感謝
「――勝負は着いた! もう安心していいぞ!」
「や、やった――!」
「やったよラルカ姉さん!」
「うん……! カイン!」
うおおおおぉぉ――と周りの竜人たちが叫ぶ。
それは、目の前の脅威が去ったことに対する叫びではない。
リヒトたちを称賛する意味の叫びだ。
自分たちを助けてくれた英雄に、全力で捧げる喝采。
里はその声以外に何も聞こえなくなる。
カインとラルカも、リヒトの前で喜びを分かち合っていた。
「死者蘇生」
「復活なの――って、ぎぎ……耳が張り裂けそうなの」
戦いを終えたフェイリスを蘇生すると、いつものようにパッチリと目を覚まして起き上がる。
ただ、いつもと違うのは、目覚めた瞬間に耳を塞いだということだ。
竜人たちの叫び声は、蘇生したばかりだとうるさすぎるらしい。
フェイリスはビックリしたようにリヒトを見ていた。
「お疲れ、フェイリス」
「お疲れ様……いや、それより、これはどういう状況なの?」
「あー……、今は勝利したことを喜んでいるみたい」
周りの声に掻き消されないよう、リヒトとフェイリスは顔を近付けて話す。
かなり簡単な説明だったが、フェイリスは何とか今の状況を理解したようだ。
周囲を確認して、この喝采が自分に向けられていることを確認する。
すると、今までにないような満足そうな表情を見せた。
「こんなに歓声を浴びたのは初めてなの。ちょっと嬉しい」
「そうか。今のフェイリスは英雄だからな」
「へへ、えへへ」
フェイリスが満足したのは、自分が活躍したという証拠を得たから。
これまでは、自分が活躍しても褒められる機会が少なかった。
こうして多くの存在が認めてくれるなんて、絶対にありえなかったことである。
「リヒトさん! フェイリスさんもありがとうございました!」
「いや、当然だよ。間に合って良かった」
「あの……みんなを生き返らせてくれたのって、リヒトさんですよね?」
「そうだけど」
「す、凄いです! 本当にありがとうございます!」
リヒトとフェイリスのところへ最初にやってきたのは、やはりラルカとカインだった。
助けに来てくれたこと、ダラズを倒してくれたこと、仲間を蘇生してくれたこと。
伝えたい感謝は山ほどある。
今はまとめて伝えることしかできないが、本来なら一生をかけて返さなくてはいけないほどの大きな借りだ。
とりあえず今自分たちができることは言葉で感謝を伝えることだけ。
それを精一杯にやっていた。
「カ、カイン! ラルカ! 無事だったのね!」
「お、お母さん!」
そんな時。
竜人たちの中を掻い潜って、母親が二人の元にやって来る。
そして、右にカイン、左にラルカを抱き寄せた。
リヒトはこの竜人を見たことがある。
いや、カインやラルカと同じく、忘れることができない。
彼女は、初めてリヒトがこの里に来た時、死者蘇生を使って病気を治してあげた竜人だ。
まさかこんなところで再開するとは。
彼女もリヒトと同じように驚きの表情を見せた。
「あ、貴方様は! まさかあの時の!」
「お久しぶりです。病気は大丈夫ですか?」
「も、もちろんでございます! あの日から体の痛みは全くありません!」
「そうですか。良かったです」
「今回はそれだけでなく、みんなを蘇生までしていただけるなんて……」
母親は感動するようにリヒトを見る。
アリアの命令でここに来たリヒトだが、こうまで感謝されるとは想像すらしていなかった。
竜人は恩を大事にする種族らしい。
人間界にいた頃に聞いた竜人の情報とはだいぶ違う。
「リヒトさん。竜人たちには、死者蘇生のこと言ってなかったなの?」
「……そういえば言ってなかった。隠すつもりはなかったんだけど」
「ならビックリするのも当然なの」
フェイリスは納得するように竜人たちを見る。
確かに死者蘇生の存在を知っていれば、ここまで大袈裟に喜ぶことはないだろう。
死者蘇生を知らないからこそ、リヒトのしたことが奇跡だと思えたのだ。
現に目の前の竜人たちは、リヒトのことをまるで神でも崇めるかのように見ていた。
