悪夢
「カイン、そっちの罠はどう?」
「ちょっと待ってて……お! 大量だよ、ラルカ姉さん」
「やったね! 里のみんなも喜ぶよ」
ラルカとカインは、今日の昼食になるであろう魚を捕まえるため湖にいた。
この湖の魚はぶくぶくと太っており、里の竜人たちからも評判がいい。
魚を捕る方法としては釣りと罠の二つの方法があるが、ラルカたちは罠を仕掛ける選択をしている。
その行動に、特に深い理由があるわけではない。
ただ、釣りだとラルカが下手くそすぎたため、技術が必要ではない罠にしたというだけだ。
「これなら一人一匹くらいあるかも。この前はラルカ姉さんと半分こだったからさ」
「そうだね。お母さんに二匹あげることもできそう」
「何も捕れなかったら大人たちに怒られるところだったよ。危ない危ない」
罠にかかった数十匹の魚たちを全てカゴに入れると、二人は湖から足を引き抜く。
あとはもう里に帰るだけ。
カゴの中でピチピチと跳ねる魚を見ていると、今すぐにでも焼いて食べたくなってしまう。
しかし、そのようなことをしようものなら、大人たちにこっぴどく叱られてしまうため、二人は何とか理性で踏みとどまった。
きっと今頃、大人たちはリヒトの依頼を黙々とこなしているはずだ。
リヒトの依頼は、どれも難易度が高いものである。
武器の加工、防具の加工、さらには武器生産の仕事まで。
様々な依頼が次々に飛び込んでくる。
その依頼の作業をするだけでも日が暮れてしまうほど――。
だが、文句を言う者は誰もいない。
全員が、これまでに経験したことのない素材や武器に興奮しているのだ。
かなり忙しい日々を送っているはずが、自分を含めた里の竜人たちは充実した生活だと認識していた。
「今日の昼食当番って私たちだよね?」
「うん。早く帰らないと」
「あーあ。私たちにもっと加工の仕事回してくれたらなぁー」
ラルカは日頃から少しずつ溜まっている不満をカインにぶつけた。
基本的に、メインで加工の仕事をしているのは大人の竜人たちだ。
ラルカやカインは雑用や簡単な部分の加工を任されている。
別に現在任されている仕事が嫌と言うわけではないが、そろそろ技術を身につけたくなったのも事実。
大人の竜人たちが持っている技術には憧れるものが多い。
元々武器が持っている輝きを取り戻すどころか、その限界を超えた輝きを持たせることができる技術だ。
ラルカも密かに練習しているものの、やはり実戦でないと身に付く気配がない。
大人たちはまだ早いと言っているが、どうしてもラルカには待ちきれなかった。
「まあまあ。ラルカ姉さんの気持ちも分かるけど、今は修業期間だからしょうがないんじゃない?」
「それはそうだけど……雑用仕事するだけで修行なんて、言いくるめられてる気がしてならないよー」
「うーん。じゃあ帰ってから仕事任せてもらえるように頼んでみたら?」
「……そうしてみるよ」
そのような会話をしながら、魚たちを持って二人は里へと戻る。
もうそろそろ昼食の時間だ。
今日は朝から働いていたため、カインもラルカも食欲が抑えきれなくなってきている。
とりあえず早く戻って昼食の準備をしよう――と。
少し早足で移動し始めるのだった。
まだ……二人はこれから起こる悪夢を知ることはない。
◇◆◇◆◇
「……あれ? 何これ」
「ん?」
「いや、変なのが落ちてる……けど」
里の入り口付近。
そこで、ラルカは奇妙なものを見つける。
それは何かの体の一部であり、少々気味が悪かった。
野生の動物の食い散らかしだろうか。
だが、それにしてはやけに綺麗に分離していた。
もし魔物のせいだとしたら、大人たちにそれを伝える必要がある。
あまり気持ち悪いものは見たくないが、どうしてもしなくてはいけない確認であった。
「――きゃあぁ!?」
「ど、どしたの! ラルカ姉さん!」
「こ、こここここれって!? 嘘! 嘘嘘嘘!」
「お、落ち着いて、ラルカ姉さん!」
ラルカは発狂したようにその場で大声を上げる。
そして、持っていた何かの体の一部を、遠くへ力いっぱい放り投げた。
明らかに普通の反応ではない。
何も知らないカインは、ただラルカを落ち着かせることしかできずにいる。
カインはラルカの肩を持ち、力強くラルカの名前を呼んだ。
ラルカがこんな反応を見せることは今までになかったため、カインの頭も同じように混乱していた。
「……はぁはぁ。うぷっ……」
「……落ち着いた?」
「ま、まだ……」
「何があったの? ラルカ姉さんらしくないよ」
「だって! あれ……竜人の手だよ!?」
ラルカは、興奮した様子でカインに先ほど見たものを伝える。
もう二度と思い出したくもない。
あれは、間違いなく自分と同じ竜人の手だった。
体の中から気持ちの悪いものが込み上げてくる。
最悪の気分だ。
「りゅ、竜人の手? それって誰の――」
「そんなの知らないわよ!」
「ま、まさかだけど、里の誰かの手じゃないよね?」
「……分からない。分からないよ……」
ラルカは、カインの胸に体を預ける。
何を言ったらいいのか――どう伝えたらいいのか分からない。
ただ、不穏なことが起こっているということは理解していた。
「まさか……侵略者」
「どうする……? 今のうちに逃げる?」
「……駄目。お母さんがまだ里にいる。見捨てるなんてできない」
「そ、そうだよね」
二人が想定しているのは最悪のパターン。
自分たちが昼食を調達している間に、侵略者が里に攻めてきたというもの。
考えたくはないが、それなら今頃この先は大変なことになっているだろう。
悲鳴のようなものは何も聞こえない。
何事もなかったのか、それとももう全てが終わってしまったのかのどちらかだ。
「……落ち着いたかも。行こう」
「分かった」
ラルカは、カインの補助を受けながら立ち上がる。
これから自分たちは恐ろしい現場に行くのかもしれない。
しかし、竜人族として逃げることはできなかった。
凄まじい緊張感の中、踏み出す一歩。
カインも気持ちは同じらしい。
二人に嫌な汗が流れていた。
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