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悲哀のラブドール

作者: チャンドラ

「お、俺と結婚してください!」

「はい……喜んで」


 今年で二十五になるこの俺、板橋真斗いたばしまさとは人生初のプロポーズを見事成功させた。

 プロポーズをOKしてくれた彼女の稲垣香代いながきかよとは二年前、行きつけのバーで出会い、意気投合し、交際を開始した。

 俺の二つ下である香代はスタイルが良くてとても可愛く、まさに俺の理想的な女性であり、結婚したいと前々から考えていた。

 そして今日、意を決して告白し、プロポーズをしたのだった。

「や、やったー!」

 香代からOKをもらい、人目も憚らず俺は腕を上げて喜んだ。

 これから幸せな生活が始まるんだ。その時の俺はそう確信していた。




「さてと寝るか……」

 香代へのプロポーズ後、俺は家に戻り、ゆっくりと眠ることにした。

 今日は人生最高の日である。とても良い夢が見られそうだ。

 そう思いながら目を閉じ、深い眠りへと落ちた――


「真斗くん」

 俺の目の前に女性が現れた。身体が氷のように固まり、全く動くことのできない。

 目の前に立っている女性は俺の知っている人――といってもその人は香代ではなかった。

 さらにもっと言えば『人間』でもなかった。

「あ、アキ……」

 忘れもしないサラッとした長めの茶色い髪、生気を感じさせない白い肌、ぷくっとした朱色の唇、衣装を大きく押し上げる大きな胸元。

 彼女の名はアキ。

 彼女は人間ではない。いわゆる『ラブドール』と呼ばれる性欲処理用の等身大人形である。

 香代と出会う前、全くモテなかった俺はラブドールで自分を慰めるため、自分の好みのラブドールを購入した。

 購入したラブドールのことを『アキ』と名付け、愛した。

 キスをしたり、抱擁したり、俺はアキのことを本物の彼女のように愛していた。


 しかし、二年前に香代と付き合ってからはアキとは疎遠になっていった。


 人生初の彼女ができた俺はアキそっちのけで舞い上がり、やがてアキを捨てることにした。

 家に香代が来た時、アキを見られると困るからである。ラブドールを持っているなんてこと、香代に知られてしまったら、おそらくドン引きされるだろう。


「真斗くん。どうして私を捨てたの?」

「あ、アキ……」

「どうしてあの女と結婚するの?」

 アキは徐々に俺に近づいてきた。右手には鋭利なナイフを持っていた。

「私のことを好きじゃなくなったの?」

「アキ、落ち着け……」

 息がかかりそうなくらいまでアキは顔を近づけた。当時と変わっていない美しい顔立ちをしている。

 しかし、無表情にも関わらず、なぜか怒っているような表情に見えた。

「許せない……どうして」

 アキはナイフを持った右手を大きく振り上げた。

「どうしてどうしてどうして……」

 アキの持っているナイフが俺の首に突き刺さる――


「うわ!」

 ベッドから起き上がった。身体全体から大量の汗をかいていた。なんだ夢か……

 しかし、喉から焼けるような痛みを感じた。そういえば夢でアキに喉を刺されたが、これはただの偶然なのか?

 俺は立ち上がるとキッチンに向かい、コップに入れた水を飲んだ。

「はぁ〜。なんて夢だ……」

 まさか夢でアキと会うなんてな。

 俺はアキを廃棄した日のことを思い出した。アキを廃棄するため、俺は有償引き取りサービスというものを使用した。

 アキを受け取りに来た業者の人はこんなことを言っていた。


「あなた、本当にこのラブドールを捨ててもいいんですか?」

「ええ、勿論です」

「そうですか……」

 業者の人はなぜか浮かない顔を浮かべた。

「何か問題でもあるんですか?」

「いえ……信じてもらえないかもしれませんが、この職業をしていると色々と不思議なことが起こるんですよ。引き取ったラブドールが次の日、突然いなくなったりとか」

 ラブドールがいなくなるだと? そんなおかしい話があるわけがないだろう。

「それは……盗まれたりしているのでは」

「勿論、その可能性もあります。しかし、いなくなるラブドールの特徴として、恋人ができたからという理由で廃棄されたものがほとんどなんです。あなたもそうじゃないですか?」

「まぁ、そうですけど……」

「やはりそうですか。彼女ができたことは喜ばしいことだと思います。しかし、私には伝わってくるんです。廃棄されたラブドール達の悲壮な思いが。経験上、ちゃんとラブドールに説明した人はそのラブドールも理解を示してくれます。ですので、ゆっくりと時間を掛けてこのラブドールに廃棄しなければならない理由を説明すべきと思いますが、どうでしょうか?」

「結構です。即刻、廃棄してください」


 俺は半ば意地になってアキを廃棄するよう業者に告げた。

 当時の俺はアキのことが怖かったのだ。

 香代と付き合いだしてから、色々と不思議なことが起こった。

 アキをタンスの中にしまっておいているのに関わらず、仕事から帰るとリビングに平然と立っていたり、リモコンの位置が明らかに変わっていたりと、俺はこの原因をアキにあると思っていた。

