99.俺にできるのは仲間を信じることだけ
その予兆は目を凝らすまでもなく、全員がほぼ同時に感知した。
「あきらかに潮の流れがおかしいよ~」
「邪悪な何かが近づいてくるわね……」
「精霊たちが逃げ出しているのだわ!」
「モンスターたちも、この船を無視して海岸のほうに逃げてるのです」
隠す気がないのだろう。
それがいる方向からは暗雲が立ち込め、腐臭にも似た不快な空気が流れてくる。
「……あれが異常の原因なのか?」
それは、海の上に浮かぶ巨大な建造物だった。
石造りの神殿のようにも見えるが、同時に戦艦のようにも見える。
ところどころ邪悪で、幾何学的な意匠を凝らされていて……あまりの悍ましさに吐き気を催す船員が続出していた。
「ようこそ、キャプテン・ダゴンの海へ!」
空から声が響いてきた。
あの神殿艦からのようだけど……。
「お前らで、えーと……何隻めだけっか。まあいい。とにかく金も宝も命も、ぜーんぶ置いて行ってもらうぜ。もちろん降伏勧告なんてしてやらねえ。船を沈めてから、海に沈んだブツをゆっくり回収させてもらう。ま、アーティファクトを見つけてやらんとゼルハーニがうるさいから、そろそろ当たりを引かせてくれや。俺様からは以上だ! あばよ! 尚、返信は不要だぜ!」
なんというかお喋りな奴だ。勝手に全部喋ってくれた。
魔族なんだろうけど、わざわざ交易共通語を使ってくれている。
それにしても……。
「アーティファクトって言ってたね、今」
俺のつぶやきに、みんなが反応した。
「ひょっとして死霊術師のアレじゃない? ゼルハーニって言ってたし。でも、ボクらが運んでると勘違いしてるっていうよりは……」
「手当たり次第、って感じなのです……」
「じゃあ、船が行方不明になってたのは、全部あいつの仕業なのね!」
「酷過ぎる。絶対に許せないのだわ!」
たしかに、あまりにも酷い。
いったいどれだけ関係ない船乗りが犠牲になったんだろう。
ふつふつと怒りが湧いてくる。
けど、それとは別に、頭の中の冷静な部分が疑問を呈してきた。
「……あいつ、なんでアーティファクトがここを通るって知ってるんだろう?」
ギルドは、アーティファクトの護送の件を秘密にしてたはずなのに。
魔法国ゼネスト、クライアント側から漏れたのか。あるいは……いや、それは後回しだ。
「船長さん!」
「は、はいいっ!! アレと戦うんですよね……」
船長さんだけじゃなく、船員たちはかなり怯えている。
仕方がない。あの神殿艦は人智を超えている。
「いいえ、撤退しましょう! こんな船では、ひとたまりもない!」
「か、かしこまりましたぁ! 野郎ども聞いたか、面舵逃げろーっ!!!」
「「「「アイアイサー!!」」」」
俺の判断に異を唱える者は、パーティの中にもいなかった。
奴の暴挙に一番怒りを燃やしているであろうディシアですら黙っている。
何故なら――
「それにしても……でかい。でかすぎる!」
神殿艦のシルエットは少しずつ大きくなってきている。
まだだいぶ距離があるのに、こちらの船と同じぐらいの大きさに見える。
いったい、どれだけ巨大なのだろうか。
とにかく今の戦力で勝てる相手じゃない。
ここは領主さんに……いやカシウに連絡して、艦隊を連れてきてもらわないと駄目だ。
だけど、撤退も芳しくないかもしれない。
「どうですか、船長。逃げられそうですか?」
「いや、向こうのほうが速いです。信じがたいことですが……」
そうなのだ。
どういうことわからないけど、あの神殿艦は驚くべきスピードでこちらに迫ってきている。
この帆船だって、決して遅いわけじゃないはずなのに。
「シルフさんに風を起こしてもらって、少しでも帆船の速度を上げられないかな?」
「もうやってもらってるのだわ!」
エチカが涙目で訴える。
「レメリは――」
「【水流操作】で海流を味方につけるのです!」
俺がみなまで言う前に意図を察してくれた。さすがだ。
「シーチャ。念のために、ガウラスさんたちを呼んできてもらえる?」
「いいのかい?」
「あの二人の力が必要になるかもしれないからね」
シーチャは頷いて船室へと向かう。
「ディシアは今のうちに準備を」
「ええ、万が一の時はわたしの出番よね……」
ディシアが悲壮な覚悟を思わせる表情で頷いた。
いざとなれば、彼女には船全体を覆う防御魔法を使ってもらわねばならない。
とはいえ、どれだけ保つだろうか……。
「ねえ、スラッド。先に聞いておきたいのだけど、あの船の前にあなただけが立った場合は《全自動弱体化》は有効なのかしら?」
ディシアの質問に、俺は少し考えてから答えた。
「……場合によるね。あの神殿艦は自然に動いているわけじゃなくて魔族が動かしているみたいだから、発動条件は満たせる。あいつが明確に俺を攻撃しようとしてくれればいいんだけど、気づいてもらえなかった場合はどうなるかわからない」
「気づいてもらえなかったら駄目ってこと?」
「そこが何とも言えないところなんだけど……俺のことを認識してなくても、範囲攻撃に巻き込まれたりした場合に《全自動弱体化》は働いてくれるんだ。だから例えば、この船を俺ごと砲撃してもらえれば、こっちは被害をゼロにして、あいつだけを倒せると思う」
「わかったわ。それなら、さっきわたしが言ったことは忘れて。あなたは絶対にこの船から降りないで頂戴」
そう言ってから、ディシアは船の後ろ側の方へ向かった。
砲撃……確かにあの規模なら、巨大な火砲を撃ってくる可能性もなくはない。
「問題はあいつが、そんな攻撃をしてくれるかってことなんだよな……」
神殿艦は真っすぐに向かってきている。
俺が思うに、敵は神殿艦をこの船に直接ぶつけるつもりだ。
いわゆる、衝角攻撃である。
とはいえ、神殿艦に衝角が搭載されているわけではない。
あれだけのサイズだ。
かすっただけでも敵艦を海の藻屑に変えることができるだろう。
俺が乗っている乗り物が攻撃された場合に、《全自動弱体化》が発動するかは五分五分といったところだ。
船への体当たりが俺の命を脅かす攻撃であると《全自動弱体化》が判定してくれるか否かにかかっている。
正直、今回みたいなケースで試したことがない。
発動するかもしれないし、しないかもしれない。
賭けに出るには、巻き込んでしまう船員たちが多すぎる。
「つまり、今の俺にできるのは仲間を信じることだけなんだよな」
ここにいるだけ。
そこにいるだけ。
いつも通りではあるけど、やっぱり歯がゆい。
何かいい作戦を思いつくことができればいいんだけど……。
「旅人さん、旅人さん!」
俺の前にナイちゃんが飛び出してきたのは、そんなときだった。