「お母さん! 私もリヒトさんに生き返らせてもらったんだよ!」
「え……ラ、ラルカまで! ほ、本当にありがとうございます」
「いえいえ。気にしないでください」
「そういうわけにはいきません……! これほどの借り――何年かけてでも返させていただきます」
母親は頭をいっぱいいっぱいに下げる。
それに連動して、カインとラルカも思いっ切り頭を下げた。
逆にリヒトが困ってしまうほどの感謝。
本当に何十年かかったとしても、借りを返そうという気持ちが伝わってくる。
ここまで感謝されてしまうと、張本人のリヒトも複雑な気持ちだ。
「と、とにかく皆さんが無事なら良かったです。助けに来た甲斐がありました」
「そこまで私たちの心配を……どうしてリヒトさんは、私たちが襲われていると分かったのでしょうか?」
「それは――アリアが教えてくれたから」
「アリアさん……ですか?」
「ああ……俺たちのリーダーと言うか、何というか」
「な、なるほど! アリアさんは凄い御方なのですね!」
アリアを知らない竜人たちは、名前を聞いてもしっくりこない表情を見せた――が、リヒトたちのまとめ役ということを知ると、その凄さを身に染みて実感する。
竜人たちからすれば、リヒトは二度もの危機を救ってくれた恩人だ。
つまり心から尊敬する人間。
そのリヒトを従えているアリアは、竜人たちにとっても大切な存在である。
どこか巨大な組織に所属していることはぼんやりと分かっていたが、まさかその組織のリーダーの名を聞けるとは。
これまで何度か貴重な武器加工の依頼を受けたが、アリアがその持ち主だと考えれば頷ける。
「ぜひぜひアリアさんにも感謝していますとお伝えください」
「りょ、了解です」
「リヒトさん! 今日はもう戻られるのですか! 私たちに、おもてなしさせていただきたいです!」
「ラルカ姉さんの言う通りです! せめて疲れが取れるまで休んでください!」
「それは凄くありがたいんだけど……気持ちだけもらっておくよ」
「え!? ど、どうしてですか!?」
リヒトは、ラルカとカインの提案を少し考えて残念そうに断る。
その表情には、申し訳なさの気持ちが顕著にあらわれていた。
優しいリヒトが断るということは、本当に断らざるを得ない理由があるのだろう。
そう考えて見れば、さっきからリヒトはダラズを倒したというのにあまり浮かれた顔をしていない。
むしろ、まだまだ戦闘は終わっていないと言わんばかりの緊迫した様子だ。
「俺たちには仕事が残ってるんだ。そのおもてなしは、全てが終わった時に取っておいてほしい」
「私たちに何かできることは――!」
「残念だけど、多分何もないと思う」
「そ、そうですか……」
カインとラルカに訪れる無力感。
恩人のリヒトが大変な思いをしているというのに、自分たちは何もしてあげることができない。
そんな感覚に苛まれていると、リヒトから二人をフォローする言葉が出た。
「大丈夫。竜人のみんなは武器や防具の加工で俺たちを助けてくれてるから」
「お、お力になれているのでしょうか……」
「十分。アリアも感謝してたよ」
「っ、ありがとうございます!」
カインとラルカはもう一度深く頭を下げる。
不安に思うことはない――リヒトはそれを教えてくれた。
自分たちは、自分たちにできることで力になればいい。
当たり前だが、焦りによって忘れていたことだ。
「リヒトさん、そろそろなの。イリスとティセのところに行かないと」
「そうだな。じゃあ行くぞ」
「あ、あのっ! お気をつけて!」
「――ありがとう。また来るよ」
カイン、ラルカ、そして仲間たち全員でリヒトとフェイリスの背中を見送る。
また来るよ――という言葉を信じて。
今の自分たちにはこれで精一杯だ。
「フェイリス、間に合いそうか?」
「分からない。イリスとティセだから、多分大丈夫だと思うけど」
「……急ぐぞ」
こうして、リヒトは戦っているであろう二人の元へ向かうのだった。
本日『死者蘇生』二巻の発売日となります!