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桃の行方〜真相は竹藪の中〜

 一人の老女が長崎市北部を流れる二級河川・浦上川の脇を徘徊していた。


 すると川上から巨大桃が流れて来た。


 老女は両手を伸ばしてそれを拾い上げた。重量が7キログラム以上あり、ずしりと重い。


 一般的な後期高齢者ならば抱えるのに難儀するだろうが、この老女は昔、女力士だった。高校時代、女子相撲部のエースだったのだ。


 彼女は部室であるプレハブ小屋の壁を利用してぶつかり稽古を行い部室を全壊させた為に退部させられたという悲しき過去の持ち主であった。


 老女は現役の力士ではもちろん無い。しかしかつて「ミス・鯖折(さばお)り」という異名を欲しいままにした怪力の名残を留めたマッスルでもって、マシマロを持つように軽々と巨大桃を担ぎ交番に向かった。


拾得物として届けるためであった。


 対応した巡査は戸惑った。「川で拾ったばい」とは言われたが、川で拾った果物は拾得物なのだろうか? 木から落ちてひしゃげた渋柿などと同じような扱いとなるのでは無いのだろうか? しかも大きさが規格外だ。


 さらにはこの老女、受け答えがどうも怪しい。


「どこの川ですか?」


「そうばい、昨日の日経平均の終値は20,037円やったけんね」


「お名前は何ですか?」


「主人との馴れ初めはね、同じ高校の先輩後輩やったとよ。花金に学校ばエスケープしてランデブーしてエッチスケッチワンタッチでねぇ」


 この話は長くなりそうだ、と毛頭興味ない老女の青春(ユースフルデイズ)を聞かされうんざりしながらふと見ると、彼女は首に名前や電話番号の書かれたペンダントをぶら下げている。いわゆる迷子札のようだ。どうやら認知症を患っているらしい。


 巡査は早速その番号に電話をかけてみた。嫁と思われる女性が電話に出て、直ぐに迎えに行きますと答えた。


 10分足らずで50代くらいの女性が現れた。


「お義母さん! 勝手に外に出ないで下さい!」


 彼女は只でさえ(しゅうと)、つまり老女の夫が亡くなった直後でバタバタしているのだ。何とか初七日を済ませたばかりで、その準備もマイペースな夫の代わりに殆ど自分でやった。


「迷惑かけるねぇ、佳奈」


「私はあなたの娘の佳奈さんじゃなくて、嫁の麻子ですッ!」


「帰ってヨリと一緒に乾パンでも食べようで」


義叔母(おば)さんはとっくの昔に他界しましたッ!」


 麻子はバイカル湖より深い溜息をつく。


――何故私は長男なんかと結婚してしまったんだろう。子どもが独立したと思ったら今度は義理両親の介護……。2人の息子は夫に似てボーッとしてるから私の面倒なんか見てくれないだろうし、そもそも全く帰って来ない。やっぱり親友のユッコの言う通り、地方公務員のキープ君の方と結婚しとけばよかった……。


 額に青筋を浮かべに浮かべた麻子が姑を伴い立ち去った後、巡査は「歩く遺失物め、やっと帰ったか……」と高齢の方にとても失礼な事を呟いた。


 巡査はとりあえずホッとした。が、彼は目の前の巨大桃の事をやっと思い出した。


 巨大桃をどう処理しよう……巡査は悩んだ。


 第一この巨大さはなんなのだろうか。食べられるのだろうか、しかし大きくなりすぎたものはマズイと相場が決まっている。


 巨大桃を見つめていると、次第に腹が立ってきた。元妻の事を思い出すのだ。何故なら元妻は名前が「桃子」だったからだ。さらにいうと旧姓が大木で、大木桃子、つまり巨大桃そのものなのだ。


 巡査は昨年離婚していた。妻の浮気が原因だった。「いいなぁ〜、バツイチが一番モテるんだぞ〜」という友人の慰めを真に受けた彼は、うはうはハーレムを期待していたがちっともモテない事にフラストレーションを溜め込んでいた。


