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知らない天井。  作者: 「さ」と「し」
2/2

海 ――

 爽やかな潮風が頬を掠める。同時に潮の香りが鼻腔をくすぐる。

 既に陽は傾いており、周囲を見渡すと丸焼きたこせんべいやしらすソフトクリームを食べ歩く人がちらほらと確認できる。

 江ノ島へと続く江ノ島弁天橋は観光客で賑わっている。

 干潮時には橋を利用せずに江ノ島まで徒歩で行けるそうだが……まだ潮が引いている途中のようだ。

 前にも何度か訪れたことはあったが、未だに干潮時の江ノ島には会えたことがない。非常に残念だ。

 家からは地下鉄を何度か乗り換えて在来線で鎌倉へ。そこからは江ノ電に乗り継ぎ、江ノ島駅で下車。そして今は、国道134号線と305号線が交わる交差点にいる。

 本来ならば、江ノ島駅で降りるより腰越駅で降りた方が早く江ノ島へ行けるのだが、今回は……いや、今回も江ノ島で降りた。なにか特別な理由がある訳ではない。なんとなくだ。

 それにしても『しらす』の文字が多い。駅から交差点までの道だけでも『しらす』の文字がいくつあったことやら。

「さてと……江ノ島行くか――」


 そう呟いて、僕は江ノ島へと足を向けた。


 *


「はぁ……」

『ため息をつくと幸せが逃げる』と、よく言うが……あれだけの階段や坂を登ってきたんだ。ため息の一つや二つ、ついてもいいだろ……。

 江ノ島は傾斜のきつい坂や階段が多い。だから『江ノ島エスカー』すなわち、エスカレーターを利用する人も多いのだが……金銭的に余裕がなかったので自力で登ってきたというわけだ。


 江ノ島と言えば映画や曲、ラノベ……いわゆるライトノベルの舞台にもなっている。

 僕はラノベが好きだ――

 いや、好きだった。

 お金を稼いでくれる保護者がいなくなった今、お金を稼いでくれる優しい大人がどこにいようか。

 そんなの性欲に満ちたオバサンくらいだろう。尤も、僕は目付きがなかなか悪くて友達もあまりできなかったタチだ。だから変態に養われるようなことにはならない。

 かと言って、自分で稼ごうにも中卒で雇うところなんてこのご時世にありはしない。

 

 話を戻そう。僕は聖地巡礼も兼ねて最初の旅先を江ノ島にしたのだ。

 この江ノ島周辺は僕の大好きなラノベの舞台なんだ。もちろん江ノ島は重要なシーンの舞台になっている。


 しばらくして太平洋を一望できるデッキまで辿り着き、木製の柵に肘をついてもたれかかる。

 夕日が沈むまであと2時間はあるだろうか。まだオレンジ色に染まる前の空と海を眺めて、例のラノベのシーンを思い返す。自分の人生と物語を比べて、現実と物語はこうも違うのかと痛い程実感した。

 こうして海を見つめていると、いろんなことを落ち着いて考えてしまう。

 デッキでぼーっとして何分経っただろうか。

 不意に僕はこんなことを口にしていた。

「この海の向こうには、豊かな人とか貧しい人が沢山いるんだろうな……」

 ふと気づくと、僕の隣には1人の少女が立っており、明らかにこちらをジッと見つめていた。白いTシャツにジーンズにスニーカーといったとてもラフな格好をしている。

 そして彼女は口を開く。

「君もそう思う?人種差別とかでお互いの違いを認めてもらえなくて困窮している人が沢山いるんだよね……」

 彼女に唐突に話しかけられて僕は一瞬だけドキッとしたけど、ドキッとした本当の理由はそこにはない。本当は彼女の小悪魔のような可愛いさにドキッとしたのだ。

 顔は小さく、髪は艶のある黒いポニーテール。黒くて奥が深い瞳とは相反する白い肌。身長は160センチくらいだろうか。そして胸は餡饅みたいな形をしており、華奢な体にしてはなかなか大きくて綺麗なシルエットをしている。そしてこの上目遣い!これがなんとも、こう……形容しがたい可愛いさがある。

