
ナイちゃんを強力なアイテム扱いしてたのは、他でもない。
俺自身だったってことじゃないか!
「俺は、ナイちゃんを迎え入れた時点で、すぐにこうするべきだった!」
「えっ、旅人さん!?」
ナイちゃんが行ってしまう前に、小さな手を取って走り出した。
そして大声で叫ぶ。
「みんな聞いてくれ! こんなときだけど紹介したい友達がいるんだ!」




