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怒り



「うっ……何この臭い」


 里に入った瞬間。

 ラルカとカインは、血の臭いについ顔を背ける。


 いくつか家が壊されており、そこら中に血だまりができていた。

 やはり、二人が外に出ている間に何かがあったということは間違いないようだ。

 しかも、それは只事ではない。


 侵略者――これで間違いはないだろう。


「ラルカ姉さん……母さんは大丈夫だと思う?」

「……そんなこと聞かないでよ」

「でも、この様子だと――」

「言わないで!」


 ラルカの言葉を聞いて、カインはそれ以上何かを言うことはない。

 本当はラルカ自身も分かっている。

 恐らく自分たちの母はもう……。


 だが、ラルカがそれを受け入れることはなかった。

 それを受け入れてしまったら、頭がどうにかなってしまいそうだったからだ。


「……ねえ、ラルカ姉さん」

「え?」

「あ、あれって……」


 そこで、カインが指さしたのは。

 自分たちの家――ではなく、その前にある広場。

 そこには、自分の目を疑いたくなる光景が広がっていた。


「そ、そんな……やだ! やだやだ!」


 そこにあったのは、積み重ねられている死体の数々。

 本来なら武器の加工をしているであろう大人たち。

 広場で遊んでいたはずの子どもたち。

 そして――母。


 信じたくない。

 だが、目の前の光景は、これが現実だと言わんばかりに存在感を放っている。

 この世界から一瞬音が消えたようにも感じた。


 隣でカインが何か言っているが、それもよく聞こえてこない。

 ただ、呆然と死体を眺めているだけの時間が過ぎていく。

 そんなラルカを。

 現実に引き戻したのは、聞き覚えのない声だった。


「お? まだ生き残りがいたのか」


 その声を聞いて、ラルカはハッと意識が戻る。

 本能が危機感を覚えるような声。

 二人が確認するまでもなく、声の主は死体の山の影から現れた。


「お前の仕業か! この野郎!」


 その声の主は、かなり特徴的な見た目をしている。

 竜人?

