役割分担
「コーヒーをお持ち致しました、リヒトさん。ドロシーさんはブラックで良かったですよね……?」
「うん。ありがとうございます」
「ありがとう、ロゼ。でも、ここまでしなくても良いんだぞ?」
ディストピアの下僕全員が一堂に会する部屋。
何故かロゼは、全員分の飲み物を用意するために歩き回っている。
苦い飲み物が嫌いなイリスとフェイリスには、コーヒーが配られていない。
その代わりに配られているのが、オーダーメイドのドリンクだ。
特にイリスは、遠慮することなくアップルティーを注文していた。
かなり手間のかかる飲み物だが、ロゼは見事その期待に応えている。
「――ふぅ。働いた後のコーヒーは美味しいですね」
「……いつも思うんだけど、働きすぎじゃないか? 手伝おうとしても断られるし……」
「何を言っているんですか、リヒトさん。私が好きでやってるんですから、心配してくださらなくても大丈夫ですよ」
「それなら良いんだけど……」
本人が満足している以上、リヒトの口からはもう何も言うことができなかった。
達成感というものなのだろうか。
リヒトが人間界にいたとき、ボランティアという企画に参加している人間たちを見たことがある。
リヒトには一生分からない感情だが、ロゼの笑顔を見ていると、少し興味が湧いてしまった。
「お姉さま。結局イリスたちは何をやればいいの?」
「相手の数が多いみたいだから、いつもと同じでいいんじゃないかしら。ねぇ、リヒトさん?」
「イリスとティセはいつも通りで良いよ。というか、そっちの方がありがたい」
イリスとティセの役割は、またもや一瞬で決まる。
正直に言うと、既に二人の役割は定着しているため、集まる必要すらない。
戦いの当日に早起きしてもらうだけで十分だ。
「簡単だね。頑張ろう、お姉さま」
「そうね、イリスちゃん。寝坊しないように気を付けないと」
「うっ……難しいけど頑張ろう、お姉さま」
どうやら、この二人からしたら早起きの方が難しいらしい。
もうこれ以上心配する必要は無さそうだ。
リヒトはチラリとロゼの方に目を向ける。
ロゼはその視線にいち早く反応し、ピクリと肩を震わせた。
かつてのトラウマが思い起こされたのだろう。
「ロゼは、アリアから直接指示を貰ってるぞ」
「ほ、本当ですか!?」
「戦場を駆け抜けろ――らしい」
「な、なるほど!!」
この指示の意味は、リヒトでさえ理解することはできなかった。
文字通りに受け取るとしたら、全ての敵を相手にすると考えても違和感はない。
そして、ロゼもそのような解釈をしているようだ。
圧倒的な仕事量の前に、やる気に満ち溢れた顔をしていた。
「魔王様は期待してくれてるってことですよね? それなら、しっかり応えないと……」
「ロゼ、頑張って。イリスも応援してる」
「ありがとう、イリス! 私頑張るよ!」
その言葉によって、ロゼの熱い心が目覚めてしまう。
口車に乗せられているのは確実だが、本人が嬉しそうであるため、リヒトが下手に口を出すことはできない。
イリスのしたり顔が、ずっと頭の中に残っていた。
「あ、フェイリスはどうするの? またリヒトさんと一緒?」
役割も決まったロゼは、フェイリスの心配をするほど心に余裕ができている。
ここまで嬉しそうにしているロゼの姿は久しぶりだ。
「その通りなの。私とリヒトさんは一蓮托生なの」
そう言って、フェイリスはリヒトの腕にグイッと抱きつく。
これまでならやめるように言っていたリヒトだが、今回はその言葉が出てこなかった。
言っても無駄だと気付いたからだ。
どれだけ注意したとしても、不思議そうな顔をするだけである。
いつの間にか、フェイリスに懐かれてしまったらしい。
(フェイリスは何を考えているんだ……? 東の魔王との戦いからやけに近付いてくるようになったけど――って、フェイリスの頭の中を考えるだけ無駄か……)
リヒトは、自分の中で練られる考察を全て途中で放棄する。
フェイリスの考えなど見当すらつかない。
一度だけ距離を置こうとしたことがあるが、その際には初めての涙を見ることになった。
しかし、一緒にいたとしたら何の前触れもなく離れていってしまう。
数多の経験から。
フェイリスの好きなようにさせるというのが結論だ。
「あら、フェイリスはリヒトさんがお気に入りみたいですね」
「ティセ、からかわないでくれ……」
「……むー」
大人としてフェイリスの恋愛を見るティセ。
子どもらしいシンプルな恋愛を前に、何やらうっとりとした表情をしていた。
そして。
その表情とは真逆の、不満そうなドロシーはジロジロとリヒトを睨んでいる。
今のリヒトに逃げ場はどこにもない。
この地獄の時間が過ぎていくのを待つしかなかった。
「フフ。ドロシーさんも頑張ってね」
「へ? ちょ、そんな――」
「――それじゃあ、作戦も決まったことだし、私たちは領域に戻ろうかしら。ロゼ、コーヒー美味しかったわ」
「え? あ、ありがとう。ティセ」
「アップルティーも美味しかった。また作ってね。それじゃー」
「うん! バイバーイ!」
イリスとティセは、軽く手を振りながら部屋をあとにする。
どこまでもマイペースな姉妹だ。
文句をつける者が誰一人いないことから、全員が彼女たちに慣れてしまったらしい。
その中でも、ロゼが最たる例である。
「……それじゃあ、俺たちも戻るか」
「そうだね」
「私は……どうしましょう。トラップとか準備した方がいいのでしょうか?」
「いや、ロゼはゆっくりしててくれ。そこら辺は俺がやっておくよ。フェイリスも手伝ってくれるらしいから」
「図られたなの!?」
この後。
リヒト、フェイリス、ドロシーの三人で最終的な調整を行うことになった。
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