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鬼と財前〜おいしいお菓子がございます。お茶も沸かしてございます〜

 2日後。


 竹藪に財前が再び現れた。


 鬼は竹を割って青竹踏みを作っているところだった。彼はそれを毎日踏むことにより足裏の血行を良くし、健康の更なる増進に努めていた。


 まず財前は美味だったと礼を言って一昨日のタッパーを鬼に返した。鬼はタッパーくらい返さなくて良いのにと思いながらもそれを受け取った。


「また来たよ。へぇ、DIYってヤツ?」


「大抵のものはそこら辺にある物質で調達出来る。今日は何で勝負するんだ?」


「これを持って来た」


 財前は持参した袋の口を開き中のスーパーファミコンを鬼に示した。彼は今、レトロゲームにはまっている。しかし対戦相手がいない。自身はさっさと推薦入学を決めたが級友は皆んな受験戦争まっただ中だからだ。もし「スーファミしようぜ!」などと誘ったらグーで強めに殴られる事請け合いだ。


「ゲームで勝負しよう」


「俺はやった事がない。卑怯だぞ」


「大丈夫、ルールもやり方も教えるし、ハンデも与えるから」


「それならやってみてから考える」


「マリオカートで勝負だ!」


 2人は竹小屋に入った。3LDKの広々とした造りで、天井には洒落た竹製シャンデリアがぶら下がり、主婦憧れのウォークインクローゼットもある。開放感あふれるテラスまであり、もはや、小屋ではない。


 不法投棄テレビ(4K)を自力で修理したものにゲームを接続して、早速始める。映像が美しい。


 財前は鬼に懇切丁寧にマリカーのルール、操作法、各キャラクターの特性などを説明した。鬼は驚くべき飲み込みの早さでそれらを覚えた。ハンデなんて最初から要らないくらいだった。


 財前はクッパを、鬼はヨッシーを選んだ。2人対戦モードで3回勝負をし、結果は2対1で鬼の勝ちだった。


 財前はまた歯ぎしりした。


――かつてドリフトの貴公子とまで呼ばれたこの俺が……!


 帰ってもどうせ暇だったので財前は鬼とそのままマリカーを続けた。


 彼らは適度に休憩を取った。財前は両親のしつけ通り、一時間おきに目を休ませるというルールを忠実に守ったのだ。


 休憩中財前は、鬼が昨日作っておいた風呂吹き大根をご馳走になった。自家製椎茸の出汁と、これも自家製の味噌がふんだんに使用されており箸が止まらない。


 あまりにも財前がパクつくので鬼はまたタッパーに詰めて持たせてやった。


 鬼も財前とのひと時をそれなりに楽しんだ。



✳︎



 また2日後。


 財前が竹藪にやって来た時、鬼は竹製の洗濯桶で洗濯をしている最中だった。


「寒いのに精が出るな」


「普段は全自動洗濯機でやっているんだが、デリケートな衣類はこうしないと長持ちしないんだ」


 テラスに洗濯物を干すのを待ってから、財前はまた袋からスーパーファミコンを取り出した。


「またゲームか。お前も懲りないな」


「次こそ勝つ」


 今回はテトリスだった。鬼はまたすぐにルールや操作法を理解した。


 3回勝負を行ったが、またまた鬼が2対1で勝った。財前は地団駄を踏んだ。


――かつてT-スピンの御曹司とまで呼ばれたこの俺が……!


 今日のご飯は牡丹鍋だった。例によって例の如くそこら辺を突進していた猪を捕獲したのだ。それに畑で栽培した今が旬の大根や春菊、白菜、大豆から作った豆腐を鍋に投入、味噌を溶かし込みコトコト煮込んだのである。


 実は財前の目的の半分はご馳走だったので、ウキウキと完成を待っていた。


 そして2人でハフハフしながらそれを食べ、またタッパーで残りを持ち帰るのだった。




✳︎




 この様にして財前は一日置きに鬼の元を訪れた。本当は毎日でも鬼と会いたかったのだが、迷惑だろうと考えたのだ。


 いつもご馳走してもらうのは悪いので、和菓子や衣服や、さすがにそこら辺を練り歩いていない黒豚バラや魚介類などを提供した。


 そしてソリティアやツイスターゲームや将棋崩し、スーパーマリオワールドの1面をクリアするまでの所要時間などで勝負をした。


 財前はツチノコの捜索権を巡って勝負するという建前の元やって来たが、もはや彼にとってツチノコなんてどうでも良くなっていた。


 大自然の中、そこら辺にある物だけを利用して知恵や工夫でもって逞しく生きている鬼を見ていると、自分にまとわりつく「優等生」のレッテルで悩むなんてちっぽけな事のように思えてきた。ただ、照れ臭かったからだ。