 内心、「おいおいおい……旅の初手からこんな可愛い子に出逢うなんて、僕は旅の途中で死ぬのか?」と思った。

 ドキドキって柄でもない僕はジトっとした目で彼女を見つめていた。いや、向こうからすれば睨まれていると感じただろうが……。

 ふとした瞬間、彼女と目が合って体全体の温度が急上昇するのを感じた。まるでアッツアツのサウナに入ったみたいだった。

 僕が咄嗟に顔を逸らすと、彼女はニコッと笑ってこう言った。

「へぇ〜、照れてるんだ」

 ……可愛い過ぎるだろ。可愛い過ぎて僕はもう絶句していた。

 そして彼女は僕の反応なんて気にもとめずに海を見つめる。

 だけど、向こうが折角話しかけてくれたんだ。返事をしなければならない。

「……お、思うよ。この景色とナイアガラの滝の景色の両方が綺麗なのと同じでさ、人間にも優劣なんてないんだよ。そりゃあ部分的に見れば優劣はあるかもしれない。だけど他の部分では優劣が逆転しているんだよね。それが個性っていうもの」


 ――何言ってんだ僕は。


 女の子の前だからってカッコつけてんだろうか。もう最悪だ……完全にキモいやつ認定されたな。

「目付きによらずいいこと言うじゃん!」

「え?」

 その彼女の一言には驚きだった。こんなに素直に褒めてくれる人がいるなんて思いもしなかった。今までに出会ってきた大人たちはお世辞で褒めてくれた。それが僕のためにならないとも知らずに。

 でも彼女は違った。

 僕は笑いながら彼女にツッコんだ。

「目付きが悪いってなんだよ。まあ、自覚してはいるんだけどね。だけどさ、素直に褒めてくれて嬉しかったよ」

「そっか」

 彼女は再びニコッと笑ってこちらを見る。

「そもそもの話、僕は人種差別って言葉がさらなる人種差別を作ってると思うんだよね」

「私も同感」

 彼女は一体なんなんだろう。

「君、いくつ?名前は?」

 この場合、いくつ?というのは年齢のことだろう。

「15歳。名前は佐倉さくら凛月りつ。佐倉城の佐倉に凛とした月で凛月。高校には通ってない」

 自分で応えつつも胸が締め付けられるのを感じた。

「同い年じゃん!身長高いから年上だと思ってた!170後半くらいでしょ?」

「そうだけど……お前な、年上だと思ってたならそれ相応の口の利き方しろよ?」

 お互いに同い年と分かるとすぐに会話が弾んだ。

 会話してる中で彼女の名前や面白い話を聞けた。

 彼女の名前は春日井かすがいゑりこ。趣味は散歩で苦手な教科は体育と理系らしい。

 彼女はよく小さい子に「るりこ」と名前を間違われるらしい。仕方ないけど僕も共感出来る。「りんげつ」とか「りつき」と、よく呼び間違われるからだ。

 そんなくだらない話をしていると、不思議と自分がなぜここに居るかを話したくなった。話したくなったのも事実だが、ゑりこになら気を許せると思ったのだ。

 だから話した。全部。ここまでの経緯をありのまま全て話した。

 するとゑりこは特に驚きもせずに聴いてくれた。僕はますますゑりこのことが気に入った。


 ゑりこと話し始めてからどれくらい経っただろうか。話に花を咲かせている間に、七里ヶ浜の中腹まで移動してきていた。夕陽が海の向こうへと沈んでゆく。そうしたら、海の向こうは朝を迎えるんだろうなとしみじみと思った。

 腕時計に目を移すと……暗くてあまり見えない。

 困っている僕を見兼ねてゑりこはスマホを取り出して「18時過ぎてるよ」と教えてくれた。

「そろそろ帰った方がいいんじゃない?」

 僕がそう言うと、ゑりこは心配そうな顔をしてこう言った。

「凛月は……どこに泊まるの?」

 …………………………………………?!

 しまった。観光やゑりことの会話に夢中で、完全に泊まる場所の確保を忘れていた。

 どうしよう……。

 焦りと不安感に煽られて心臓が撫でられているような感覚に陥り、足は竦んで体が腹から震えだした。目は泳ぎ、手は無意味にバックの中を漁る。


 そんな僕を見てゑりこは困った顔をして言った――


「――ウチ、泊まる?」


 *


 僕は世の中はそんなに甘くないと、甘く見すぎていた――

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