《空間掌握》
「貴様……いつの間に……」
ガルガの背後にいたのは、妙な言葉遣いをする少女だった。
いつから背後にいたのか――そもそも、どうやって背後を取ったのか。
敵であるのは間違いないが、計り知れない不気味さをまとっている。
「お主が、ロゼとイチャイチャしておった時からずっとじゃ。あそこまで熱いものを見せられたら、こっちまで妬いてしまうわい」
「入ってくるようなことはしなかったんだな」
「そこら辺はちゃんと弁えておる。侮るでないわ」
ガルガは朦朧としつつある意識の中、何とか会話によって時間を稼ぎ、体力の回復を行っていた。
失った左腕は仕方がないにしても、残った右腕だけは使えるようにしておきたい。
実際に、右腕の傷は塞がりつつある。
「――なるほどな。貴様が魔王アリアか。かなり優秀な下僕を持っているようで、羨ましい限りだ」
「……? 儂は何にも言っていないはずじゃが」
「攻撃魔法のことを、まだ根に持っているようだな。もう少し心に余裕を持った方がいいぞ」
「分かった。これ以上何も言わんで良い」
話を終わらせるようにして、アリアは戦いの構えをとった。
ガルガの心理戦は、それなりに効果があったらしい。
自分の能力を多少匂わせることで、アリアの動揺を誘い、戦いにくい状況を作る。
普段なら絶対にしないような戦法だが、あまりにも不利なこの状況では、手段を選んでいる余裕などなかった。
「ところで。回復したいのなら大人しく回復魔法を使った方が良いと思うぞ? そんなことをしたら、戦いが始まってしまうと思っておるようじゃが、儂はそんな無粋なことはせん」
まるでやり返すかのような口調で、ガルガの心を読み当てるアリア。
意味の無い会話で時間を稼ごうとしていることはバレバレであり、あえて見逃してきたが、もう我慢の限界だ。
戦いを長引かせるのは、好みではなかった。
「そうか。〈治癒の光〉」
ガルガは素直に従って、右腕の傷を完璧に治す。
ここで挑発に乗って、回復を怠るほど子どもではない。
全てこの行動が勝利へと向けられていた。
「それじゃあ始めるぞ」
「――食らえ! 〈魔滅両断〉!」
「《空間掌握》」
ガルガの鋭い攻撃を、アリアは余裕を持って躱す。
見切っているというわけではなく、ガルガの攻撃が遅すぎたのだ。
スローモーション過ぎて当たる方が難しい。
この空間は、既にアリアの手の中にあった。
「空間に異変が起きている……何をした……?」
「お主なら聞くまでもないじゃろ。この空間を支配しているというだけじゃ。こんな風にな――」
ガルガの右手中指。
その部位だけが、正確に弾き飛ばされる。
(何だこれは……まるで見えなかったぞ)
確かにアリアの心には、そこを攻撃するという意思がハッキリとあった。
通常なら、その意志をあらかじめ読み取って躱すなどの行動をとれる。
しかし、今回は反応することすらできない。
意志を読み取った瞬間には、既にアリアの攻撃が終わっているからだ。
カウンターはおろか、躱すような時間さえ与えられていなかった。
「――おっと、不意打ちか」
アリアの攻撃とは裏腹に、ガルガの攻撃は余すことなく躱される。
眼球目掛けて飛ばした二つのトゲは、首を数十度傾ける動きだけで回避されてしまった。
まだ二度目の攻撃であったが、もう二度とアリアに攻撃が当たる気がしない。
もし当たっていれば、眼球に根を張って視力を奪っていたであろう。不意をついて放つこの技を避けた者は、アリアが初めてだ。
「完全に目で見て回避したな。呆れた動体視力だ」
「儂ではなくお主がおかしいんじゃぞ。この空間でいつも通り動けるわけがないじゃろうが」
「…………俺がスローモーションになってるのか」
「話が早いのじゃ」
圧倒的に不利な状況。
この空間から脱出し、何にも囲まれていない外へ辿り着ければ、シンプルな一対一の勝負にできるだろう。
しかし、それは叶わぬ願いでしかない。
背中を見せた瞬間に殺されるのが関の山だ。
「ならば、ここで殺すしかないな」
「そういうことじゃな」
「〈魔鬼両断〉!」
ガルガの渾身の一撃。
それを躱しながら、アリアは一瞬で背後まで回る。
こうなってしまえば、心を読めたとしてもまるで意味が無い。
次々に入ってくる情報。
それは、次に攻撃される部位であった。
右足、左足、右腕、背骨――と、情報通りにガルガの体は破壊されていく。
最後に。
心臓という名の死刑宣告によって、戦いの終わりが告げられることになった。
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