ベルン
「ベルン様。冒険者たちから、支援の要請があるようです。どう致しましょうか?」
「そうですね。応えられる範囲は応えるようにしてください。食料に関しては、どれだけ使っても構いません。武器や防具はもう少し考えておきます」
「かしこまりました」
そう言って、部下の男は部屋から退出した。
ベルン様と呼ばれた女性は、このラトタ国を統治している女王だ。
彼女の元に入ってくるのは、ほとんどが冒険者関係の話である。
冒険者の育成などに力を入れているため、仕方ないと言えば仕方ないのだが、それでもここまで続いてしまうと流石のベルンでも疲れてしまう。
「ベルン様、流石です! 冒険者からの信頼は、かなり厚いらしいですよ! 私は、このラトタ国を統治するのがベルン様であったことを、神に感謝しています!」
「ありがとう、アンナ。私もアンナが傍にいてくれて嬉しいわ」
「ベ、ベルン様……! 私のようなメイドにそのようなお言葉を……! 私、一生ベルン様に付いて行きます!」
メイドであるアンナは、素晴らしき女王の前で忠誠心を表すように跪いた。
自分はただ傍にいるだけの存在だ。
誰でも代わりはいるような存在であるにも拘らず、ここまで大切に思ってくれる人がどこにいるだろうか。
ベルンのために何かをするということが、自分に与えられた使命である。
心からそう思っていた。
「もう、アンナったら……無理して嘘言わなくていいのよ」
「わ、私の言葉に嘘はありません! いつもベルン様のことを思って――」
「フフ、冗談よ。アンナが嘘を言わないことは、私が一番知っているわ」
「ベ、ベルン様ぁー……!」
よしよし――と、アンナの頭を撫でるベルン。
たったこれだけの行為で、アンナの気持ちは頂点に達してしまう。
人の心の掴み方を、完全に理解しているベルンだった。
「それじゃあ、アンナ。これから私は大事な仕事をするから、一人にしてもらえるかしら?」
「かしこまりました! お仕事頑張ってください!」
アンナが落ち着くのを待って、ベルンは部屋から出るように指示をする。
一日一時間。
ベルンが一人になる時間は、確実に確保されていた。
女王が何をしているのか。
気になっている者は何人もいたが、暗黙の了解ということで、真実を知っている者は誰もいない。
「それでは、何かあったらすぐに呼んでくださいね!」
「ありがとう。そうするわ」
「――あっ、ベルン様。一つ聞いてもよろしいでしょうか……?」
「な、何かしら?」
突然の質問に、ベルンは少し構える形で応じる。
このようにして、アンナが質問してくるのは珍しい。
そのため、質問の内容が全く予想できず、少しだけ恐怖心を感じてしまった。
「えっと……どうしてこのラトタ国は、他の国と交流を持たないようにしているのでしょうか?」
「それは……この国の伝統が薄くならないようにかしら。冒険者を重視しているのもラトタ国の特色よ。アンナも、ラトタ国から冒険者が少なくなったら嫌でしょう?」
「な、なるほど! ベルン様はそこまで考えていらしたのですね! 私の愚考をお許しください!」
「大丈夫よ、アンナ。良い質問だったわ」
アンナは、満足したようにお辞儀をして部屋を出る。
その行動が終わるまでを、ベルンはニコニコと見届けていた。
「……ふぅ」
深いため息。
扉が完全に閉まり、アンナの足音が聞こえなくなったところで、ベルンはスッとベッドの前へと向かう。
そしてそのまま、重力に従ってベッドの中へと落ちてゆき――
「もう疲れたよぉー……仕事多すぎでしょ! このバカッ!」
己の中に溜まっていた何かを、枕に顔を埋めながらぶちまけた。
そこに、凛とした女王はもういない。
年齢に見合った女性の姿である。
「はぁー……女王になったら楽して暮らせるんじゃなかったのー……こんな面倒くさいなんて思ってなかったんですけどー」
さらにベルンの愚痴は続く。
「人間界ならゆったり暮らせると思ったのにー……なんで人間を助けちゃってるんだろ……」
「――お。リヒト、おったぞ」
「――へ!? え!? な、なんで!?」
後ろからの声。
誰もいないはずの部屋で聞こえる声には、焦りよりも恐怖が勝っていた。
「だ、誰ですか!? 人を呼びますよ!」
「ん? 魔族なのに人間に助けてもらうのか?」
「……え?」
ベルンの顔が真っ青に染まる。
これまでずっと隠してきた秘密。
もしバレたとしたら、追放などという甘い処分では済まないだろう。
断頭台に立つ自分の姿を想像しただけで、腋に嫌な汗が溜まっていた。
「アリア、本当にこの人が魔族なのか? 俺には人間にしか見えないぞ……」
「まったく……お主みたいな奴ばかりじゃから、人間は騙されるのじゃ」
「な、なんで私のことが分かったんですか! そもそも、どうやってこの部屋に!」
ベルンはハッと我に返り、アリアと呼ばれた女の子に問い詰める。
ここで弱気になってしまえば、その時点で敗北だ。
舐められないためにも、強気をよそおうしかない。
演技力には自信を持っている。
これまで人間たちを騙してきたように、今回もこの二人を騙すだけだった。
「――わっ!」
「――ひっ!?」
突然感じた殺気。
気を抜いていたら、気絶してしまっていたであろうほどだ。
動きだけなら、女の子が両手を上げているだけである。しかし、それだけで圧倒的な実力の差が見せつけられた。
「お、尻尾が出てきたのじゃ。やっぱり妖狐じゃったの」
ボフッと――大きな尻尾が現れる。
ずっと隠していたようだが、アリアの威嚇で飛び出てしまったらしい。
ベルンが魔族であるという動かぬ証拠であった。
「ほ、本当に人間じゃなかった……」
「じゃから言っておるじゃろ。なかなか立派な尻尾ではないか」
「――ちょっ! 触っちゃ――!」
抵抗するように、ベルンはモジモジと体を動かす。
それでも腰が抜けているため、されるがままの状態だ。
モフモフと好き勝手にイジられているが、逃げることすらできない。
「こ、こんなことをして、ただで済むと思わないでください! 私は気高き妖狐であり――」
「儂は魔王じゃぞ」
「……へ?」
ベルンの言葉は途中で止まる。
にわかには信じられないが、アリアの口から魔王という単語が聞こえてきたのだ。
魔王がこんな所にいるはずがない――そんなことは分かっているものの、アリアの持つ雰囲気にベルンは気圧されていた。
「魔王って……そんなの嘘に決まってるじゃないですか……!」
「よしリヒト。歯を食いしばれ」
「……え――」
アリアのセリフの直後に、リヒトの体は弾け飛んだ。
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