90.なんでまたアンタなのだわ!?
次の日。
俺はギルドでヴァイスとの会話をみんなに報告した。
もちろん、夜の店の詳細は省いた上で。
話を聞き終えたシーチャが心底呆れたようなため息を吐いた。
「陰湿な奴だとは思ってたけどさ。そこまで真正面から堂々と、スラッドの名声が欲しいと断言してくるなんて。アレスと違って、そこだけは謎の潔さを感じるよ」
「そうだね。俺も初めてかもしれない」
建前を抜きにして本音を包み隠さずぶつけてくる。
その点だけは好感が持て……いや、無理だ。
あのヴァイスだけは絶対に無理。
俺は特定の誰かに敵意を持たないように心がけている。
《全自動弱体化》が何かの間違いで発動してしまうかもしれないからだ。
だけど、今回ばかりはヴァイスを敵と判定してくれない《全自動弱体化》やきもきさせられている。
それぐらい、俺はヴァイスが大嫌いになった。
ディシアも不快そうに頷いている。
「これからは今まで以上に気を付けた方がいいわね。っていうか、エチカ。あなた大丈夫? 顔色悪いわよ」
「ううう~……頭痛いぃ……」
エチカは完全に二日酔いだ。
一応、ここまで来るときは昨晩みたく一人で歩けないなんてことはなかったけど……。
ディシアが心配そうにエチカの額に手をあてている。
「熱はなさそうね。ギルド内で魔法を使うのは禁止だから、後で【解毒治療】をかけてあげるわ」
「お、お願いするのだわ。というか昨日のこと、なんにも覚えてない……スラッド、あたしヘンなことしてなかった?」
エチカが不安そうに聞いてきた。
「えっと、そうだね。チンピラに絡まれたときにノームで吹っ飛ばしてたよ」
「えっ、あたしそんなことしてたの!?」
「してたよ。ちなみにヴァイスのことは覚えてる?」
「そいつのことは何となく覚えてるのだわ。嫌な奴よね!」
ぷりぷり怒りながらエチカが水をガブ飲みする。
ああ、そんなに慌てて飲んだらむせちゃうよ……。
「『あたしのスラッドを持ってっちゃヤダー!』だったっけ? 妬けるねぇ~」
「そ、そんなこと言ってない!! って、シーチャは《超記憶》持ってるんだから偽情報を捏造しないでほしいのだわ!」
「あはは、ごめんごめん」
だいたいそんなようなこと言ってた気はする。
それにしてもエチカとシーチャがじゃれてるとエルフの姉妹みたいだ。見た目と中身は逆だけど。
「悩んだって仕方がないのです。私はなんとなくあいつにシンパシーを感じるのでわかりますが、どうせヴァイスは仕掛けてくるのです。だから何をされても大丈夫なように事前にいろいろ準備しておけばいいっていうだけの話なのです。むしろ、こういうのの対策は魔女の私に任せろ、なのです」
レメリ、あのヴァイスにシンパシーを感じるって……。
自分は陰湿だって言ってるようなものなんだけど、それでいいのかな?
「あ、スラッドったらようやく笑ったわね。よかったわ。あんな怖い顔、あなたらしくないもの」
ディシアが俺の顔を見て微笑んだ。
俺、そんなに怖い顔してたんだ……。
たしかに、みんなのおかげで陰鬱だった気持ちが幾分やわらいだ気がする。
「みんな、ありがとう」
お礼を言うと、みんなも笑顔を向けてくれる。
どうやら、自分で考えてる以上にナーバスになってたみたいだ。
「さ~て、本当だったらしばらく休む予定だったけど、せっかく集まったんだし何か気晴らしの依頼を受けるっていうのはどうかな~?」
「シーチャの案に賛成よ。王都から離れればヴァイスのストーキングを受けることもないでしょうし」
「ディシアの認識はちょっと甘いと思うのです。むしろ外なら王国の目を盗んでやりたい放題できると考えるかもしれないのです」
「んー、あたしにはよくわかんないのだわ。なんでヴァイスって奴はスラッドが断ってるのに、しつこく迫ってるのかしら?」
うーん、エチカの疑問ももっともだ。
あんなふうに強引に迫るより、もっとやり方があるような気がするけど……。
「まあ、とりあえず依頼を受けようよ。しばらく、あいつの顔を忘れたいんだ」
◇ ◇ ◇
ギルドの受付カウンターに行くと、すぐさま見知った顔が現れた。
「はーい、皆さんの依頼はわたしが担当しやすよー!」
「セレネイアさん!」
なんでだろう。
ヴァイスに参っていたせいか、セレネイアさんの笑顔に不思議な安心感を覚える。
「なんでまたアンタなのだわ!?」
いつもどおりエチカは不満げだけど。
「そりゃまあ、スラッドさんの抱える事情を一番知ってんのは私ですしねー」
素敵な営業スマイルを浮かべたセレネイアさんがカウンター越しにコソッと耳打ちしてくる。
「本部長から話は聞きました。あまり目立ちたくないなら真面目な話、事情を知ってる私を通していただいた方がいいと思います」
「ひょっとして前に言ってた適正人事って……」
ザウエルさんが手を回して、俺のことを知ってる人を王都に異動させてくれた……?