 純粋に鬼と遊ぶのが楽しかったし、そもそもツチノコを捕らえる事よりも、完璧野生児パーフェクト・ワイルドボーイである鬼と戯れる方がよっぽどクレイジーであろう。

財前は農耕や養鶏や竹小屋の修繕を手伝ったり、恋バナを話し合ったりして鬼との絆を深めていった。



✳︎



 ある日の事。


 今日も今日とて鬼に相手をして貰おうと財前は竹小屋を訪れた。


 本日の手土産は玉露茶だ。彼の家は小児科内科・皮膚科を標榜する開業医だった。患者からのお歳暮にそれがあったのを親に頼んで貰ってきたのだ。


 鬼は気を利かせてすぐに茶を淹れてくれた。ところが、鬼は湯呑みを倒して茶を服に浴びてしまった。先日牡丹鍋に使用したイノシシの毛皮で作った防寒着と、その下のよもぎ染めの衣服が濡れてしまった。


 鬼は服をめくって、濡れた部分を手拭いで挟み乾かそうとした。


 その時、鬼の左脇腹の奇妙な模様がチラリズムしたのを、財前は見逃さなかった。


 幅が5センチ程でピンク色の、ハートを逆さまにして縦半分に切ったような形をしている。中央に「P」の文字。

財前は初めて鬼と会った時に感じた親近感の意味を直感で悟った。


「兄さん……‼︎」


 財前は鬼の目を真っ直ぐに見つめてそう言った。鬼は訳が分からなかった、しかし財前の真剣な表情に見入った。


 数秒の沈黙の後、財前は自分も服をめくり右脇腹を鬼に示した。


 鬼の脇腹にある模様を左右反転させたものがあった。ただし、中央の文字は「B」。


 再び2人は無言で見つめあった。どちらからともなく体をひっつけその模様を合わせてみた。


 ……ぴったりとマッチした。


「俺はこれがただの蒙古斑(もうこはん)だと思っていた」と、鬼は言った。財前は、こいつは意外と天然なのだなと思い、鬼が愛しくなった。


 それから財前は親から聞いて自身の知っている事を鬼に話し出した。



✳︎



 ……約18年前。


 長崎港に巨大桃がぷかりぷかりと浮いているのを釣り人達が発見した。彼らは「なんだこりゃ」と言いながら数人がかりで何とか巨大桃を岸へ上げた。


 すると巨大桃は突然大音量にて泣き出した。釣り人達はあまりの不可解な状況に大パニックを起こした。


 とりあえず距離をとって遠巻きにし、一人が警察に通報した。


「超デカい桃が泣いてるんです!」


「モモ? モモって果物のですか?」


「はい、果物の超デカい桃が泣いてるんです!」


「落ち着いて下さい、落ち着いて状況を説明して下さい!」


「だから、超デカい桃が泣いてるって言ってるじゃねぇか‼︎」


 通報者はキレた。警察は全く状況が分からなかったが、何だか大変な事が起きていると判断し、彼からどうにか場所を聞き出して駆けつけた。


 ……超デカい桃が泣いてた。


 これは一体何だろう、駆けつけた警察官は困惑した。


 もしかして何らかの兵器の可能性がある。そう結論付けた警察は自衛隊の爆発物処理班を要請した。


 光の速さで到着した処理班は早速作業に取り掛かった。


 徐ろに桃を切開する。自衛官は凄まじい緊張を強いられた。何しろ、号泣する巨大桃を解体するなどというミッションは初めてだ。


――そもそも何なんだよ、巨大桃って‼︎


 内部には新生児っぽいのが入っていた。全くもって驚き桃の木山椒の木である。


どう見ても人間の新生児であったので、とりあえずそれを大 学病院の小児科に搬送した。


 診察の結果やっぱり人間の新生児で、健康に問題は無く元気に泣いているだけとの事であった。


 よく見ると新生児の濡れた皮膚にペタリと紙がへばりついていた。そこにはこう書かれていた。


『のっぴきならない事情により、息子2人をそれぞれ巨大桃に詰めて川に流しました。脇腹にPと有るのが兄の桃太、Bと有るのが弟の海太です。2人の模様を合わせると桃になります。2人は双子です。2人とも、兄弟仲良く協力して生きてね、大きくなったらそう伝えて下さい。母より』


