昔話
「リヒト君。悪いね、ここまで付き合わせてしまって」
「いえいえ」
リヒトとアリウスは、最後までテーブルで酒を交わしていた。
ドロシーとロゼはもう食べ終わって浴場へと向かっており、カミラに関しては美容のために就寝してしまったらしい。
残されたのは、冗談を言い合って盛り上がっていたこの二人である。
酒の力も借りながら打ち解け、かなり気軽に話せる仲になっていた。
「リヒト君の話を聞いていると、驚かされてばかりですよ。まさか魔王様たちを一気に蘇生するなんて」
共に話を進めた二時間。
この時間で、アリウスの興味は一直線にリヒトへと向かっている。
不老不死の肉体を持つヴァンパイアでも、誰かを蘇生させることは不可能だ。
ロゼを守るという意味では、魔王よりも頼りになるかもしれない。
「……そういえば。ロゼとアリアって、どのようにして出会ったんですか? 魔王とヴァンパイアって、あまり交わらないような気がするんですけど」
リヒトの口から出てきたのは、ずっとどこかで気になっていたことであり、アリアにも聞きそびれていたことだった。
魔王とヴァンパイア――通常なら、ライバル的な存在と言っても過言ではない。
そもそも、ヴァンパイア自体が他の種族とは馴れ合わない傾向にあるため、ロゼというのはとても不思議なポジションである。
「魔王様との出会いは忘れられませんよ。彼女もまた、私たちの命の恩人なんですから」
アリウスは懐かしむような表情で、リヒトの質問に答えた。
「かつて、百人を超える吸血鬼狩りに囲まれてしまいましてね。子どものロゼを守りながら戦っていたのですが、そう長くは持ちませんでした」
リヒトは息を飲む。
吸血鬼狩り百人に囲まれる状況を想像して、相槌の言葉が出てこなかったのだ。
リヒトが人間界で捕らえられた時にいた兵士が十人。
その十倍の数の敵を相手に――なおかつ子どものロゼを守りながらという条件は、あまりにも厳しすぎる。
もしリヒトがその立場であったとしたら、戦いにすらなっていないだろう。
「私たちは何とかロゼを生き残らせようとしていたのですが、それも吸血鬼狩りたちは見抜いていました。意図的にロゼを狙うことで、効率良く狩ろうとしていたのでしょうね」
「……となると」
「はい。到底守りきれるはずもありません」
ですが――と、アリウスは付け加えた。
「そこで現れたのが、魔王様だったのです。最初はさらに敵が増えたと思っていましたが、魔王様が攻撃していたのは吸血鬼狩りだけでした」
「……アリアなら、何だか分かる気がします」
「それからはもう一瞬でした。魔王様が何をしたのかは一切見えませんでしたが、気が付くと死体の山が目の前にできていたんです」
アリアとロゼのファーストコンタクト。
それは、確かに一生忘れられないほど衝撃的なものだった。
ライバルであるヴァンパイアを助けるというのも、アリアなら容易くしてしまいそうな行為だ。
それが気まぐれなのか――それとも、明確な理由があってのことなのかは不明だが、ロゼからしたら一人のヒーローに変わりはない。
アリアに対して、圧倒的な忠義を示しているのも理解できる。
「そ、その後はどうなったんですか……?」
「当然魔王様にはお礼をしようとしましたよ。ですが、要求はたった一つだけ。ロゼを仲間にしたい――でした」
「……アリアらしい」
「私たちは悩みましたね、何と言っても大事な一人娘ですし――と。ゆっくりしていたら、ロゼがお願いしますと頭を下げるものですから……ハハハ」
「……ロゼらしい」
過去の二人の性格は、現在に至るまで全く変わっていなかった。
アリウスに釣られて、リヒトまでクスリと笑ってしまう。
アリアが、そこまで強引に欲しがるという人材など一握りだ。
幼いロゼを一目見ただけで、その才能を見抜いていたらしい。
そして、そのロゼも迷わずにアリアの下につくことを選ぶ。
リヒトの想像していたより、何倍も深い繋がりがそこに存在していた。
「結局、私たちは娘の意思を尊重したわけです。今考えると、それで正解だったようですね」
「そうですね」
「――お父様……? 何のお話をされているのですか?」
全く気にしていなかった背後から。
聞き慣れた声が、アリウスに向けて発される。
酒を飲み、話に夢中になっていたということもあり、二人ともロゼの足音には気付いていなかった。
微かに濡れたポニーテールが、首を傾げる動きと共に左右に揺れる。
「か、軽い昔話さ。ね、リヒト君……?」
「は、はい……」
「そうだったんですね。話の邪魔をしてすみませんでした。おやすみなさい……ふぁう」
疑うということを知らないロゼは、何も怪しむことなく用意された部屋へと戻って行く。
かなり疲れが溜まっているようだ。
眠そうなその姿を見ていたら、リヒトにまで眠気がうつってしまった。
「少し盛り上がりすぎたみたいですね。今日はお開きにしましょうか」
「はい、ありがとうございました」
リヒトとアリウスが立ち上がると。
獲物を狙うハイエナのように、メイドたちが食器を片付け始めた。
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