「そこは私が有能だったってことにしてもらえません? スラッドさんに相応しい女になれるよう仕事頑張ったのはマジですから」
ふわっとした香りとともにセレネイアさんの顔が離れる。
最後の囁きには、不覚にもドキッとしてしまった。
「で、ですね。皆さんに名指しの依頼が来てます」
「名指しの依頼? 俺たちはまだ正式なパーティ名も決めてないのに、どうして……」
「まあまあ、聞いてください。クライアントは魔術師ギルド。依頼内容はアイテムの護送です」
「ああ、そういうことね~。それなら指名依頼にも納得だわ」
シーチャがそれとなく口にしてくれたおかげで、さすがの俺にも事情が伝わった。
確かに提示された依頼書には荷物の詳細が書かれていない。
十中八九、先日のアーティファクトだろう。
「魔術師ギルドは本格的な研究のために例のブツを旧大陸の魔法国ゼレストまで運びたいそうです。ただ、皆さんは海を渡って旧大陸に行く必要はありません。大陸便の出てる港町で所定の人物に荷物を渡すまでが仕事ですね」
「じゃあ、セイウッド王国から出る必要はないってことね」
ディシアは立場上、新大陸から離れるのは難しい。
俺も旧大陸には行きたくないから、正直この内容は助かる。
道程を考えると、だいたい片道で二週間から三週間ってところかな。
「まあ、道中にモンスターや山賊は出るでしょうけど、皆さんなら楽勝ですし。拘束時間にさえ目を瞑ってもらえれば、ぶっちゃけ観光気分で受けられる簡単な依頼だと思います。依頼料もたくさん出ますしね」
「この条件で破格の報酬額……普通なら勘繰るところだけど、裏事情を考えれば当然の相場だよね~」
「そうそう! 皆さんが信用できる冒険者だからこそですよ。もっとも指名依頼なので受けていただけないとなると、こっちとしても困っちまいますけど……」
まあ、それはそうだよね。
「だいぶ良さげなお仕事です。だからエチカも機嫌を直すのです」
「むぅ……さっきからスラッドがセレネイアにデレデレしすぎなのだわ」
「そ、そうかな?」
至って普通に対応しているつもりなんだけど……。
「スラッドは顔に出るからわかりやすいのよ」
「下心丸見えなのです」
うっ、ディシアとレメリが俺にジト目を向けてくる。
「そ、そっか。じゃあ、やめとく? 別に無理して受ける必要はないんだし……」
女性陣の目を気にする俺をスルーして、シーチャがセレネイアさんに質問を投げかけた。
「一応聞きたいんだけどさ~。これ、ボクらが受けなかった場合はどうなるの?」
「うーん。ここの支部に任せられる冒険者は他にいませんし、別の支部に回されるんじゃないかと思いますね」
「そうなると、やっぱり有力な冒険者に依頼が舞い込むことになるよね? 例えば“黒鴉”のヴァイスとかにさ~」
「えっと……そうですね。そういうこともあるんじゃないかと思いますけど……?」
むっ、むむっ……!
「受けます、この依頼! 承諾印をお願いします!」
「あっ、はい……」
俺に言われるままにセレネイアさんが依頼書に押印したことで契約が完了した。
なんだかシーチャに乗せられた気はするけど……。
「スラッドがやる気になったのです」
「ここまで気合入ってるのは珍しいわね」
レメリとディシアがこそこそ話してる。
だって、ヴァイスにこんなおいしい仕事を取られたら癪だし……!
「うーん、スラッドがそこまでやりたいならいいけど。アイテムの護送だなんて、なんだか退屈そうな仕事なのだわ」
結局、エチカはご機嫌ナナメのままだ。
この後にスイーツとショッピングでご機嫌を取らなきゃと思っていると。
「エチカ、前に海が見たいって言ってなかったっけ? 港町に到着すれば見られるよ~」
「本当!? 行く行く、行きたいのだわ!!」
シーチャの素敵な援護射撃のおかげで、無事に円満解決するのだった。