 だが、見た目は自分たちと大きく違っていた。


 自分たちのように人間に近い容姿ではなく、ドラゴンに近い風貌をしているのだ。

 角や尻尾も遥かに大きい。

 竜人の亜種だろうか。


「……やれやれ。ガレウス様も面倒な仕事を押し付けてくれたもんだ。もうお前らで最後なんだろうな?」

「質問に答えろ! みんなを殺したのはお前か!」

「ああ、そうだ。それがどうかしたか?」


 カインの怒鳴る声に、竜人(?)は余裕そうな笑みを浮かべる。

 それは、怒っているカインを見て満足しているような様子だ。


 殺しを娯楽程度にしか捉えていない。

 そんなやつに、どうして自分たちが狙われる必要があるのか。

 理不尽の塊のような男だった。


「ど、どうしてこんなことをしたの!? 私たちに何の恨みがあるの!」

「別に恨みがあるわけじゃないが――ガレウス様の命令だからなぁ」

「ガレウス様……?」


 ラルカの問いには、聞いたことのない名前が返ってくる。

 ガレウスとは一体何者か。

 この男を従えているということは、それなりの実力者ではあるのだろう。


 しかし、それを聞いても疑問が解決するわけがない。

 逆に、二人の怒りはどんどんと増していった。


「ガレウス様は史上最強の魔王さ。そんな御方に目を付けられるなんて、運が悪いやつらだぜ」

「魔王!? なんでそんなやつに私たちが狙われなきゃいけないのよ!」

「ラルカ姉さんの言う通りだ! お前らは何が望みなんだ!」

「……いっぺんに話しかけられても困るんだよ。俺って馬鹿なんだからさ」


 はああぁ――と一つのため息。

 その後、ゆっくりと口を開く。


「俺は南の魔王軍幹部ダラズだ。そしてお前らを始末するために来た。これ以上はもう何も言わねえからな」


 ダラズ――目の前の男はそう名乗る。

 そして確かに言った、南の魔王軍幹部という情報。


 南の魔王軍というのは聞いたことがないが、只者でないというのは明白だ。

 まだまだ聞きたいことは沢山あるものの、ダラズはもう答えてくれそうにない。


「よくも里のみんなを……!」

「まあ天災とでも思ってくれよ」

「ふざけるな!」


 カインの怒りは止まるところを知らない。

 それは、いつも近くにいるラルカでさえ見たことがないほどのものだ。

 何かもう一つきっかけがあれば、カインはきっと攻撃を仕掛けてしまうだろう。


 そうなれば、いくらラルカといえども止めることは不可能である。

 ダラズは自分たちより何倍も強い。

 単純に攻撃を仕掛けたのでは、目の前の竜人たちと同じ目に合うのは必至だった。


 どうにかしてこの場を乗り切らないといけない。

 幸い、ダラズは自分たちのことを舐め切っている。

 どうするべきか。

 命の危険の前で、ラルカは必死に頭を回転させていた。


「遺言はそれだけでいいのか? ならもう殺してやるぞ」

「クッ! 望むところ――」

「――うおおおおぉぉぉぉ!」


 と。

 カインが感情のままに手を出そうとしたところで。

 死体の山の中から、一人の仲間が武器を持って飛び出してくる。


 ずっと死んだふりをして攻撃のタイミングを窺っていたらしい。

 ちょうどダラズの死角に位置しており、奇襲としては完璧なタイミングだ。

 この攻撃は確実に当たる。


 それは、仲間が飛び出した瞬間、直感的に理解できた。

 ダラズとしてもこの仲間の存在は想定外らしく、驚いた表情を見せている。


「っと。痛ってぇ」

「え?」

「大人しく死んでな」


 ……ダラズは腰に携えていた剣で仲間の体を一刀両断する。

 その場に撒き散らされる仲間の血。

 一瞬だけ時間が止まったような気がした。


 身長が半分になった仲間の体は、元居た死体の山にドサリと重なる。

 ここまで綺麗な剣捌きだと、グロテスクさはもはや感じない。

 ラルカはその光景を不思議な気持ちで――なおかつ、目を離すことなく傍観していた。


「そんな……」


 仲間の攻撃は完璧にヒットしたはず。

 その攻撃も、自分たちで加工した素晴らしい武器を使ってのものだ。

 なのに、ダラズは全くダメージを受けた様子がない。


 一体どうして――。

 その理由は、ダラズ本人が自慢げに話すことになった。


「悪いな、俺の鱗はドラゴン並みだ。なまくらじゃあ斬れねえよ」


 ダラズは攻撃のヒットした肩の部分を見る。

 そこは、まるで何事もなかったかのように綺麗なままだ。

 ラルカたちを嘲笑うがごとく、傷一つすら入っていない。


 ダラズが防具を着ていないのもこの鱗が理由なのだろう。

 確かに、これほど丈夫な鱗に体が覆われているのであれば、防具など最初から着る必要がないのも納得だ。

 むしろ、防具を着たらスピードが落ちてしまう分、デメリットにすらなるかもしれない。


「このクズ野郎……! みんなの命をなんだと思って……!」

「弱肉強食だ。弱い奴が文句を言うんじゃねえ」

「もう許さないぞ!」

「――カイン!」


 遂に。

 カインの怒りは限界に達したらしく、武器すら持たずにダラズに殴りかかった。

 ダラズは、その遅すぎる動きを呆れたように見ている。

 そして、先ほど竜人を殺したばかりの剣をカインに向けた。


 ダラズからすれば、今のカインは攻撃に必死になって隙だらけの状態だ。

 つまり――的としてはあまりにも簡単すぎる。

 そのことは、ダラズだけでなくラルカもしっかりと理解していた。


「カイン! 危ない!」

「ね、姉さん!?」


 ラルカはカインの肩を掴み、自分の方に引っ張る。

 しかし。

 その代わりに、引っ張った勢いのまま自分の体の方がダラズの前に出てしまった。

 もう方向転換することはできない。


 その流れのままに。

 ダラズの剣によって、ラルカの体は貫かれた。

 最後に見えたのは、ラルカの行動に動揺を隠しきれていないカインの表情である。

 ラルカは、自分自身でも何故こんなことをしたのか分からなかった。


 このままだとカインは殺される――それが分かった瞬間、体が勝手に動いていたのだ。

 痛み、苦しみ、悲しみ。

 様々な気持ちがラルカの中にあるが、後悔の気持ちだけは存在していない。

 数秒後。


 ラルカの命は……プッツリと途切れた。


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