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殺意


「――いってえええ!!」


 リヒトはつい声を上げる。

 声を上げずにはいられない。

 肩に走る熱さが、リヒトをそうさせていた。

どうやっても、平静を保つことは不可能だ。


 そして。

 熱さが痛みに変わる頃には、もう何も喋れなくなる。


「じゃあ質問だ。ここはどこだ? ダンジョンの入口にいたはずだが、いつの間にかワープさせられてしまってな」


「ぐっ……」


「二つ目。お前たちは何者だ? 特にお前、人間界で見たことがある。どうしてここにいるのか教えてもらおう」


 ガイトが答え待つ数秒間。

 沈黙の時間がその場を包む。


 しかし――どれだけ時間が経っても、リヒトは一向に答えようとしない。

 否。

 答えることができない。


 結局。

 その沈黙を破ったのは、ガイトの舌打ちであった。


「痛みでそれどころじゃねえってか? 普通の男なら、もう一本食らわねえように必死こいてゲロするんだが……ちょいと刺激が強すぎたな」


 ガイトは呆れたように顔を上げる。

 ここまで情けない者たちが、仲間を殺しているのか。

 その事実で、怒りを通り越した場所へと辿り着く。


「って、やけに女の方も静かだな。普通の女なら、自分は食らわないように泣きわめくもんだが――」


 ここでガイトが気になったのは、全くリアクションを見せないフェイリスの方だ。

 これまでの経験上、こういった状況に立たされた女は悲鳴を上げる者が多い。


 その光景は様々であり、自分の身に起こることを想像して発狂する者もいれば、相方の男を心配してすすり泣く者もいる。

 

 それでも。

 フェイリスのように、何も言わない者はいなかった。

 その珍しさが、ガイトの好奇心を刺激させる。


「――おい、女。お前にも同じ質問をする。答えろ」


「………………」


 フェイリスの方も、リヒトと同様に答えようとしない。

 それどころか、ピクリとも動いていない。


「チッ」


 あまりの緊張で気が触れただけ――つまらないオチ。

 ガイトはそう結論付けた。

 もう、リアクションにも答えにも期待できないだろう。


「おい、聞いてるのか――」


 ガイトは、フェイリスの前髪を掴んで軽く持ち上げる。

 決してフェイリスからの答えを期待しての行動ではない。

 どちらかと言うと、相方に危害を加えられるリヒトに対しての効果を狙っているものだ。


 軽く顔にでも傷を付けてやろうか。

 そんなことを考えていると、偶然フェイリスの左目と目が合った。


「――ヒッ……!?」


 ガイトはつい手を離す。

 すると、重力に従ってフェイリスの体はドサリと落ちた。


 あの一瞬の時間。

 形容できないほどの悪寒が身体中に走る。

 この世の全ての憎悪を集めたかのような視線が、いつまでもガイトの脳裏に焼き付いていた。


 何も知らない純真無垢な少年少女が、あの視線を向けられたとしたら、きっとショック死してしまうであろう。


 今でも思い出して体が震えてしまっている。


 他人を――リヒトを刺しただけで、あれほど怒れるものなのか。

 それほどまでに、あの視線には殺意と憎悪が込められていた。


「お、おい男! そろそろ答えろ!」


 気を紛らわすように。

 ガイトはリヒトの方に視線を送る。

 フェイリスに関わってはいけない――本能がそう認識してしまった。


「お前らは一体――」


「――リヒトさん!! フェイリス!!」


 扉を蹴破る音が領域中に響き渡る。

 そこには、呼吸を荒らげているロゼの姿があった。


「――この!」


 脅威のバネで距離を詰めるロゼ。

 リヒトのスピードとは比べ物にならない。

 ガイトは、為す術なく壁へと蹴り飛ばされる。

 その風圧だけでも、リヒトとフェイリスの体が浮いてしまいそうだ。


 数十箇所の骨折、生命維持器官の破壊。

 死は絶対に免れない。


「……ロゼ、この縄を――」


「リヒトざぁん! 心配したんですよぉ!」


「……いや、この縄を解いて――」


 寝転がっているリヒトに、ロゼは飛び込むようにして泣きついた。

 どうして泣いているのか――そして、お気に入りだった服に鼻水が付けられていることで、リヒトも冷静さを失ってしまう。


「ずみまぜん……ぐすっ、私が遅れちゃったせいで……リヒトさんに怪我が……」


 どうやら、ロゼはリヒトに危害が加わってしまったことを嘆いているらしい。

 抜いたナイフで、今すぐ切腹でもしてしまいそうな勢いである。


「魔王様が……リヒトさんとフェイリスの所に行ってやれって……でも、私がグズだから……」


「それはもう大丈夫だ、ロゼ。それより縄を解いてくれ。フェイリスも苦しそうだし」


「……は、はい。本当にごめんなさい……です」


 ロゼは、固いロープをいとも容易く切り裂いた。

 フェイリスと密着していた部分が離れ、ようやく元の自由を取り戻す。


「リヒトさん……その傷大丈夫? イリスとティセに頼めば、薬草を用意して貰えるなの」


「……えっと、一回死ねば治るんだけど――」


 リヒトの提案。

 ロゼとフェイリスは、ブンブンと横に首を振る。

 明確な拒絶がそこにあった。


「――だよな……終わったら二人のところに行くよ」


 この言葉で。

 ロゼとフェイリスは、納得したようにニッコリと笑う。


 この笑顔を向けられて考え直すことはできない。

 二人に支えられながら、リヒトは戦線離脱することになった。


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