1話
魔王が勇者により倒されて3年。魔物はダンジョンにしか現れなくなり、人々は勇者によって作られたかりそめの平和を謳歌していた。
勇者達は勇騎士と呼ばれている戦士たちから選ばれる。
勇騎士とは魔物が世界に溢れ出し魔王が誕生した古の時代、世界政府が彼らに対抗する為に育成された戦士達だ。
北東の地ジャポニカには世界政府公認の4つの勇騎士育成学園があり、北の蝦夷学園、西の難波学園、南の琉球学園、東の穢土学園がそれぞれ競い合っていた。
学生達は勇騎士では無く学徒兵と呼ばれており、卒業後、世界政府の審査に合格した者だけが勇騎士となる。
そして、ここ穢土学園の1年生に1学期が始まってすぐ転校してきた秋月・エリオという16歳の少年がいた。
国費で寮生活をする学徒兵は、普通途中から転入してくることはない。
人々は世界政府により管理されてるからだ。
転入生エリオには職業が無い。この世界では皆生まれながらに職業を持つのだが、彼の職業は空欄なのだ。
そんな彼は稀に見る臆病で、いつも何かに怯えていた。
「おいエリオ、少年ジャンプ買ってきたか?」
同級生の小沢・マコトがエリオの背中を蹴りつけるとニヤニヤといやらしい笑いをする。
マコトは騎士の職業を持ってはいるが、その精神はとても騎士とは言えないほど下劣である。
彼の家は金持ちで、長男の彼を甘やかして育てたため俺様気質なのだ。
そんな甘やかされた環境で育ったため、自分を大きく見せたい彼は小柄な体躯を隠すように、虚勢を張って自分を大きく見せる。
だが、そんな彼も仲間には見せかけの友情を見せる為に仲間が多かった。
その仲間の力を借りて小沢・マコトはイジメを行う。彼に逆らえば後ろに控える仲間が黙っていない、そのせいで誰も彼には逆らえないのだ。
まさに虎の威を借る狐であるが、そのおかげでマコトは一年生のトップチーム“ダーティー・ブロス”のメンバー入りをしている。
「いやだよ、お金だってもらってないし、買えないよ……」
エリオは怯えながら愛想笑いをしてマコトの要求を拒否する。彼は臆病だが絶対にマコトの言うことは聞かない。それがマコトを苛立たせた。
「臆病なゴミ屑は俺の言うこと聞いてれば良いんだよ」
そう言うとマコトは蹴りやパンチをエリオに浴びせる。エリオは大きい身体を丸めて、ひたすら暴力に耐えた。
「デクの棒のくせに生意気でやんすね」
太鼓持ちの山下・トオルがマコトの後ろでゲラゲラと笑うと丸まっているエリオに蹴りを入れる。
彼は戦士の職業を持つ防衛戦士である。
防衛戦士としては細身で普通の防衛戦士より劣るが、人に取り入るのがうまいトオルはマコトに取り入って“ダーティー・ブロス”入りをしているのだ。
虎の威を借る狐の更に威を借る鼬鼠と言ったところだろうか。
トオルがエリオを蹴り飛ばそうとすると、その間に一人の少女が割って入った。
「あんた達、やめなさいよ!」
その少女は魔法使いの有栖川・ミリアだ。彼女は魔法使いだが、使える魔法はレイライと言う暗闇を照らすだけしか能がないモノで最底辺の魔法使いと馬鹿にされていた。
「おやおや、チーム“アホ過ぎ“のミリアさんじゃないですか、最底辺の魔法使いが何のようでやんすか」
トオルが何の力もない魔法使いを下卑た笑いで馬鹿にする。チームの名前をわざと間違えて言うトオルをミリアは眉を潜め睨み返す。
「“アホ過ぎ”じゃないわよ“アカツキ“よ!」
「ミリア、最底辺のお前が俺たちに歯向かっていいと思ってんのかよ」
マコトは自分の前に立ちはだかるミリアの学生服の襟を掴み自分の方に引き寄せた。同じ位の身長だが騎士と魔法使いではその力には雲泥の差があり彼女はなす術もなく吊り上げられた。
そんなミリアを助ける者はいなかった。周りのクラスメイトは分かっているのだ。
イジメられてる者を助ければ助けた者もまたイジメられる。みんな本能でわかっているから関わり合いになるのが嫌だったのだ。
誰かを生贄にして自分だけは助かる、まさに動物らしいと言えば動物らしい本能だ。
ここがサバンナならだれも咎めはしないだろう。だが彼らは人間だ。野生動物ではない。
だが、今ここで人間はミリアしかいなかった。
「やめるっすよ!」
ミリアのパーティーメンバーである戦士の川上・ユウコが我慢できなくなり机を強く叩きミリアを助けようとして立ち上がった。
だが、それに反応してトオルはユウコの腕を掴み力で制する。
女性にしては大柄なユウコは小柄なトオルよりも背が高く、一見してユウコの方が優位に見えるがレベル15のトオルの力にレベル1のユウコではあらがう事ができなかった。
「離すっすよ!」
その拘束から逃れようと暴れるユウコに苛立ったトオルはユウコの腹に膝蹴りを喰らわせた。
ユウコはウッと声上げるとお腹を抑えて倒れ込んだ。
虎の威を借る狐、いや鼬鼠である山下・トオルでも1年生のトップチーム戦士の力は伊達ではなかった。
「マコト、いつまで遊んでるのよ、さっさと教室に帰ってきなさいよ」
隣のクラスの竹下・ミサトが廊下から首だけを入れ、ミリアを吊り上げているマコトを呼び寄せる。
マリアはマコトの恋人で、彼は彼女の尻に敷かれている。そのせいかミサトの言うことには逆らえなかったのだ。