――そもそも「巨大桃」って何なんだよ‼︎


 全てが面倒になった彼は交番裏の竹藪に巨大桃を投棄した。



✳︎



 実は巨大桃の内部には新生児が入っていた。


 新生児は空腹で泣き出した。彼は泣き続けた。


 途中、高齢男性が徘徊して来たが、重度の難聴を患っていた上、巨大桃の手前の竹の中に小さな女の子がいたのでそれに気を取られ巨大桃には気づかなかった。彼は小さな女の子を手に乗せ引き返した。いわゆる一つの竹取の翁である。


 次にまともそうな中年男性が来たが、新生児は泣き疲れて眠っていた上に、彼は巨大桃の手前の竹藪に1億円が落ちていたのを拾ったので、交番に届けるためそこで引き返した。


 結局巨大桃は誰にも気付かれず、内部の新生児は果肉を内側から摂取する事により生きながらえた。


 桃の豊富なビタミンC効果により、乳児湿疹とは無縁のお肌は常に、桃だけにピッチピチであった。


 それと同時に彼は泣く事で全身の肌が赤くなり果て、頭蓋は変形し頭頂部には一つの突起が生じた。さながら鬼のようなルックスとなったのである。


 その後彼は恐るべきタフネスで、誰にも教わる事なく生きる術を身につけた。


 まず、通常ならば3ヶ月程度かかる首すわりを3日で済ませ、1週間で掴まり立ち、10日であんよを覚えた。オムツなんて、生後半年で取ってしまった。生え変わりが面倒なので1歳の段階で永久歯を親知らず以外全て揃えた。味気ない離乳食をすっ飛ばして最初から普通食を頂いた。


 そこら辺に無限に生えている竹を利用し小屋を建て、独学で竹細工を極め籠や傘を編んだ。


 そこら辺に放牧されている牛の乳を吸い、また乳からチーズを作り、そこら辺を飛んでいる鶏を捕まえ採卵し、動物性タンパク質を摂取した。


 竹藪であるから筍なんて、取り放題だ。彼は春になると若竹煮や筍の天ぷらやバター醤油焼き、炊き込みご飯などを調理し舌鼓を打った。


 また竹藪の一部を田畑にして稲や野菜を栽培し、炭水化物やミネラルやビタミンを摂取した。


 カイコの繭糸やアサやカラムシなどの繊維を編んで衣服を作り、そこら辺に自生しているよもぎやたんぽぽの草木染めでシャレオツな模様を染め出しオサレを楽しんだ。


 さらにそこら辺に不法投棄されたテレビやガラクタで雨水ろ過装置を作り水分を確保、テレビを修理し電線から電気を引く事で世の中の事も勉強した。


 彼は主にNHKを視聴した。「おはよう日本」と共に起き、「みんなのうた」で情操を養い、「連続テレビ小説」で涙を流し、「高校講座」で貪欲に知識を吸収した。


 語学番組にて日本語のみならず英語や中国語も習得し、若きトリリンガルとなった。


 彼は竹藪ライフをそれなりにエンジョイしていた。


 他人との関わりは皆無であったが、捨て犬のポチ、捨て猿の猿渡(さるわたり)、捨て国鳥のキジピーも側にいたし、木の枝と投棄された家電から取り出した針金で作製したハープを奏でていると愛らしい小鳥が肩に止まってさえずったりもするので、寂しさもあまり感じなかった。