 そのため、一刻も早くアキと別れたかった。


「そうですか……分かりました」

 やがて、業者の人は観念したかのようにアキを抱き抱え、俺の元から去っていった。

 アキがいなくなってからは不可解な現象は起こらなくなり、香代とも円満な交際が続いた。

 一年が経つ頃にはもはやアキのことをすっかりと忘れていた。


「アキ……お前はまだ俺のことを……」

 なんだが気味が悪くなった。いかん、落ち着け。

 きっとたまたまアキの夢を見ただけだ。

 気を取り直すべく、シャワーを浴びることにした。汗を洗い流し、鏡の前でバスタオルで水滴を拭き取っていった。

「ふー、さっぱりしたな」

 すると、ふと鏡の後ろで人影のようなものが映った気がした。キーンと耳鳴りもする。

 この感じ、まさかアキ……

 しかし後ろを振り向いても誰もいない。

 なんだ? どうした俺。おかしくなっているのか。


 俺は会社を休むことにした。風邪を引いてしまったと上司に伝え、休暇をもらった。午前十時を過ぎる頃、俺は電話を掛けた。

 電話したのは二年前、利用したラブドールの有償引き取りサービスであった。

「はい、ラブドール有償引き取りサービスのラブドルです」

「あの、二年前にそちらのサービスを使用しました板橋と言います」

「そうですか。本日はどうされましたか?」

「ちょっと確認させていただきたいのですが、前に私が引き渡したラブドール、廃棄完了してますか? 長い茶色の髪をしたラブドールなんですが」

「えーっと、二年前ですよね? ちょっと確認するのは難しいと思います。もしもまた返して欲しいという要望でしたらできないと思います。基本的に引き取らせていただいたラブドールは即刻、廃棄かリサイクルしておりますので」

「そうですか……分かりました。ありがとうございます」

 俺は電話を切った。まぁ、二年前のラブドールなんて、廃棄したかどうかなんて分かるわけないか。


 この日、俺は一日中ネットでお祓い方法など調べた。盛り塩を玄関に置いたり、自力でお札を作成し、タンスに貼っておいた。

 効果があるのか分からないが、やらないよりはマシだろう。

 午後七時を過ぎる頃、香代に何か異変はないか気になった俺は彼女に電話を掛けた。

「もしもし香代?」

「ま、真斗くん……」

 香代の声が震えているのが分かった。これは只事ではないと感じた。

「だ、大丈夫か?」

「ねぇ、真斗くん。今朝から変な電話が掛かってきて……最初はイタズラ電話だと思ったんだけど……『返して、返して』って……ねぇ、真斗くん。アキって誰なの? 真斗くんの元カノ? きゃああ!」

 香代の叫び声が耳に届いた。

「おい、香代! 香代、どうしたおい!」

 すると電話から低い声が聞こえてきた。


 ――返して……返して……


 間違いない。夢で聞いたアキの声だ。


「香代! 返事しろ!」

 

 ――返して……返せ……返せ!

 アキの声が大きくなった。


「ぎゃああああああ!」

 耳が痛くなるような香代の声が耳に届いた。心臓が激しく鼓動し、膝がガクガクと震えだした。

「お、おい! 香代!」

「真斗くん……今行くね」

 そこで電話が途切れた。ツーツーという電子音だけが耳に残る。

 今の声、明らかに香代の声ではなかった。

 来る。やってくる、香代がここに。

「に、逃げなきゃ!」

 俺は部屋から逃げ出そうとした。

 しかし、まるで金縛りになったかのように身体が硬直し、動かなくなった。

「なんだよ、なんで動かないんだよ!」

 口以外、動かすことができない。するとひどい耳鳴りとリビングの扉の擦りガラスから人影が見えた。

 やがて、リビングの扉が開いた。

 扉の向こう側にいたのはアキであった。

 廃棄した日に見た時の姿と全く変わっていない。

 右手には血が付いたナイフを持っている。

「久しぶり、真斗くん」

「アキ! 香代をどうしたんだ!」

 俺が香代について訊くと、アキは人形とは思えないほど、柔かな笑みを浮かべた。

「消して来たよ! これでずっと一緒だね!」

「う、嘘だろ……」

 アキは立った状態のままスーと俺に近づき、

「私たち、ずっと一緒だよ」

 耳元でそう囁いた。


 

 ▽▽▽


 私の名前はアキ。

 名付けたのは私の彼氏である板橋真斗くん。真斗くんは私をとても大事にしてくれて、たくさんの愛情を注いでくれた。

 そんな真斗くんに対して私も幸せを感じた。こんな時間がずっと一緒に続くんだと思っていた。


 なのに……

 あの女が。

 ある時から真斗くんの様子がおかしくなった。

 いつもなら夜に私をキスしたり抱いたりして愛でてくれるのに、スマホばかり弄るようになった

 やがて、あの女に電話もするようになった。

 リビングで飾っていた私をタンスにしまい込み、何日もそこで寂しい時間を過ごした。

 しまいには私を廃棄しようとした。

「ごめんなアキ。もうお前とは一緒にいられないんだ。なぜなら俺は『人間』でお前は『人形』だからな」

 

 許せない。

 これも全て香代とかいう女のせいだ。

 消してやる。

 そして、また真斗くんとの幸せな時間を取り戻す。

 人間と人形が結ばれないというのなら……


「これで私たち、ずっと一緒だね」

 私は『人形』になった真斗くんをじっと見つめた。

「アキ……」

 真斗くんは嬉しいのか泣きそうな表情を見せた。そんな真斗くんもとても魅力的だ。

 この部屋で私たちは永遠に幸せな時間を過ごしていく。

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