「ちっ! いいか、これに懲りたら二度と生意気な口を聞くんじゃねぇぞ」
マコトはミリアを壁に投げ捨てると彼女の方に唾を吐き捨てる。
「そうでやんす、次はただじゃおかないでやんすよ」
トオルは最後にトドメとばかりにユウコとエリオに蹴りを入れて笑いながら部屋を出て行った。
二人が出ていくと同級生達がミリアの周りに集まりわざとらしく彼女を心配する。
あくまでも彼女たちは良い人でありたいのだ。人を見捨てた悪人とは思われたくないのだ。だから彼女たちはミリアを心配するのだ。
そして、その中の一人がエリオを睨みけた。
「あんた、助けてくれた人も守れないわけ、この臆病者!」
「……ごめん」
ミリアは起き上がると周りの女生徒達見まわす。
「私が助けたかったから助けただけよ、エリオは悪くないわ」
エリオを擁護するミリアに女生徒たちはそれでもエリオが悪いだのエリオはクズだのそれぞれ思い思いの悪口を言う。
だが、その悪口を聞いたミリアは周りを取り囲む女生徒たちに声を上げる。
「弱い人は弱いから声があげられないの! じゃあ、ただ見てたあなた達は何かしてくれた? 何もしてないんだから彼を責めるのは筋違いよ」
その言葉に同級生達は黙り込む。ミリアはそれを見届けると立ち上がり体の埃を払った。
ミリアが立ち上がると同級生はバツが悪くなり散り散りに自分の席へと戻った。
ただエリオだけが彼女の前に申し訳なさそうに立つ。
「エリオあなたは強いわよ」
「……僕が?」
「だって言いなりになってないじゃない。言いなりになれば楽なのに、あなたは反抗してる。言いなりにならないあなたの魂は腐っていないわ」
「……」
ミリアに魂は腐ってないと言われたエリオは自分の胸に手を置いて彼女の言葉を否定するように頭をブンブンと横に振った。
そんな彼を見てミリアはエリオに手を差し出す。
「ねえ、エリオ、あなた私たちのチームに入りなさいよ」
「え?」
「ちょ、エリオを仲間にするのは反対っすよ!」
お腹をさすりながらユウコはミリアに抗議をする。ユウコは助けてくれたミリアを助けずに、ただ丸まっていたエリオを許せなかったのだ。
「別にいいと思いますわよ」
同じチームメンバーである神官のマリア=ベル=フランシスがメガネをクイッとあげてそう言うと、再び本に視線を落とした。
彼女の興味はフランシス十字聖教の教典だけで、それ以外はどうでもいいことなのだ。
「マリアは何も考えてないからダメなんっすよ!」
ユウコはジタンダを踏み、どうでも良いと言うような態度のマリアに抗議をするが彼女はギャンギャン騒ぐユウコを一瞥すると無視をするようにヘッドホンを耳に当て分厚い聖典をめくった。
マリアは人とのつながりを極端に嫌う。それは彼女の生い立ちに関係がある。マリアはフランシス王国の第一王女である。
フランシス王国の第一王女は代々聖女となることを義務付けられており、彼女も聖女となるべくして育てられていた。
通常、聖女は15歳でその能力を開花させる。しかし、マリアは聖女としての能力を開花することがなかった。
そのことで彼女はもちろんの事、王女である彼女の母も責められ幽閉された。
そしてフランシス王国はマリアを出来損ないとして第一王女の位を剥奪し東方の地へ追い出したのだ。
15歳までは蝶よ花よと育てられチヤホヤしていたのに、才能がないとわかると掌を返して冷たくなった周囲の人間を見てマリアは極度の人間不信になった。
それからと言うものマリアは心を閉ざし誰とも関わらなくった。
だが、一人ぼっちだったマリアもミリアの猛烈なアタックの前にはその鉄壁の精神防御壁も簡単に壊され、彼女のチームに強制加入させられたのだった。
「ユウコ、これは決定事項よ」
「でもっす――」
拒絶するユウコにミリアは彼女の口元に指を置いて彼女の言葉をさえぎった。いつもならここで折れるのだがユウコはミリアの手を取ってさらに反論する。
「だって本人がやる気ないっすよ! エリオだって入る気はないっすよね!」
ユウコはビクビクする彼を脅すように言う。完全に断れと言うような表情で睨みつける彼女の表情は完全に悪鬼羅刹のそれである。
その顔にエリオはたじろぎ、あとずさると壁の隅に逃げ縮こまった。
そんな彼をミリアは腕を掴んで立たせて椅子に座らせると、ミリアも当然のように入るわよねとニコリと無言の圧力を加えた。
まるで大岡越前の子供の腕を引っ張って勝った方が母親と認めると言った大岡裁きのように二人の意見に引っ張られエリオは今にも泣きそうに顔を歪ませた。
最終的に多数決で決定することになり、ミリアとマリアの賛成でユウコの反対意見は封じ込められたのだ。
ユウコは驚いた、マリアは他人に興味がない、それなのに聖典から目を離しエリオをじっと見つめていたからだ。
マリアはエリオと自分を重ねていたのだ、いらないモノとして捨てられた自分と生徒たちからいらないモノとされている彼とを。
「お前ら騒がしいぞさっさと席につけ!」
いつの間にか授業開始のチャイムが鳴っており、教師が出席簿を手で叩きながら教室へ入ってきた。
みんなが席へ戻る中、ミリアはお昼休み付き合ってねとエリオにそう言うと自分の席へと戻って行った。