✳︎



 ……早くも18年の歳月が経った。


 彼が18歳の冬。


 ここからは便宜的に、彼の事を「鬼」と呼ぶ事にする。


 その若者がやって来たのは鬼が竹小屋の側で「きょうの料理」で培った腕を存分に振るい「塩麹(しおこうじ)漬け鳥もも肉の照り焼き」をこしらえているところだった。


 若者はフッサフッサした大量の毛のついたフード付きの上等そうなコートに身を包み、虫取り網と大きな袋を持っていた。


 彼は鬼を見て開口一番、


「鬼や……あんたは鬼やッ……!」


と叫んだ。


 同時に彼は「交番裏の竹藪には『つのつの一本赤鬼どん』が出る」という噂を思い出した。


 鬼を見た大抵の人は彼と同じような反応を見せるので鬼はもう慣れっこだった。なので


「そうですね、そうですね」


とだけ言って料理に戻った。


 若者は最初こそ驚いたが不思議と鬼に親近感が湧いた。理由はわからない。


 それに鬼の作る「塩麹漬け鳥もも肉の照り焼き」の香ばしい匂いに心奪われた。


 しかし初対面で「ふんふん、さては今日のおかずは『塩麹漬け鳥もも肉の照り焼き』ですね! 実に良い香りだ!」と言ってさりげなくおこぼれにあずかる事が出来るよう誘導するには、初対面ではさすがに厚かましいと思うだけの分別があった。


 だから、


「俺、財前(ざいぜん)と言います。実はツチノコを探してまして、この辺をウロウロしても良いですか?」


と用件だけを言った。


 財前は地元国立大医学部への進学を推薦にて早々に決めており、暇を持て余していた。既に運転免許も一発で取得しており、やる事がなかった。


 鬼は自身の縄張り(テリトリー)に立ち入られる事を何より嫌った。彼は財前に言う。


「この辺には青大将は掃いて捨てる程いる。(まむし)も煮しめて食べる程いる。しかし18年住んでいてツチノコなんか見た事がない」


 財前はそれを聞いて残念に思ったが、親近感の正体を突き止めたいと思い会話を続けた。


「蝮って煮しめたら食べられるんですか?」


「ものの例えだろ」


「18年住んでるって事は18歳ですか?」


「あぁ、そうだ」


「じゃあ、俺とタメだよ!」


 財前は急に馴れ馴れしい口調となった。


「だからどうした、さっさと帰れ」


 鬼はにべもない態度である。


 財前がツチノコを探すのには訳があった。成績優秀で面倒見が良く、生徒会の書記もしていた彼は自分に貼られた「優等生」というレッテルを引っぺがしたかった。級友達にツチノコを見せて、「意外とあいつはクレイジー」という武勇伝を残したかった。ここで引く訳にはいかなかった。


「他のめぼしい場所は全て探したんだけど、見つからなかった。後はここだけなんだ。自分の目で確かめたいから、探させてくれよ」


「そんなに言うのなら、勝負に勝ったら許可を与えてやる」


「わかった。何で勝負する?」


「将棋、囲碁、卓球、スカッシュ、相撲、コインタワー積み、生け花、その他何でも良いぞ。お前の好きなのを選べ」


 鬼はいつもならば捨て犬の3代目ポチ、捨て猿の猿渡、捨て国鳥の2代目キジピーをけしかけて人間を追い払うのだが、珍しく譲歩した。


 何故か親近感を覚えたのは、財前だけでなく鬼も同じだったからだ。


 財前は囲碁部だったので囲碁を選択した。鬼は碁盤を運んできた。秒読みは2代目キジピーが担当した。


 鬼は料理を作りながら碁石を打つし長考ばかりするしで財前は閉口したが、財前が今まで戦った誰よりも強かった。「NHK杯テレビ囲碁トーナメント」視聴により棋力向上に励んだ結果だ。


 勝負は鬼の2目半勝ちであった。財前は歯ぎしりした。


――高校囲碁選手権大会でベスト8の手前の手前くらいまで行ったのになんてザマだ!


 鬼は、財前があまりにも「塩麹漬け鳥もも肉の照り焼き」をチラッチラチラッチラ見まくるので不憫に思いタッパーに入れて少し分けてあげた。財前は丁重に礼を言い、また別の勝負をしようと約束して去った。

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