蟲
「虫が調子に乗らないでください!」
近寄ってくる虫を、ロゼは鋭い爪で引き裂いた。
何か特殊な効果を持っているのではないかと一瞬戸惑ったものの、緑色の液体をばら撒くだけでその攻撃は終わる。
フェイリスほどの能力を持っているとは思えないが、かなり危険な賭けだったのも事実。
アラーネアのようなタイプは初めてであるため、手探り状態での戦いとなりそうだ。
「……かわいそうデスね。生まれてきたばかりダトいうのに」
アラーネアは、飛ばされた虫の足を広いながら呟く。
アラーネア本体が虫だからなのか。
そこに怒りという感情は見られないが、それが余計に不気味さを際立たせていた。
「ふざけないでください! 今すぐリヒトさんの場所を言うのが身のためですよ!」
「それは無理デス。死者を蘇生スル能力は、魔王様がずっと求めてきた能力デスからね」
ロゼの言葉に聞く耳を持たず。
アラーネアは虫と共にロゼへと近付く。
全くロゼに気圧されているような様子はなく、むしろ侮っているようにさえ思えた。
「言っておきマスが、私の血は吸わない方がいいデスよ」
「……チッ」
ロゼはこれからの行動を言い当てられ、前に出ようとした足を止める。
恐らく、アラーネアが言っていることは正しいことだろう。
人間やその他の動物と違って、虫という生物の血は相性が悪い。
運が悪ければ、ダメージを受けるのは自分の方だ。
試したことがないため分からないが、眷属化させることすら不可能なのかもしれない。
「チナみに、ヴァンパイアと戦って負けたことは一度もありまセン。美味ダカラついつい狩り尽くしてしまいまシタが、また出会えるとは幸運デス」
「……っ! 後悔させてあげます」
ヴァンパイアとアラーネア。
ここまで不利な戦いは珍しい。
かつて戦ったヴァンパイアたちも、吸血そのものが効かない虫たちに苦戦したようだ。
アラーネアの余裕すぎる態度から、何人もヴァンパイアを殺してきたことが読み取れる。
人間たちに吸血鬼狩りという存在がいたが、そのような者たちとは桁が違う。
もともと非捕食者側の人間たちが努力したところで、その限界はたかが知れているのだ。
生まれながらにしてヴァンパイアを餌とするアラーネアには遠く及ばない。
「――コウモリたち!」
ロゼは、体につけていたピアスやネックレスをコウモリへと変える。
血を吸うことはできなくても、虫たちの邪魔をすることくらいはできるはずだ。
アラーネアと一対一の勝負。
これでもまだ分が悪いと言えるが、今の時点で作れる最善の状況だろう。
虫たちに餌として食い破られるコウモリを横目に、ロゼは鋭い牙を剥き出しにしながら突っ込んだのだった。




