表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

189/206

ヴァンパイアの苦難


「はぁ……ロゼは元気にやっているのでしょうか」


 ロゼの母親――カミラは不意に呟く。

 それは、可愛い娘であるロゼの体を心配する言葉。


 これは別に何も珍しいことではない。

 むしろ、毎日一回は呟いている内容であり、カミラの傍で仕えているメイドは何回も聞いたセリフだ。


「カミラ様。ロゼお嬢様は、きっと魔王軍で素晴らしい活躍をされているかと思われます」


 メイドはそれを聞くと、慣れたようにいつものセリフを返す。

 何回もしたやり取りではあるが、メイドが面倒くさそうな仕草を見せることはない。

 ロゼの話をしている時は、自分自身も明るい気持ちになれるからだ。


 魔王軍という環境で成長し、そして活躍するロゼを想像するだけでも、数時間はあっという間に過ぎてしまいそうだった。


「そうね。できればこの目で見たいのだけれど、それができないのがもどかしいわ。次に帰ってくるのはいつになるのかしら……」


 娘を思う母の気持ちは止まらない。

 もしきっかけがあれば、爆発してしまいそうな状態だ。

 ……もちろんそれはメイドも同じ。


 一目でもいいから、仕事に励んでいるロゼの姿を見てみたい。

 そして、それを写真に撮ってずっと眺めていたい。

 ロゼを子どもの頃から知っているからこそ、その思いはカミラと同レベルに大きかった。


「ロゼお嬢様にコンタクトが取れたらいいのですが……お忙しそうですし、迷惑になるかもしれませんね」

「ロゼが帰ってきてくれるのを待つしかありませんか――」


「カミラ? 何の話をしているんだ?」

「……あら、アリウスさん。ロゼの話をしていましたの」


 メイドとカミラのところに。

 花の水やりを終えたアリウスが訪れる。


 いつものタキシードのような服で、これから舞踏会にでも行きそうな格好だ。

 自分たちの会話の内容が気になっているようだが、特にいつもと違った話をしているというわけではない。

 ロゼの話ということを伝えると、納得するようにアリウスは頷いた。


「そうかそうか。やっぱりロゼが元気か気になるな」

「はい。何か確認する手立てがあればいいんですけど……直接出向く以外に方法はなさそうです。かなり難しいですが」


「魔王様に連絡は取れないのか?」

「アリウスさん。ロゼがそれだけはやめてくれと言っていたでしょう?」

「ああ……そういえばそうだったかな」


 アリウスは頭の中にある記憶を蘇らせる。

 ……確かにロゼがそんなことを言っていた気がしないでもない。


 どうしてダメなのかは分からないが、禁止されている以上やめておく方が賢明だろう。

 こんなことでロゼに嫌われるのは御免だ。


「まあ、ロゼは頑張っているのですから、私たちが勝手に心配するのもお門違いかもしれません」

「その通りかと思われます、カミラ様。ロゼお嬢様を信頼して待つのが、私たちにできることかと」

「ふむ。そう言われたらぐうの音も出ないな。ロゼを信頼する――か」


 最終的に三人が出した答えは、何もせずに待つというもの。

 自分たちがロゼの身を案じて慌てるということは、ロゼの力を信用していないのと同じ意味になる。

 実の親がそんな気持ちでいいわけがない。

 むしろ、ロゼの邪魔になってしまう。


「それじゃあ朝食を――」

「きゃああああああああああああああぁぁぁ!?」


 話がまとまり、朝食の準備をしようとした時。

 館のどこかからメイドの悲鳴が聞こえてくる。

 一体何が。


 三人は顔を見合わせた。


「ど、どうしたのでしょう?」

「さあ。皿を落としたんじゃ――」


 ガシャンと。

 またもやアリウスの言葉を遮る形で、館の窓ガラスが割れた。

 しかも、一枚や二枚ではない。


 何枚も何枚も、遂には自分の周りにあるガラスまで割れ始める。

 軽い胸騒ぎ。

 流石に動かざるを得なかった。


「只事ではなさそうだな……」

「そうですね。確認した方が良さそうです」


「一体誰の仕業だ? 人間か?」

「分かりません……ロゼが帰省した時の吸血鬼狩り以来ですね」

「仕方ない。私が見てくるとしよう」


 アリウスは上着を椅子にかけると。

 動きやすくなるようにボタンを外す。

 戦いになっても問題ないための準備だ。


 この挑発するような攻撃は、間違いなく意図的に行われたもの。

 ならば退くわけにはいかない。

 あえて誘いに乗り、しっかりと敵を倒す。

 アリウスは扉に手をかけた。


「城にいる者たちに警戒するよう伝えてくれ」

「かしこまりました」

「行ってくるよ、カミラ」

「ええ。お気をつけて」


 アリウスの大きな背中を、カミラはニコニコとした笑顔で送り出す。

 彼が行くなら何も心配はない。


 数分もすれば全てを片付けて戻ってくるであろう。

 予想ではなく、確信に近い何かだ。

 そんなカミラに対して。


 アリウスは僅かに口角をあげて答えたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