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エルフの姫 アルシェ


「よし。イリスが最も尊敬している人は?」


「お姫さまです」


「取り引きということですが、具体的にはどのようなことですか?」


「私たちが持つ宝石や武器などを使って、貴国の優秀な人材の力を借りることができれば嬉しいです」



「――完璧ね、イリスちゃん。お姉さん嬉しいわ」


「えへへ」


 三人は大きなツリーハウスの入口で、エルフの姫と会う前の最終確認を行っていた。

 一番の問題であったイリスも、二人がかりの教育によって最低限のマナーを覚えている。


 これで、失礼な態度によって怒らせてしまうということも起きないだろう。


「リリカさん、もう大丈夫みたいです。お待たせして申し訳ありません」


「あ、全然大丈夫ですよ! むしろ、話が急すぎたくらいですから、これくらいは当然です!」


 そう言って、リリカはドアノブに手をかけた。

 ここからは、一国の姫がいる領域である。

 普段は感じていない緊張感が、リヒトの心を支配していた。


「お姉さま、もしお姫さまに嫌われちゃったらどうなるの?」


「うーん……魔王様が拗ねちゃうかも」


「それは大変……領域から出てこなくなっちゃう」


 失敗してしまった時のリスクを考えると、何としてもここは成功しておきたい。

 そのために、三人――特にリヒトは大きく深呼吸をして気持ちを整える。


 一時も気の抜けない、国のトップとの話し合いが始まろうとしていた。



*****************



「ようこそいらっしゃいました。私は、アルシェと申します」


「こ、こちらこそ!」


 エルフの姫――もといアルシェは、両手を地につけて三人を迎え入れる。

 人間の世界でも行われる、最大級の敬意を表す姿勢だ。

 ここまでの歓迎は、リヒトの予想を遥かに超えるものであった。


「お話は既に聞いております。我が国のリリカを、大蜘蛛から助けていただいたのですね。お礼が遅くなってしまい、本当に申し訳ありません」


「そ、そこまでしなくても大丈夫ですよ!」


 アルシェは深々と頭を下げる。

 一国の姫にここまでさせてしまうとは、リヒトの頭はもうパンクしてしまいそうだ。

 イリスも、シミュレーションとは全く違う展開に珍しく戸惑っていた。


「本当になんとお礼を言ったら良いか……大蜘蛛には私たちも困っておりました。どうにかして倒そうとしていたのですが、まさかこのような形で」


 アルシェは、そう言って頭を上げる。

 その美しい目が、再びリヒトの顔を見つめていた。


 優しさもあり、また力強さも持っている。

 知能を持たない魔物ですら一瞬で虜にしてしまいそうな眼差しは、リヒトでも例外ではない。

 時間が経つにつれて、どんどんアルシェに惹かれていった。


「リヒト様……ですよね?」


「は、はい!」


「今回のことは本当にありがとうございました――それで、何か大事なお話があるということを聞きましたが……」


「そ、そうでした!」


 アルシェに促される形で、リヒトはアリアの指示を思い出す。

 本来なら自分から切り出さないといけない話であったが、あまりの美しさに気を取られていたらしい。


「私たちが持つ宝石や武器などを使って、貴国の優秀な人材の力を借りることができれば嬉しいです」


 リヒトが口を開く前に。

 先程練習した言葉をイリスが口に出した。

 一言一句間違っておらず、練習通りと言われれば練習通りなのだが、少しだけ不自然なタイミングである。


 キョトンとしているアルシェだったが、すぐ優しさのある顔に戻ったことから、何かを察してくれたのだろう。

 フフ――と、子供を見る母親のような笑い方だ。


「宝石というのは嬉しいところです。私たちはそういうものに弱いですから」


「アハハ」


「なんちゃって」


「アハハ……」


 からかわれてしまった。

 大人の雰囲気が溢れているアルシェから、まさかこのような冗談が飛び出してくると思っていなかったリヒトは、実に恥ずかしいスカされかたをしてしまう。


「実を言うと、この国には外の世界を見てみたいという子たちが多いのです。派遣というのであれば、喜んで参加すると思います」


「ほ、本当ですか!」


 アルシェは、何も隠すことなく正直に答えてくれた。

 リヒトがアルシェの立場なら、可能なだけ渋って、さらなる好条件を探っていたであろう。


 大人の余裕というのを、ヒシヒシと感じさせられる。


「でもリヒトさん。このまま一方的に話をのんでもらうというのは、流石にいけない気がします」


「確かにそうだよな……」


「であれば、今回のように敵を退治してくださったら嬉しいです……私たちは争いを好みませんので」


 アルシェの提案は、とても単純で簡単なものだった。

 ちょうどディストピアには、戦いを求めてウズウズしている魔王がいる。


 悩む時間は一秒も存在しない。


「お姉さま。それなら簡単だよね」


「そうね、イリスちゃん。リヒトさんも、それでよろしいですか?」


「もちろん大丈夫だよ」


 この話は、まるで決定事項かのように滞りなく進む。

 そして、話が終わった後のアルシェの笑顔は、いつまでもリヒトの頭の中に焼き付いていた。



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