油断
「――チッ! この野郎!」
先に攻撃を仕掛けたのは、短剣を持ったアルフの方だ。
ドロシーはヴァンパイアでないため、どこを狙っても致命傷となる。
心臓などの小さい急所を狙わなくてはならないヴァンパイアに比べると、人間は簡単すぎる相手であった。
「――おっと」
しかし。
そう容易く命を差し出すドロシーではない。
ダイヤモンドの埋め込まれた杖を器用に使いながら、アルフの動きに対応している。
明らかに素人の動きではなかった。
(不気味な女だ。只者でないのは確かだが、対人にまで慣れている。それにさっきの術……訳が分からん)
剣(杖)を交える中で、ドロシーの力量をおおよそ見定めたアルフ。
それは、限りなく最高の評価に近いものだ。
魔術師系の人間で、自分と対等に渡り合える者など数えるくらいである。
どれだけ低く見積もっても、英雄級の実力は確実にあった。
「〈死霊の腕〉」
「それはもう効かんぞ!」
地からアルフを捕まえようと伸びる腕。
先程より数が増えていたが、攻撃の内容を知っていれば何の問題もない。
細く白い手の動きを完全に見切り、指一本触れさせることはなかった。
「――グエッ!」
腹部に走る衝撃によって、苦しみの混ざった声を漏らすドロシー。
アルフの鍛え抜かれた蹴りが、ドロシーの体を怯ませる。
柔らかさの残る僅かな腹筋で、アルフのつま先が防げるわけがない。
襲い来る吐き気を我慢しながら、キッとその顔を睨み直した。
「流石に近接では俺の方が上だ。どうだ、今なら取り引きを――」
「するわけないじゃん、ばーか」
「……フン。ただの馬鹿だったか」
失望したようにアルフは、ドロシーの顔を見下す。
このまま殺してしまっては、アルフの心に永遠とモヤモヤした気持ちが残るため、少しの慈悲をかけようとしていたが、それも無駄だったようだ。
ドロシーの正体は一体何だったのか。
結局分からないまま終わってしまう。
「じゃあ死ね」
「――この!」
間一髪。
糸が切れたように突進してくるアルフの手から、ナイフを蹴って弾き飛ばした。
握る力が緩んだ一瞬を狙わなければ、決して成し得ない芸当である。
「……惜しい女だ」
少しだけ痺れる右腕をチラリと見ながら、アルフはそのままドロシーの首を掴んだ。
たとえ短剣を失ったとしても、ドロシーを殺す方法はいくらでも存在する。
ましてや、呼吸もまともにできていない状態なら尚更だった。
足をかけ、勢いよく転ばせて馬乗りに。
この状態になると、あとは首を絞めている腕に力を入れるだけで決着だ。
変に長引かせておかしな術を使われるわけにもいかないため、アルフは両手に最大の力を注ぎ続ける。
そして。
ドロシーの抵抗する力が弱くなってきた頃――倒れたのはアルフの方だった。
(なっ!? お、お前は……! さっき殺したはずなの……に……!)
アルフの首に突き刺されたのは、ドロシーの蹴りによって弾き飛ばされた短剣。
それを行ったのは、心臓を貫き確実に殺したはずのメイドである。
別人ということはない。
その胸元には、血がベッタリとついている。
ならば――どうして立ち上がり、攻撃をしているのか。
何が起こったのかを理解することなく。
その傷が致命傷となり、アルフは力尽きた。
「――ゲホッ! ゴホッ! 絶対アザになってるよ……これ」
ドロシーは、自分の上にのしかかっているアルフの死体をどかしながら、ゆっくりと立ち上がる。
まだ首には、絞め付けられている感覚が残っていた。
「……あ、勝手に使ってごめんなさい。初めてだったけど、上手くいって良かった……」
虚ろな目で、棒立ちの状態になっているメイド。
呼吸はしておらず、アルフと同様に死んでいる状態だ。
中にいる死霊を回収すると、メイドは力なくドロシーの胸に倒れた。
「覚えなくてもいい術かと思ってたけど、そんなことはなかったみたい……リヒトとロゼさんは大丈夫かな……?」
ドロシーはすぐさま援護に向かう――前にどっしりと座り込んだ。
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