 それを読んだ人々は、巨大桃に新生児を詰める程の差し迫った事情って一体何なんだよ、それに至る過程で何があったんだよ、そしてどんだけ桃に思い入れがあるんだよと誰もが突っ込みたい感情を懸命に押さえた。


 桃太の入った巨大桃の拾われた二級河川・浦上川は南下して最終的に長崎港へ注ぐ。もう一方の巨大桃は川で拾われず、海に到達しそこでやっと発見されたのだった。もちろん桃太の体にも同じ手紙がくっ付いていたのだが、彼が文字を読めるようになる前に土へ還っていた。


 警察は直ちにもう一つの巨大桃の行方を捜したが、桃を拾った老女は全てを忘れていたし、対応した巡査は巨大桃の処理方法に対しての処罰を恐れて黙っていた。罪悪感から後で竹藪に行ってみたが、桃は新生児が完食していた上に新生児はあんよを覚えたばかりで牛の乳を吸いに遠征していたので不在であった。


 その後長崎港で発見された方の新生児は乳児院に運ばれ、そこで生活を送ることになる。


 新生児を診察した小児科医には子どもがなかった。彼はこれも何かの縁であると新生児と養子縁組を結ぼうと決意した。


 小児科医は大学病院などの勤務を経て、やがて小児科内科・皮膚科医院を開業する。優しき両親の元で海太はすくすくと何不自由なく成長し、大学合格をきっかけに自身が巨大桃出身であると打ち明けられ、今に至る。




✳︎




「成る程、(ピーチ)(ビーチ)で韻を踏んでいるのだな」


 桃太は結構どうでもいい事を口走った。


 そして突然、ミュージカルの如く桃太は歌を歌い出した。


「ぼくの名前は桃太」


 海太が続ける。


「ぼくの名前は海太」


「二人あわせてヤンマーだ」


「きみとぼくとでヤンマーだ」


「小さなものから大きなものまで」


「動かす力だ」


「「ヤンマーディーゼル!!!!!」」


 二人は共に絶叫する。息はぴったりだった。二人合わせてもヤンマーにならない事など、もはやどうでも良かった。


 桃太はこれを、珍しく民放を見た際に覚えた。彼は大抵の物事を一度見ただけで記憶する事が出来るのだ。


 彼らは息を切らせ、手を握り合った。


「兄さん」


「弟よ」


 俺達は生き別れた兄弟……。


「兄さん、俺の両親に兄さんの事話すよ。ここじゃ不便だろう、一緒に暮らそう」


「海太は好きだ。でも人間をゆるすことはできない」


 桃太は竹小屋にゴミを投げ入れられたりした過去から、人嫌いになっていた。


「それでもいい。兄さんは竹藪で、俺は小児科内科・皮膚科医院でくらそう。共に生きよう。会いに行くよ。スーファミを持って」




✳︎




 その後桃太は竹藪でのスローライフを続け、海太は医学部にて多忙な日々を送った。


 それでも海太は時々「桃太ぁ、スーファミやろうぜ!」と突然やって来て、ぷよぷよやMOTHER2やゼルダの伝説神々のトライフォースなどを一緒にプレイした。


 海太は交際相手が出来ても彼女と過ごすより桃太との時間を優先したので、「私と鬼、どっちが大事なの」と振られたりもした。


 海太は卒業後小児科の専門医を取り、同期の外科医と結婚し家を継ぎ、医院の看板を小児科内科外科皮膚科医院に変更し地域医療に貢献した。


 海太の3人の子ども達は桃太にすっかり懐き竹小屋に入り浸ったりもしたが、桃太も甥や姪が可愛かったし作った料理を食べてくれる人が多い方が張り合いがあった。


 桃太は得意の竹細工で揺りかごから歩行器から知育おもちゃから全てを作製し、甥姪に与えた。


 桃太が風邪を引いたり怪我をしたり、年をとって痛風に苦しんだ時は、戸籍はもちろん保険証もない彼の為に、海太が薬を都合したりと力になった。


 双子の兄弟は母の手紙の通り、仲良く協力して生きたのだ。


 海太は、桃太がその容貌から町の人々に駆除されかけた時は一役買って彼らの仲を取り持ったし、竹藪を伐採してのニュータウン開発計画が持ち上がった際には計画中止を求めて奔走するのだが、それはまた、別のお話。





ありがとうございました。

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