初めての命令
「ん? まだ何か話すことがあるのか? って押しかけたのは儂の方じゃが」
「……まだまだ話は沢山ある――本当にアナタが魔王だったのなら」
「それなら仕方ないから聞いてやるのじゃ」
やれやれと振り返るアリア。
魔女が眠っているところを邪魔したのは他でもない自分自身だ。
それで相手の話を無視するほど冷たい性格ではない。
「いかにも――儂は魔王アリアじゃ」
「……私はミズキ。アリアって名前は聞いたことがない」
「うむ……まあそうじゃろうな」
魔女であるミズキは、アリアという名前を頭の中から探す。
しかし、自分の記憶に目の前の魔王は存在していなかった。
アリアがそのことに対して渋々納得していることから、何か事情があるのかもしれない。
その事情をミズキが知ることはないが、怒りの感情を向けられなかっただけマシであろう。
「……本当に魔王だと信じていいの?」
「別に疑いたいのなら疑えば良い。お主が人間側についたら、真偽はすぐに分かるじゃろうがな」
「し、信じるから。信じるからもう少しだけ待って」
ミズキは自分のするべきことを考える。
このまま魔王と何も関係を持つことなく別れるのか。
それとも、今のうちに何かしらの関係を持っておくべきなのか。
場合によっては、魔王の下につくという選択肢だって存在していた。
「ハッキリせんやつじゃな。言いたいことがあるなら言えばいいじゃろうに」
「うっ…………私も魔王の下についておきたい」
「それでいいのじゃ」
決断を迫られたミズキは、咄嗟に考えていたことを口に出してしまう。
もう後戻りすることはできない――それでも、自分が間違っているというつもりもない。
これから魔王に怯える日々を過ごすならば、最初から下についておいた方が何倍もマシだ。
「なかなか良い選択じゃと思うぞ。儂は賢い者が好きじゃ」
「……どうも」
アリアから見られるのは嬉々とした表情。
少なくとも怒りの感情は見られない。
むしろ、最初より幾分かフレンドリーになってるように思えた。
「ミズキ。お主はこれから儂の下僕ということじゃな。困った時に面倒くらいは見てやるのじゃ」
「……例えば?」
「襲われておるなら助けてやる。死んだ時には生き返らせてやるのじゃ」
「……良い条件。ありがとう」
アリアから提示されたその内容に、文句をつける箇所は何一つなかった。
魔王の下につくことでのデメリットなどより、遥かにメリットの方が上回っている。
人間たちの条件とは違い、大胆かつ分かりやすいものだ。
「それじゃあ――ん? おい、外におるのは人間か?」
「……そうみたい。私と話をしにきたのかも」
「ふーん――あ。ちょうどいい。今からお主が、あの人間たちを魔法で焼き払ってみろ」
ピタリと止まるミズキの体。
恐る恐る隣にいるアリアを見ると、初めて見るであろう魔女の魔法に目を輝かせていた。